35948 返信 Re:Reさらに「労働について」 URL inti-sol 2005/07/11 01:04
おっちゃん
どうも、議論の対立点がほとんど消滅してしまったように思えます。
おっちゃんによると、
> 軍による挑発(引用者注:徴発)や補給計画についてはもちろんそれに従事した兵隊の「個人の資質」の問題ではありません。
> 「略奪なしには餓死してしまう状況」についても同様でしょう。
> 戦争下にあっては捕虜や敵国民間人の「取り扱い」問題が矮小化あるいは軽視されたことはこれまた戦争の必然(本質)である
とのことで、つまり徴発(という名の略奪)は個人の資質の問題ではない、捕虜や民間人の虐待や殺害(幼児の虐殺を除き)も個人の資質の問題ではない、ということは、戦争犯罪の主要な部分は、それを行った者の個人の資質の問題ではない、ということを認めていただいたようなものです。私も、もちろん、個人の資質の問題がまったく無関係である、と主張するわけではありませんから。
あと残っている対立点は強姦と幼児虐殺の問題だけですか。

> それはそういう行為を防止するための方法論の話です。
> 「教育と制裁を伴う強制」が不完全であったからという理由で(ミスでもなく、まったく必然性もない状況下で)赤ん坊を殺したり無辜の市民を強姦した兵隊の「個人の資質」を不問に付すことはできないでしょう。

必然性はあったのです。
たとえば「平頂山事件」というものがあります。これは、1932年、「満洲国」で抗日義勇軍が日本人の経営する炭坑を襲撃したことに対する報復(より正確に言うなら、抗日義勇軍をかくまったことに対する報復)として、周囲の中国人集落合計約3000人を皆殺しにした事件です。女性も子どもも、赤ん坊も皆殺しにされました。「見せしめ」という意味もあったでしょうし、赤ん坊はいつかは大人になり、兵士となって日本人に銃を向けるかもしれない、ということもあったでしょう。
私は、勉強不足でこの平頂山事件について、日本軍内部で、子どもも含めて皆殺しにせよ、という命令があったのかどうかは知りません。
しかし、もしも命令に子どもも含めて皆殺しにせよ、と明示されていなかったとしたら、これは個人の資質の問題になるのでしょうか。だとすると、この事件に出動した関東軍部隊の兵士全員に、「個人の資質の問題」があったということになります。

ここまで日本軍のことばかり問題にしてきましたが、たとえば米軍の東京大空襲などを考えてみましょう。爆撃の対象は市街地であり、軍事施設ではありませんでした。従ってそこにいたのは民間人であり、当然女性や子どももたくさんいる、ということは明白だったわけです。夜間空襲という攻撃方法の特質から、赤ん坊の姿を直接目で捉えていたわけではありませんけれど、赤ん坊もいることが分かり切っている市街地に焼夷弾の雨を振らせた行為は、個人の資質の問題でしょうか。
私の父は学童疎開世代ですが、疎開先で米軍の戦闘機の機銃掃射に出くわしたことがあるそうです。この場合、米軍機の搭乗員は、眼下の子どもたちを視認しながら射撃をしたわけです。(低空飛行の戦闘機からなら、下にいるのが大人か子どもか程度の判別はつく可能性が高い)これは、戦闘機搭乗員の個人の資質の問題でしょうか。