36324 返信 日本人はなぜ過去の過ちを認められないか? URL 小林 哲夫 2005/08/15 08:38

武蔵の一住民さんは日本民族の特徴などというものは無い、という考えですが、私は日本民族の特徴を知らない人に、歴史を語る資格は無い、と思います。

以下日本民族の特徴を説明します。
外国旅行をしている日本人は、何でもすぐ謝るので有名です。
「すみません民族」と言われているくらいです。
ところが過去の戦争のことになると、できるだけ謝らないで済ませようと一生懸命頑張っています。

村山談話で謝ったことになっていますが、謝罪の具体的内容は曖昧で、これでは何を誤っているのか解らないような言葉です。
現在の日本の世論を見ていると、日本が悪いことをしたと意識している人は殆どいないような状態です。
もうこれ以上謝る必要はない、というのが世論の主流です。

あの戦争は正義の戦争だったとか、アジアを開放するための戦争だったとか、挙句の果てには、朝鮮人は植民地にしてもらって感謝すべきだ、というひどい論さえ出てきています。
健忘症と過去の正当化が日本民族の特徴と外国から言われても仕方の無い状態です。
いつもドイツと比較されて、日本人は国際的に道徳心の劣った民族だと思われて居ます。

国際社会の見方というものに全く無頓着で、日本人の間でだけにしか通じない論理が横行しています。

どうしてこんなことが起こるのでしょうか?
これこそ日本民族の他民族に無い特徴ではないでしょうか?

武蔵の一住民さんは、民族の特徴という考えにアレルギー反応を示すのですが、このアレルギー自体が日本人民族の特徴だと思います。

こういう視点で日本民族を考えてみました。

そもそも日本歴史には「悪者」が居ません。
例えば平清盛の横暴をイメージする人は居るかもしれませんが、彼は決して外国の歴史にあるような残虐なことをした人ではありません。
日本史にも残虐な殺人はありましたが、そのことで歴史上悪者として断罪される人は居ません。

そもそも戦争について、日本歴史では「どちらが悪い」というような価値判断がなされません。
悪者も居ませんが、正義のシンボルもいません。
戦争はどちらかといえば、平家物語のように、悲しい物語として文学化されるのが日本文化の特徴です。

これらのことから解るのは、日本人は人であれ、戦争であれ、正邪の判断で見ることをしないという伝統です。
死んでしまった人を非難するようなことは決してしません。

人と人とが戦うことはありますが、相手を悪者、自分を正義と見做すことはあまりしません。
死んでしまった人を悪者にすることは絶対にありません。
官軍賊軍という区別が、正邪に相当しますが、これについては「勝てば官軍」という相対性の問題に過ぎません。

さてこのような民族の特性はどうして出来上がったのでしょうか?

それは何といっても戦争が少なかったからです。
また人と人との関係を重視して、争わないようなシステムを上手く作り上げたからです。
つまり「和」の精神の徹底です。

戦争が少ない社会は、戦争に勝つことだけを中心に組み上げた社会と根本的に違います。
戦争中心社会では敗戦の経験や、敗戦の反省は、次の勝利のために欠かせない要素です。
ところが日本のような戦争の少ない社会では、戦争は台風のような自然災害と同じであって、過ぎ去ったら忘れてしまえばよいのです。

また過去の反省ということは、必ず犯人探しになり、それは現在の平穏な社会に混乱をもたらすだけで、何の利益も無いと解っているのです。

冷静に考えてみれば解ると思いますが、今更かつての戦争の犯罪者を見つけ出して、如何なる利益があるでしょうか?
それよりも死んでしまった人(戦犯)の親類縁者に不愉快な思いをさせることの害の方が多いことは目に見えています。

だから日本人は過去の穿鑿はしないことを原則としています。

特に死者は非難しないのは、絶対原則です。

こういう日本民族の特徴を自覚した上で、過去の戦争のことを論ずべきだと提案します。