| 36087 | 返信 | 平和民族の日清日露戦争(3) | URL | 小林 哲夫 | 2005/07/23 19:18 | |
日本近代の戦争の歴史認識を作りたいと思います。 戦争に対する価値判断・・・必要の無い戦争 過去の戦争についての歴史認識を考える時に、「侵略戦争だったか?」とか、「間違った戦争だったか?」という判断基準で考えることが多いのですが、「必要な戦争だったか?」という観点も検討の必要があります。 昭和の日中戦争を考える時に、「あれは侵略戦争だった」という認識は避けて通れませんが、日清戦争を「侵略戦争」と判定することは、あまり簡単ではありません。 日清戦争が侵略戦争かどうかという判定に私は躊躇する気持ちがあります。 しかしそれに比べれば「必要ではない戦争だった。」と断定することは、私の気持ちにはそれほど違和感無く思えるので、ここでは「必要ない戦争」という価値基準を使って考えたいと思います。(注1;この章の終わりに説明をもう少し追加しました。) 平和民族日本の戦争・・・・戦争下手な日本 江戸時代250年の平和で、戦争と言うことをすっかり忘れてしまった日本人が、世界史のゲームに否応なしに参加したのが文明開化ですが、だからと言って戦争ゲームは簡単に習得できるものではありません。 戦争に慣れていない日本人のやる戦争にはなんだか突拍子も無いところが多く見られます。 15年戦争の方になると戦争全体が、無謀、無目的、成り行き任せ、戦略の欠如、現地軍の勝手な暴走、軍隊の統制の欠如、など欠陥だらけで、結局玉砕を繰り返し、歴史始まって以来の大敗北を喫したので、日本人が如何に戦争下手かを説明するのは簡単なのですが、明治の戦争は習いたてのこともあって、案外模倣が上手くいっていて、日本人は意外に戦争が上手いのではないか?と誤解する恐れがあります。 しかしながら「日清日露戦争を何のために戦ったのか?」と考えるとその目的や必要性が見当たらないことに気がつきます。 要するに必要の無い戦争をした、ということが「日本が戦争下手だった」ことの説明になります。 平和民族が柄にも無く西洋を模倣して、国民国家を作ろうとし、戦争ゲームに参加して、不得手な戦争をしてしまったことが、悲劇のおおもとでした。 |
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