| 36347 | 返信 | Re:杉並、在日本大韓民国民団東京本部と自由法曹団の声明 | URL | tpkn | 2005/08/16 21:50 | |
| inti-solさん > じゃ、議論しても仕方ないですよね。 なんで? 議論てのは了解事項をナァナァでうなずき合うものじゃないですよ。根本的に勘違いしてるんじゃないですか? > ここで私が義務と書いたのは比喩的な意味で、「もし本当に『戦争による被害を受けたアジアの民衆として、そして平和を求める市民として今回の採択に断固抗議』しているというのなら、韓国国民としてやるべきこと」が何か、という見解を、tpkn氏の見解に合わせる必要はない、見解に合わせなかったからといって > 「教科書を政争の道具に使っているだけであると判断されてもしかたない」 > ということにはならない、ということです。 なぜですか? それ以外の判断があったら示していただきたい。自国の戦争賛美は許容するが、他国の戦争賛美(とも言えないようなもの)は声高に批判するというダブル・スタンダードを演じるのであれば、「教科書を政争の道具に使っているだけである」と判断することになんら齟齬はないと思いますけど? > > 「現場の教師だけ」ではないと思います。それこそ、教科書や教師も含めた社会全体でしょう。だから、民団の主張は矛先を完全に間違っている。 > > 「社会全体」ということでいえば、どっちもどっちだと私は思いますけれどね。 適当なことを言わないでいただきたいですね。日本で公共交通機関の駅にあのような絵が飾られること、そしてそのことを誰もとくになんとも思わないというような状況がありますか?「社会全体」とはそういうことです。まるで戦時中の日本にそっくりではないか。こんなものは「どっちもどっち」などという言葉で相対化できるようなものではありません。 扶桑社の教科書に「韓国を攻撃せよ」「中国をふたたび占領せよ」などと書いてありますか? あなたの論理にもなってない論理で言えば、世の中のすべての事象は「どっちもどっち」で片づいてしまいますよ。そんな雑なことを言ってれば「議論にならない」のは当たり前でしょう。 > 在日のひとたちの生活の場は日本です。2世以降にとっては母語だって日本語だし、1世だって韓国に帰る家がある、という人はほとんどいない。韓国には旅行として行くことがあるという人が大半でしょうし、中には行ったこともない人もいるかもしれません。韓国の国是に従って云々というのは、自分たちのアイデンティティーを守るための精一杯の表現と見ることもできます。 > 韓国にも在日に対する差別がある、という話は聞きますが、生活の場が日本である以上、韓国における差別より日本における差別の方が彼らにとって遙かに深刻な問題であることは明らかでしょう。 私は「まして、その戦争賛美の対象にされているのは、在日の故郷である日本です」と書いているでしょう? 韓国の子供の絵は、その在日の故郷である日本を爆撃するようなものばかりです。そしてそういう絵を描かせているのは韓国社会です。本当に平和を願うのなら在日が真っ先に批判しないでどうする。差別問題は全然別の話であって、そもそも教科書問題と関係ないです。少なくとも、関係があってはならないのに、無理矢理結びつけるのならなお問題ですね。 だいいち「自分たちのアイデンティティを守るための精一杯の表現」てなんだよ…。これは「表現」ではなく、政治的態度の表明です。「弱い人たちが精一杯に自分を表現」しているわけではありません(笑)。韓国人をナメてかかるのもいいかげんにしてはどうですか? |
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