| 35993 | 返信 | Re:戦争犯罪の責任 | URL | タラリ | 2005/07/13 23:30 | |
> >> 現在の一般社会は戦場(戦争)ではないからに決まっているでしょう。 > > > >一般社会と戦場・戦争の比較をしようとすればこうするしかないでしょう。ただし、戦争という環境が他国民の兵の殺人を強制・称揚するから気が荒くなるということは前提ですが、それは構成員に対する強力なコントロールである程度相殺可能です。 > > 「相殺可能」かどうかの議論など不毛(というかむなしい)ですね。 > 現代の我々の価値観(尺度)をそのまま適用して何をしたいのか、ということです。 この比較は社会・集団の犯罪を起こしやすい条件についてのものですから、別に「現代の我々の価値観」によるものではありません。なにやら、こんにゃくみたいな答えです。 > >陛下から軍服を着て、貸与された武器で犯行を行う、あるいは他の兵と徒党を組んで犯行をなす限りは、軍の責任というものがあるのですよ。だから、南京事件後に軍の上層部があせったのです。 > > もちろん軍にも責任があります。警察官が職務に関連して悪事(たとえば痴漢行為)をはたらけば所轄の警察署長が記者会見で謝罪をしている。 > 事件後にあせったのなら、軍の上層部の方針や命令などではなかったということでしょう。 おっちゃんも軍には責任がある、ということを認めておられます。いったい、「軍の上層部の方針や命令でなかった」という推測がここでなぜ必要なのでしょう。 > >「戦争をしてはいけない」というのは古今東西言われてきたし、今も言われている。そして何百回となく破られてきた言葉です。だから単に言ったり書いてあるだけでは駄目なのです。破らないためには知らなければならないこと、すべきことがもっとあるでしょう。憲法を実践する上でも。 > > 「単に」・・・とはまた簡単におっしゃいますね。 > 「駄目」と言われるが、私はその「駄目」といわれる反戦思想の積み重ねがかなり効果的に戦争を抑止してきていると思いますよ。 私が「駄目」と言ったのは「紛争を解決する手段としての戦争を放棄する」だけでよく、これは過去の反省は関係ない、過去の反省を絡めると「反戦思想」として純粋でなくなる、と言うからです。 日本人は過去の戦争の原因についてあまり学ばなかったので、自衛隊創設、軍備増強、海外派兵とずるずる引きずられています。これは憲法に「書いてある」状態に安心していたからです。 > 信じるとか信じないとかの話ではありません。政治家の言動(語ったことや行ったこと)そのものが問題であり、それ以上の忖度は以心伝心の身内間でしか通用しないのです。甘いというしかない。 A級戦犯にお参りし、海外派兵を推進した人が「平和、平和」と言ったとしても、言動が一致しないので信用されないのは不思議はありません。 > >ちょっと哲学してやったのだから、もうちょっと真面目に応えてくださいよ。これはおっちゃん流「個人の資質・責任がすべて論」、「現在は自由になった社会だ、論」に対する反論だということくらいわかるでしょう。 > > 「哲学」は場違いでしょう。 > もともと私は「すべて」などとは言っていないのだから・・・困りましたね。命令や強制によるものは個人の責任ではないと何度も名言しております。「命令によらなくても国家や軍の責任のほうが個人の責任より重い」なんて間抜けた論理を批判しているだけです。 個人の責任が【法的に】問えるのは個人が集団・組織・国家の明らかな命令から、イデオロギー操作・マインドコントロールに至る操作手段から自覚的に自由であるときだけです。 そして、そのような操作手段を批判的にとらえることによって我々は自由になれるのです。その自由を得たときには反転して、命令や強制による「戦争犯罪行為、戦争荷担行為」に対しても拒否する【道徳的責任】が生ずるのです。この段階が私の求める「反戦平和」の思想です。 > それから「現在は自由になった社会だ」というのは間違いなのですか? > では堂々と「過去(戦前・戦中)のほうが自由だった」と宣言してくださいよ。 > いったい、何を振りかざして絡んでくるのです。 > (誤解なきよう注釈つけておきますが、私は「現在は完璧に自由な社会だ」などとは言っておりませんよ<笑>) 「小泉さんが不戦だというから不戦なんだろうな」という人間は不自由です。 |
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