| 36072 | 返信 | 平和民族日本の近代「日清、日露戦争」(1) | URL | 小林 哲夫 | 2005/07/21 07:01 | |
日本が平和民族だというとおかしく聞こえるのは、明治以後頻繁に戦争を行なってきたを考えると到底そうは思えないからです。 しかし私は日本近代の戦争をみて、逆に日本人は平和民族だと痛感しています。 今回はこの逆説を説明します。 「日清、日露戦争」 (1)模倣としての戦争 幕末に黒船で驚いた日本は維新の改革を断行し、西洋帝国主義に対応するために国民国家を急いで作りましたが、それは西洋の国民国家を「模倣」して同じものを作ることでした。 西洋の国家組織を模倣して、それと同じものを日本に持ち込みました。 それはあくまでも「模倣」でしたから、西洋の悪いところも一緒くたに真似してしまうという弊害がありました。 模倣だから模倣という以外に理由が無い戦争 戦争も西洋の模倣をしただけですから、やむを得ずした戦争ではなく、しなければならない必要性を見つけることのできないような戦争でした。 逆に何故戦争をしたのだろうか?と追及していくと、戦争をする必要性を見つけられないから、「模倣したかっただけだ」という結論が導き出されるということになります。 日清日露に始まる近代日本の戦争はすべて必要のない戦争であったことを以下では説明しますので、そこから西洋模倣の弊害を理解してもらいたいと思います。 結論としては、だから日清日露戦争はすべきでない戦争であった、ということに帰着します。 不要だった強兵策 明治維新によって達成された中央集権化(廃藩置県と徴兵制など)は、日清日露戦争を戦うためには確かに必要な改革でしたが、もし日清日露戦争が日本にとって必要の無い戦争だったとしたら、中央集権化自体の必要性もなくなります。 富国・強兵策は富国と強兵二つの要素を同時に追及したものですが、もし侵略戦争のための強兵が必要無いとなれば、「富国」の方にもっと資金を投入できたかもしれないのです。 つまり強兵策は、富国政策の足かせになってしまったのです。 農村、農業の疲弊 強兵策のために強烈な農民搾取をしたことから、大地主への農地集中がおこり、自作農が減少して、農村は極度に疲弊し、国力全体を削いだともいえます。 昭和の政治の最大の課題は農民問題だったのですが、これは急激な強兵策のための農民搾取の結果だったと言えます。 近代産業の順調な発展のためには、国民全体の充分な購買力が必要なことは、戦後の農地改革の成功で証明されましたが、もし明治の農民搾取がなければ、戦後を待つことなく、農民の購買力によって日本の高度経済成長は実現したかもしれないのです。 日清日露戦争を戦わなければ、日本の高度成長は数十年早く実現したでしょう。 もし日清日露戦争が、中国やロシアから攻められて、祖国防衛のためにやむを得ず戦ったという性格のものだったら、「もし戦わなければ」などという「歴史のイフ」を考えることはふさわしくありません。 しかし歴史を勉強すれば明らかですが、これらの戦争は日本の一人芝居だったのです。 日本がする気がなかったら戦争にはならなかったものなのです。 全くする必要のない戦争をしてしまったのでした。 |
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