36358 返信 満州事変(1) URL 小林 哲夫 2005/08/19 09:19
満州事変

1、謀略の概要
満州事変は石原莞爾など少数の軍人によって計画、実行された「謀略」なのですが、その謀略の内容について余り正確には知られていないように思われますので、ここで概要を書いておきます。

1931年9月18日夜、柳条湖付近で鉄道爆破(謀略1)されたことに対する反撃を口実として、奉天〈奉天城、北大営〉を攻撃(謀略2)し、これを短時間で制圧します。
これらの謀略の主犯は石原莞爾中佐、板垣征四郎大佐(高級参謀)など少数(十数名程度?)の同志(以後陰謀団と呼びます)です。
鉄道爆破の陰謀は川島中隊が実行しました。(陰謀だから正式命令はあり得ません。石原陰謀団に命令責任がある、軍律違反1)
奉天城、北大営攻撃は板垣大佐が独立守備歩兵第二大隊に独断で命令したものです。(軍律違反2の1)
しかしこの攻撃については直後に本庄繁中将関東軍司令官の事後承認を得ていますので関東軍司令官の責任となります。(軍律違反2の2)

9月19日朝、東京で報告を受けた南次郎陸軍大臣、参謀総長金谷範三大将は不拡大訓令を発信します。

9月21日には、本庄繁関東軍司令官が吉林出撃を独断命令(謀略3、軍律違反3)しました。
また朝鮮軍に対して、林銑十郎中将朝鮮軍司令官が東京参謀本部の中止命令を振り切って独断で越境出撃(謀略4、軍律違反4)を命令します。

9月24日には、閣議で正式に不拡大方針が決議されましたが、現地はこれを無視して拡大を続けました。

陸軍刑法ではこれらの軍事行動は全て、明白な犯罪でした。

参考;第二章 擅權(せんけん=専権)ノ罪
第三十條 指揮官外國ニ對シ故ナク戰鬪ヲ開始シタルトキハ死刑ニ處ス