| 35997 | 返信 | Re:戦争犯罪の責任 | URL | おっちゃん | 2005/07/14 05:16 | |
| >この比較は社会・集団の犯罪を起こしやすい条件についてのものですから、別に「現代の我々の価値観」によるものではありません。なにやら、こんにゃくみたいな答えです。 戦争の最中ですからそちらの方面の「強力なコントロール」などやっているヒマも余裕もなかったのでしょう。軍隊は戦争するのに忙しいですからね・・・ということです。 >おっちゃんも軍には責任がある、ということを認めておられます。いったい、「軍の上層部の方針や命令でなかった」という推測がここでなぜ必要なのでしょう。 推測などしていませんよ。左翼のみなさんと違って私はそういう趣味はない。 「軍の上層部の方針や命令(強制)によるものでない場合には」という限定(前提)を立てているだけです。最初からきちんとそう書いております。 ですから、命令ではない場合でも兵隊個人より軍のほうが責任が重いという反論しか私の主張に対する反論にならないのです。 >私が「駄目」と言ったのは「紛争を解決する手段としての戦争を放棄する」だけでよく、これは過去の反省は関係ない、過去の反省を絡めると「反戦思想」として純粋でなくなる、と言うからです。 あれ? どう読んでも「過去の反省」をしなければ駄目だという主張のように見えましたが・・・ 純粋ではなくなるとか言っているのではなくそういうことは関係ないということです。 >日本人は過去の戦争の原因についてあまり学ばなかったので、自衛隊創設、軍備増強、海外派兵とずるずる引きずられています。これは憲法に「書いてある」状態に安心していたからです。 そうでしょうか? 私は憲法の理念を踏まえていると思いますが・・・少なくとも中国や韓国が一言も文句が言えないくらいに、です。 そういうことが違憲だと国際的に批判をうけたことは一度もなかったはず。 >A級戦犯にお参りし、海外派兵を推進した人が「平和、平和」と言ったとしても、言動が一致しないので信用されないのは不思議はありません。 首相が「A級戦犯にお参り」したなどという言い方こそ都合のいい推測にすぎません。 「海外派兵」という言い方も自衛隊がドンパチ戦争(戦闘行為)をするために出向いたように言いたがっているようにしか見えません。(そうではないことは、ほとんどの国民が知っています) >個人の責任が【法的に】問えるのは個人が集団・組織・国家の明らかな命令から、イデオロギー操作・マインドコントロールに至る操作手段から自覚的に自由であるときだけです。 マインドコントロール? そんな言葉が何かの犯罪の「責任」を問題にする場合に恣意的に使われるような世の中になってもいいのですか。 殺人罪で裁かれているオウムの実行犯はほとんど無罪放免になってしまいます。麻原の影響力から「自覚的に自由」であったやつなどひとりもいないでしょう。 >そして、そのような操作手段を批判的にとらえることによって我々は自由になれるのです。その自由を得たときには反転して、命令や強制による「戦争犯罪行為、戦争荷担行為」に対しても拒否する【道徳的責任】が生ずるのです。この段階が私の求める「反戦平和」の思想です。 「批判的にとらえる」のは何によってですか?天から降ってくる?(私はそのことを書き続けてきたつもりだけど) それはともかく、「反戦平和」についてはそんなに難しく考える必要はありません。 反戦平和の思想を支えるものは普通の人々の戦争を忌避する願いや思いで十分なのです。戦争の悲劇を自分の家族や親族がそういう境遇にあることと重ねて想いうかべることができる「想像力」こそが反戦思想を支え鍛えあげます。 |
||||||
![]() | ||||||