| 35982 | 返信 | Re:戦争犯罪の責任 | URL | タラリ | 2005/07/12 23:48 | |
| おっちゃんへ > >「特に残虐な行為」も「戦争犯罪一般」とつながっていると言ったのですから、「特に残虐な行為」を除外しても日本軍は「戦争犯罪一般」をしているということを言っていますが、これでどうして不問に付されると言ったことになるのでしょう? > > 私はタラリさんが「不問に付される」と言ったなどと決め付けて書いてはおりません。 > >【あるいは日本軍が立派な戦争をしていれば残虐行為がおこらない、あるいは不問に付されるのですか?】 > > と、ちゃんと疑問形で書いております。違うなら違うでいいのですよ。 > その「特に残虐な行為」については日本軍が「戦争犯罪一般」をしていたか否かとは別の問題だということでしょう。 なら、よろしい。 > >これは残虐行為が多発した原因について述べているのであって、日本軍の戦争責任は残虐行為だけとは言っていないのですが。 > > ですから、日本軍の戦争責任は(個人の資質の問題とは)別の話になります。おっしゃるように「特に残虐な行為」があったかどうかで「戦争責任」のありようが変わるわけではないのです。(「戦争責任」についてはまた別の機会に議論しましょう) これもよろしい。 > >旧日本軍では教育、取り締まりがほとんどまったく行われておらず、それどころか不法行為をけしかける上官がいたので、不法行為が頻発しました。戦争においては人間の残虐性が露呈しやすい一方、軍隊という社会は構成員に対して強力なコントロールを持つ社会でもあります。教育、取り締まりによって不法行為を極限まで減らすことも出来るのです。 > > 「出来る」「出来ない」の問題としてはその通りです。 これも。さすがおっちゃんわかりがよい。 > >現在の一般社会は教育も行われており、犯罪をけしかける反社会的な人間はごく限られており、社会通念として犯罪は忌避されています。(一方構成員に対する直接のコントロールというものは限られています。)それでも種々の犯罪というものが出ることは避けられませんが、きわめて残虐で反社会的な犯罪というのは比較的限られており、その場合には本人の資質の要因が大である場合が多い。 > > 現在の一般社会では「教育が行われている」から「きわめて残虐で反社会的な犯罪」が少ないのではないのです。そういう比較はおかしい。 > 現在の一般社会は戦場(戦争)ではないからに決まっているでしょう。 一般社会と戦場・戦争の比較をしようとすればこうするしかないでしょう。ただし、戦争という環境が他国民の兵の殺人を強制・称揚するから気が荒くなるということは前提ですが、それは構成員に対する強力なコントロールである程度相殺可能です。 > >よくわからない反問ですね。一般の戦争犯罪については日本軍がある程度それを認める指令をだしていますよ。inti-solさんの指摘の通りです。残虐行為については強姦などは上官が口頭でけしかける場合がありますが、猟奇的な犯罪などは命令によってしているのではないですよ。 > 「指令」がある場合はもちろん「個人の資質」の問題ではありません。 > 戦場においても「命令によってしているのではない」「猟奇的な犯罪」は「個人の資質」の問題です。 > そこがタラリさんと意見の違うところなのです。 陛下から軍服を着て、貸与された武器で犯行を行う、あるいは他の兵と徒党を組んで犯行をなす限りは、軍の責任というものがあるのですよ。だから、南京事件後に軍の上層部があせったのです。 > >日本が憲法の精神を実践するには「日本の軍国主義を支えた思想・文化」を批判・反省することは必要です。また、日本国憲法の前文は明示はしていないものの、軍国主義による惨禍をふまえた意思表明だと思います。 > > 歴史的・政治的経緯としてはそう(日本の敗戦が契機)でしょう。 > しかし日本国憲法に明記されている平和の理念としてはそうではない。だからこそ値打ちがあるのです。敗戦が契機だなどと問題を矮小化すると、情勢によっては簡単に吹き飛ぶような軽薄な理念に成り下がりますよ。 > > >駄目です。これから起こるであろう戦争・平和の問題も過去の歴史とつながりを有しますし、我々もまた歴史的存在であって、過去とのつながりを否応なしに引きずって生きているのです。単なる「戦争はしてはいけない」にとどまってこれからの平和は築くことができません。 > > 「戦争をしてはいけない」が「単なる」とはまた軽く見られたものです。 「戦争をしてはいけない」というのは古今東西言われてきたし、今も言われている。そして何百回となく破られてきた言葉です。だから単に言ったり書いてあるだけでは駄目なのです。破らないためには知らなければならないこと、すべきことがもっとあるでしょう。憲法を実践する上でも。 > >別に共産や社民にはこだわりません。保守・中道でも侵略戦争の反省に立った政治家はいます。正しい歴史認識でしか平和を築けません。 > > ほとんどの政治家はそうではないですか? > 小泉首相だって靖国神社に参拝して二度とあのような戦争はしないと「不戦の誓い」をしているとのこと。 それって「『人間を信じる』という左翼的発想を極限まで押し進めればそういうことになるでしょう。(by鈴木康)」じゃないですかね。おっちやんの先が見えましたね。 > >おっちゃんが考えているのは「自由主義」だと思いますが、真の自由というのは何なのでしょうか。自分が自由だと感じていれば自由なのでしょうか。 > > よくわかりません。 > が、冒頭のあなたと同じ読み方をすれば私が「自分が自由だと感じていれば自由」だと言ったことになりますね。<笑> ちょっと哲学してやったのだから、もうちょっと真面目に応えてくださいよ。これはおっちゃん流「個人の資質・責任がすべて論」、「現在は自由になった社会だ、論」に対する反論だということくらいわかるでしょう。 |
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