| 35943 | 返信 | Re:Reさらに「労働について」(社会構造の片鱗) | URL | あしな | 2005/07/10 18:46 | |
| > >(グローバルな「帝国」的状況に呼応する)昨今の経済的グローバリゼーションに対して、世界的次元での市民権を要求していかねばなりません。とりわけ、移動の権利、最低賃金を《市民としての収入》とみなす権利、再所有の権利、つまり生産はミュルティテュッド〔多数者=多数性〕に属しているという事実を承認させることです。 > > どう読んでもみんなが「金を稼がなくとも食える」具体的事例にはならない。 > なにをボケとるのか・・・「みんな=多数者」でっせ。 > > みんなが労働して(生産して)こそ「無業者が食える」わけです。 賃労働=生産という図式そのものを批判しているのだが。 > >生産はいまや完全に生政治的なものになり、したがって生そのもの、生きること自体が報酬の対象になるということです。 > > まさしくその生産行為を「労働」(=労働のあるべき姿)というわけ。 > 最初から何も理解していなかったわけですね。 > 私は最初から「資本に包摂」された「賃金奴隷制」下での労働を問題にしているのですが。 > 【再掲】 > >第二に、労働が非労働に成ること、すなわち、美的・遊戯的にして理性的な活動になること。 > > ↑おかしな文章でしょ。わかった? で今村仁司の場合で言えば、1980年代末の「仕事」での議論は上記の様な「労働」に「仕事」を対比させる。 当初からのおっちゃんの批判はその辺の使い分けを全く無視しているということは既に再三述べたとおりで、おっちゃんにおいてそのような差異の無視が可能なのは、おっちゃんが「社会構造」という発想を全く欠いているからではないかということがその後のやりとりのテーマでした。そのことは南京大虐殺を巡る私やinti-sol氏とのやりとりの中でも再三確認されてきました。 それでもおっちゃんはわかんねえだろうな。人間は直視したくないこと、分かりたくないことを否認することができるから。 |
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