35963 返信 Re:Reさらに「労働について」 URL inti-sol 2005/07/12 00:36
おっちゃん

> 私は最初から「命令もなく(=命令によらず)」と限定しています。命令というのは一種の強制ですから、個人云々など関係ありません。命令した者(組織)に責任があるのは当然のことです。

いえ、ですから徴発(という名の略奪)には、まずほとんどの場合命令などなかったと思われます。現地「自活」という体裁の良い言い換えはありましたけれど。要するに補給はできないから、現地で自分たちの才覚で何とかしろ、というわけです。取るべき選択肢は三つしかない。すなわち、略奪するか、自分たちで畑でもつくるか、餓死するか。中国戦線においては、自分たちで畑でもつくるという選択肢は取りようがなかったから、実質的には略奪するか餓死するか、です。

> まさか参謀本部が直接そのような命令を出すはずはありませんから(あれば証言や資料が残っているはず)

まあ、そうでしょうね。

> もしそういう事実があったとすれば戦場でおかしくなった司令官(上官)の口頭命令か何かでしょう。この場合は司令官の個人的資質の問題となります。

では、その司令官とは誰でしょうか。
この事件の発生当時、日本軍は虐殺(とは認めなかったけれど、集落を焼失させた「失火」と「不良民と匪賊」が死んだ事実は否定しようがなかった)の責任を、実行部隊(関東軍独立歩兵第二大隊第二中隊※)の小隊長井上清一中尉におっかぶせようとしました。しかし、実際には中隊長川上精一大尉が関与していたことは確実です。では、川上大尉が虐殺の最高責任者なのか。そうではありません。虐殺には憲兵隊も参加していたからです。一介の歩兵中隊長に、憲兵隊に対する指揮命令権などありません。では、誰がこの件の最高責任者か、それは正直言ってわかりません。直接虐殺を実行した兵士たちではないことだけははっきりしている。

> もちろんその司令官を任官した軍上層部や国家にも責任があります。

実は、「任命した」というたげの責任ではないのです。川上大尉は、その後事件翌年に少佐、1937年に中佐まで昇進し大隊長となっているし、井上中尉も功五級の金鵄勲章をもらい、最終的に中佐まで昇進している。つまり、日本軍にとっては二人の行為は、昇進と勲章に値する武勲だった、というわけです。
似たような例は数多くあります。たとえば満洲事変は多分に石原莞爾の個人プレーの要素がありますし、ノモンハン事件と辻政信の関係なども同様です。しかし、日本陸軍は彼らの個人プレーを処罰するどころか、昇進、栄転をもってそれに報いたのです。

> 前者はともかく後者(機銃掃射)は個人の資質の問題でしょう。

そうかもしれません。しかし、私の父は、疎開先で松の切り出しなどをやらされていたそうです。ガソリンの代用品たる松根油を取るためです。つまり、小なりとはいえ、私の父も軍需産業に従事していた、という言い方も可能です。米軍のパイロットは、任務に忠実だっただけ、なのかもしれません。何しろ無差別爆撃というのは民間人だろうが子どもだろうが無差別に攻撃対象となるからこそ「無差別爆撃」なのです。
(まあ、実際にはまさか松根油を主たる攻撃目標にしたわけではなく、疎開先の近くに化学薬品か何かの工場があって、そこが狙われたついでだったらしいのですが)

> いずれにせよ(どのレベルの話にせよ)個人の資質が問題にならないとすれば「戦犯」などという概念自体があり得ないということになります。

ということは、おっちゃんは、捕虜に対する残虐行為を現場レベルで断罪したBC級戦犯の裁判を妥当と認めるという立場なのですね?私はA級戦犯はともかく、BC級戦犯の裁判にはきわめて問題があったと考えていますが。