| 36378 | 返信 | 戦争談義は有害か? | URL | 小林 哲夫 | 2005/08/21 22:21 | |
| リーさんの真剣な問いかけに答えたいと思います。 >『「殺し殺される関係」という現実に対する理解が欠落した戦争談義こそ、私は大変有害と考える。(リーさん) 私とリーさんは、「戦争をしないようにするために、何をしたら良いのか?」という共通の問題意識から出発していることを確認しておきます。 しかし世の中には、「戦争をしたくないという軟弱な考えはいけない。」と考える人も多いのです。 「他国が侵略してきたら戦うべきだ!」とか「他国から侮辱されたら、戦争で名誉を快復すべきだ!」という考えです。 北朝鮮から日本人が一人でも拉致されることがあったら、戦争をしてでも取り戻すべきだ、という考えです。 この掲示板では工藤猛さんがその代表選手ですが、この考えを支持する日本人は多いと思います。 工藤猛さんの頭の中には「殺す」という現実感覚は無いと思われます。というか「殺される恐れ」という感覚から出発しています。 私は工藤猛さんのこのような考えが戦争の原因だと思っています。 さて工藤猛さんに「殺す感覚」を理解してもらうことは出来るでしょうか? 殺す感覚を理解してもらったら、彼は戦争反対に考えを変えてくれるでしょうか? 恐らく彼も「戦争には反対」という点では同じだと思っているでしょう。 戦争をしたくないのは同じだけれど、それでも戦争をしなければならない時があるのだ!という反論があるに違いありません。 大勢の工藤猛さんに、厭戦的になって貰うために「殺す感覚」を強調することは効果が有るでしょうか? 私は大勢の工藤猛さんの考えを変えるためには、戦争談義しかないような気がしています。 ところその戦争談義が根本的に間違って行なわれている、というのが私の気持ちです。 戦争の原因を間違えて認識しているから、戦争に反対しているつもりが、結局は戦争を招いている、ということを感じます。 例えば「資本主義が戦争の原因だ!」と考えた人は、「資本主義を倒す革命が必要だ!」、つまり戦争を無くすためには革命が必要だと考えてきました。 私の目には「戦争を無くするために戦争が必要だ!」と言っているように聞こえます。 そうすると工藤猛さんが「侵略から守るために戦争をする」という考えと同じになります。 こういうややこしい人間社会では、殺すな!という感覚だけでは戦争を無くすことは出来ないような気がしますが、如何でしょうか? リーさんの「戦争談義は有害だ!」という主張自体が、戦争談義の一つだという批判も出来ます。 |
||||||
![]() | ||||||