| 35923 | 返信 | 人道に対する罪に関する嘘 | URL | 前田 朗 | 2005/07/09 13:37 | |
| 「諸君!」8月号を見ていたら、 例によってデタラメ垂れ流し状態。 「特集 東京裁判を誌上「再審」する」の企画の一つ「中国こそ「平和に対する罪」「人道に対する罪」ではないか」という座談会が掲載されています(96〜108頁)。チベットなどを取り 上げて中国の人道に対する罪を非難したり、その他の諸国の戦争犯罪を非難して、日本の戦争犯罪を軽く見せたいという、いつものやり口です。 櫻井よしこ(ジャーナリスト)、 橋爪大三郎(東京工業大学大学院教授)、庄司潤一郎(防衛研究所戦史部第一戦史研究室長)、八木秀次(高崎経済大学助教授)の4人の座談会です。名前を見 ただけで、デタラメ垂れ流しに違いないと思ってしまいますが、その通りなので笑ってしまいます。 (1) 東京裁判で人道に 対する罪? 座談会の冒頭第一声は次のような ものです。 櫻井 日本は東京裁判において 「平和に対する罪」「人道に対する罪」などの罪状で裁かれたわけですが、少なくとも戦後六十年間にわたってこのような罪をおかしたことは一切ありません。 (96頁) また、途中にも同じことが。 庄司 ところで、日本は東京裁判 で「平和に対する罪」「人道に対する罪」をもって裁かれたのですが、戦後六十年間に他の国々が行った行為にもその罪状にふさわしいと思える事例がたくさん あるのではないかとの指摘もありますね。(100頁) この60年間に世界各地でおびただしい人道に対する罪が犯されたことはその通りですが、ここではおいておきます。櫻井よしこ、庄司潤一郎2名がそろって「東京裁判で人道に対する罪で裁か れた」と唱えていることにご注意ください。「東京裁判で人道に対する罪」? 不思議なことを言う人たちです。東京裁判では人道に対する罪が適用されず、平 和に対する罪と戦争犯罪だけが適用されたのではありませんか? 私はそう理解してきたのですが。(もっとも、私が東京裁判判決を読んだのは20年位前のことですし、当時はまだ戦争犯罪論の研究にさして深い関心を持っていなかったので、読み落としているのかもしれませんが。)人道に対する罪が適用されたのは 例えば横浜裁判です。 (2) 人道に対する罪の 適用事例 他の2人はもっとめちゃくちゃです。 八木 「平和に対する罪」「人道 に対する罪」という法源は、九九年に旧ユーゴスラビアのコソボ自治州などで住民の大虐殺を行った容疑でミロシェビッチ大統領が旧ユーゴ国際戦犯法廷に「人道に対する罪」で起訴されるまで、じつに五十年以上にわたって適用事例はありませんね。 橋爪 それは第二次大戦後に発生 した戦争のほぼ全ては、米ソ両超大国の代理戦争だったからです。(97頁) 八木秀次、橋爪大三郎のデタラメはいちいち指摘するのもアホらしいことが多いのですが、今回もあきれてしまう無知。 「旧ユーゴ国際戦犯法廷」などと いうものは存在しません。オランダのハーグにあるのは旧ユーゴ国際刑事法廷です。「戦犯」法廷ではありません。しかし、この程度のケアレスミスはいいとし ましょう。 ニュルンベルク裁判から、99年 のミロシェビッチ起訴に至るまでの間の人道に対する罪の適用事例としては例えば次のものが知られています。 国内法廷の事例 1961年 アイヒマン裁判 1987年 バルビー裁判 1994年 トゥビエ裁判 1994年 フィンタ裁判 1997−98年 パポン裁判 1999年 サキッチ裁判 国際法廷の事例 旧ユーゴ国際刑事法廷 タディッチ裁判 クプレシュキッチ裁判 ブラシュキッチ裁判 ルワンダ国際刑事法廷 アカイェス裁判 カンバンダ裁判 カイシェマ・ルジンダナ裁判 ルタガンダ裁判 セルシャゴ裁判 ムセマ裁判 以上は判決が出ていたものです。ミロシェビッチのように起訴されていた事例は他にもたくさんあります。いずれにしろミロシェビッチ起訴状まで人道に対する罪が適用されたことがないというのはとんでもない嘘です。詳しくは私の『戦争犯罪論』『ジェノサイド論』(以上青木書店)、『民衆法廷の思想』(現代人文社) をご覧ください。 |
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