| 36335 | 返信 | 核兵器廃絶は反帝国主義の闘いと 結びついてこそ可能 (労働新聞 2005年8月5日号・社説) | URL | 森永和彦 | 2005/08/16 08:52 | |
| 米軍によって広島・長崎に初めて原子爆弾が投下されてから、60年目を迎えた。 おりしも、イランは8月2日、核関連施設でのウラン転換活動を再開すると表明、朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)の「核開発」をめぐる6カ国協議も行われている。5月末には、核拡散防止条約(NPT)再検討会議が事実上決裂するなど、核をめぐる新たな局面が生まれつつある。 核兵器廃絶は人類の生存にとって当然の願いである。とくに3回にわたる被爆を体験した日本国民としては、譲れない課題でもある。運動を発展させ、国際世論を高め核兵器廃絶を実現しなければならない。 そのためにも、世界的な核危機をつくり出している元凶を正しく暴露し、闘いを発展させることがますます重要となっている。 大国の核独占こそ根本原因 核兵器廃絶をめぐる問題の核心は、米帝国主義がつくりあげた核独占体制にこそある。 自明なことではあるが、米帝国主義こそが最初に核兵器を開発し、わが国に投下した。その年末までに20万人以上が死亡、被爆者はいまなお苦しんでいる。 冷戦はソ連・中国など社会主義に対する圧迫・どう喝であると同時に、他の資本主義諸国に対する米帝国主義の支配の根拠でもあったが、これは膨大な核兵器を背景にしたものであった。さらに米国は、朝鮮戦争やベトナム戦争など、帝国主義による支配からの解放をめざす民族・人民や、米帝国主義の世界支配に抵抗する国々に対して、ことあるごとに核どう喝をくり返してきた。 ブッシュ政権は、核兵器による反米国家への先制攻撃すら明言している。 これら、米国を中心とする帝国主義の核支配を制度的に保証したものこそ、NPTと包括的核実験禁止条約(CTBT)であった。両条約は、「核を持つ大国」と「持たざる中小国」の不平等を固定化するものである。 こんにち、その米国がイランや朝鮮の「核兵器開発」を「大量破壊兵器の拡散」などといって敵視するのは、世界平和のためなどではない。現に米国は、核保有国であることがほぼ確実な同盟国、イスラエルについては、核保有の現状を黙認している。逆に、自らの意に従わないイランや朝鮮などを「専制の拠点」などと呼んで体制転覆を公言、核保有どころか、原子力発電所など「平和利用」も認めないという理不尽な態度をとっている。それは、中小国の核保有を認めれば、すでに弱体化しつつある自らの世界支配がいっそう維持できなくなるからだ。 米国などによる核独占を許せば、核の脅威は永久になくならない。ゆえに、核兵器廃絶の真の敵は、核を独占してどう喝外交を繰り返す帝国主義、その頭目たる米国である。 2003年の広島平和式典で、秋葉・広島市長が「米国の核政策が(危機の)最大の原因」と断じたのは、被爆地の首長として当然であった。 中小国は武装せざるをえない 米帝国主義を頂点とする大国の核独占とそれによる世界支配が存在し、国家の国際的発言力が核軍事力に裏づけられていることは、歴然たる事実である(拒否権を持つ国連安全保障理事会常任理事国は、すべて核保有国である)。だとすれば、国際政治での対等平等、真の独立と自立を求める中小国が核兵器を熱望することには根拠がある。 1998年にインド、パキスタンの両国が核兵器保有に踏み切った背景にも、こうしたことがある。 両国の核武装は、核独占体制であるNPT体制を空洞化させた。それゆえ、核による世界支配が揺らぐことを危ぐした米国は、「大量破壊兵器の脅威」という口実を掲げ、中小国への圧迫を強めたのである。 米国によって「大量破壊兵器」疑惑を突きつけられたイラクは、国連などの査察に協力した。しかし、それでも米国は政権転覆の意図を隠さず、無法な侵略戦争を行い、フセイン政権を崩壊させた。 これを教訓とした朝鮮やイラン、あるいは他の中小国が、米国の核軍事力から主権と国家、民族を守ろうとすれば、核、ミサイルを含むあらゆる手段で防衛力の強化を図ることは、独立国として当然とりうる選択肢の1つである。帝国主義による侵略の脅威が切迫すれば、中小国は屈服するか、それとも核による武装で自らを守るか、どちらかしかない。核兵器を含む武装は、やむにやまれぬ自衛権の範囲内のことと理解できる。 だから、朝鮮が6カ国協議の場で、「核開発」の放棄と引き替えに「(米国による)敵対関係の終結、平和共存への法的・制度的措置」を求めているのも、理解できる。 もとより、核保有国が増大するのはよいことではない。しかしそれは、世界支配をたくらむ帝国主義には非常に不利な事態でもある。 日本は米国の核の傘から離脱せよ ひるがえって、わが国政府の態度はどうか。 わが国は独自の核武装はしていないとはいえ、戦後一貫して米国の核の傘の下にある。米軍による核の持ち込み・貯蔵が日常化しているのは言うまでもなく、「非核3原則」は空洞化している。 その上、本年2月の日米安全保障協議委員会(2プラス2)では、米「不安定の弧」戦略に追随し、「台湾海峡」と朝鮮を「脅威」と明記、米軍再編に積極協力することを約束した。これは、アジアで核を含む戦争に道を開く、危険なものだ。 このようにわが国政府は、対米追随を選択することで中国や南北朝鮮など周辺諸国に脅威を与え続けている。また、「日本が核兵器をつくるのは簡単」という02年の小沢発言にあらわれるように、わが国支配層は独自の核武装への意思も捨てていない。このような政府が、他国の核武装についてあれこれいう権利などないことは明白である。 核兵器廃絶を願うのならば、こうしたわが国政府の内外政策と闘い、米国の核の傘からの離脱を求めるべきである。 米帝国主義と闘い、核兵器廃絶を 1954年、ビキニ環礁で漁船・第5福竜丸が被爆したことをきっかけに、核兵器廃絶のための運動が高揚、こんにちも粘り強い闘いが続いている。わが党も、核のない世界のために闘うものである。 しかし、5月のNPT会議の決裂を受け、わが国反核運動の1部が「NPT体制の再確立」を求めていることは、世界の現実に即して克服されるべきである。NPT体制への幻想は、核危機の根源をおおい隠し、大国の核独占を許すことにつながる。さらにこんにち、朝鮮敵視の世論づくりに利用され、「経済制裁」などの排外主義をあおることにつながるのは明白だからである。 また、共産党の見解はきわめて有害である。 共産党は、「『大量破壊兵器』を全廃」することが、「21世紀の国際平和秩序を確立する意味で重大な課題」などと言い、「大量破壊兵器」を口実とした米国の干渉と圧迫を免罪している。また、朝鮮を「無法な国」と呼び、その武装解除を迫るなど、米国やわが国小泉政権と同じ立場を取っている。 さらに彼らは、03年の第7回中央委員会総会以来、帝国主義は事実上存在しないという見解を振りまくにいたっている。 帝国主義がなければ、それと闘う必要もなくなる。共産党は、朝鮮など中小国が武装を解除し、帝国主義にとって無害な国になることが良いことで、「国際平和秩序」に合致するというのだ。まさに、米帝国主義の手先というべき見解だ。 このようなニセの「平和」を主張する共産党の見解を徹底して打ち破らなければ、わが国の核兵器廃絶運動、平和運動は前進できない。 米帝国主義への明確な批判があってこそ、核兵器廃絶運動は発展できる。最大の核保有国であり、中小国への核どう喝を強める米国に核軍縮を迫り、またわが国は米国の核の傘から脱却すべきである。国民各層は、そのために広く連携し、闘いを発展させなければならない。 Copyright(C) Japan Labor Party 1996-2005 |
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