| 36297 | 返信 | 杉並区が扶桑社歴史教科書を採択! | URL | ノンポリ | 2005/08/13 00:48 | |
| ご存知のように8/12の杉並区の教育委員会にて、来年度から中学校の歴史用教科書として使用される教科書に扶桑社「新しい歴史教科書」が採択されました(公民は大阪書籍)。 今後「親の会」や「みんなの会」にて、扶桑社「教科書」採択を撤回させるための呼びかけが行われると思われますので、微力ながら協力したいと思います。 ***以下、当日の模様*** #朝8時過ぎ頃杉並区役所に到着し、たった20人分の傍聴席の抽選のための行列に並びました。驚いたことに列の前方に「フソウシャ、サンセイ!」と合唱を続ける連中が集合していました。小耳に挟んだことですが約300人ほど泊まりこんでいたそうです。また歩道にも扶桑社「教科書」を支持するノボリを立てた連中が陣取っていました。7/27や8/4では見られなかった光景です。 8/4以降「つくる会」は、教育委員に対する脅迫を行ったり、また同様のビラを阿佐ヶ谷駅前で配るなど汚い工作を行なっていましたが、この日はかなり大枚をはたいて動員を行ったようです。 #5階で整理券を受け取り「第3・4委員室」(及び6階)に番号通り着席し、その後抽選に漏れた900余名はその場所で音声だけ聴くことになりました。市役所の職員が5名の教育委員が一人ずつ発言するたびに、発言者が分かるように「**委員」と書かれたフダを掲げていました。お疲れ様です! #しかし、扶桑社寄りの意見を持つ委員の発言は全く唾棄すべきものでした。(以降、自分の汚い字のメモと記憶を頼りに審議の状況を思い起こしてみます) 大藏委員は、8/4の安本委員の「扶桑社の教科書は戦争に向う教科書」という当然の発言を批判しつつ、以下のように述べていました。 「扶桑社の教科書が最も文部省の指導要領に近いから(望ましい)」(ではなぜ、全国の教科書採択もあと半月を残すところなのにほとんど選ばれていないのでしょうか?)、 「秀吉の朝鮮出兵を侵略と表現した教科書もあるが、『侵略』という観念は近代以降のものである」(事実上侵略に他なりませんが?) 「大東亜戦争というのはその当時あった言葉だから、あの戦争を肯定するとかしないとか、そういうことは関係ない」 「大東亜戦争という言葉がダメだというのは“言葉狩り”である。たとえば“目の不自由な人”という曖昧な表現では、弱視なのか全盲なのかはっきりしない・・・」(このとき近くの席の人が「じゃあメクラって言えってことかよ?」と的確な突っ込みを入れました。8/4の審議でも「現在、大東亜戦争をアジア・太平洋戦争と呼ぶ事はめくらを盲人といって差別隠しをするのと同じ」と述べた教育委員がいたそうですが、これも大藏委員だったと思われ) しかしこの時の発言では「東京書籍も、大阪書籍もいい」と、態度を濁していました。 #宮坂委員は、 「明治憲法と今の憲法にそんなに差はない」 明治憲法には『天皇は神聖にして侵すべからず』とあるが、これは天皇の無答責条項を示すもので、今の憲法での象徴天皇制と通じるものがある」 という怪説を披露し、私たちを精神的に疲労させました(笑) さらには 「扶桑社の教科書が最も平和志向が強い」 「歴史は物語であるから・・・」 「現在、南京臨時政府の汪兆銘のことを記述している教科書は残念ながら皆無だが・・・」 などと一人でトリップしていました(笑)扶桑社の「教科書」を支持する輩というのは、所詮はこういうネットウヨ並みの人間なのでしょう。 また、別の発言の中では「中東の方でシーア派とスンニ派が争っているけど、日本人は部外者だから理由は分からない」などと述べておりました。現在イラクで悲惨な自爆攻撃が続いているのはアメリカがイラクを侵略しているからであることも知らず、また日本も決して部外者ではないことも知らないようです(笑) しかし、このような認識の委員が出席した中での教科書採択は無効であると考えます。 #納冨教育長が「扶桑社教科書は中世史が他社と比べて6ページも少ない」と述べたところ、大藏委員は「古代史や神話は他より3ページ多いから・・・」と説明しました。要するに扶桑社の“歴史”教科書は天皇の権威が衰えていた時代よりも、「神話」という作り話を重視して記述する代物だと認めたことになります。 #安本委員は「教科書は立場が異なっても理解できるものを」と真っ当なことを述べましたが、異なる立場が存在することを否定し理解を拒むことがその根本である扶桑社「教科書」を支持する者には、受け入れられないことだったでしょう。 #丸田委員長は、 「扶桑社の教科書は文字数が多い、登場人物数が多すぎるという、現場の教師の意見も取り入れるべき」 と当然なことを述べていましたが、残念ながらこの採択ではそれら教師の意見は黙殺されたようです。 #また納冨教育長の、 「帝国書院や大阪書籍は恒久の平和を願う“理念型”であり、扶桑社は『現在でも一部に共産主義が残り・・・』という記述に見られるように“戦争なんかなくなりっこない”という考え」 という何が言いたいのかはっきりしない発言は、結局は扶桑社の記述を支持するものだったようです。 宮坂委員の「戦争はケンカ」という発言に対して「それほど軽いものではない」と批判しながらも(宮坂委員はこれについて謝罪)、結局各社の教科書を自分が推す順番として「1.扶桑社 2.大阪書籍 3.帝国書院」と明言しました。8/4では「どれでもいい」などと述べていたのですが、その後に相当の根回しを受けていたことでしょう。 これによって扶桑社支持は宮坂委員、大藏委員、納冨教育長の三名、扶桑社不支持は丸田委員長、安本委員の二名になり、丸田委員は扶桑社の教科書を採択せざるを得ないことを決断したようです。 ただし丸田委員長はこれを宣言する直前に、以下のように述べていました。この苦渋の決断を迫られた委員長のせめてもの抵抗だったと思われます。 「教科書採択方法の改善が求められている。各地域に任せるのも一案」 「教科書を用いないで副教材で授業を進めている事例も海外にある」(この発言は大藏委員が抗議していました) 要するに何名かの教育委員の協議だけで、その市町村や「協同採択地区」に属する市町村全ての教科書が決定されてしまうことに疑問を呈し、また扶桑社の教科書など用いなくとも歴史の学習は行えることを示唆したようです。 同様のことは4年前から扶桑社の教科書を用いている中学校の教師も述べていました。重要なのはどの出版社の歴史教科書を用いるかではなく、教師がどのように歴史を教えるかにあると言えます。このことを扶桑社「教科書」に賛成する側も反対する側も忘れていたようです・・・。 |
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