36524 返信 Re:百人斬り裁判(国際法と世界人権宣言)-修正済み URL 五番街 2005/08/29 11:13
tpknさん、さて始めますか。

その言葉をそのままお返しいたします(笑)。(tpknさん)

またまた、tpknさんにその言葉をそっくりお返しいたします(笑)

論証は、あなたが、相手論者が【「罪刑法定主義は、1989年のハーグ条約陸戦法規などの戦争法に適用されないという五番街の主張は間違っている」】という主旨のことを述べている部分を具体的に指摘できないことで終わっています。(tpknさん)

自分が論証できないからといって、私に論証を迫るというまやかしに逃げ込むのはみっともないですよ。
私に対して「デタラメ」と言う以上、tpknさんはその挙証責任があります。その責任を果たさないのだから、tpknさんの主張はデタラメであり、中傷になります。私の反論は、アナタが挙証責任を果たしてから行います。

告天子さんと私との合意によって、国際法を戦争法に置き換えることができ、さらに整合性を持たせるために、tpknさんの「まとめ」と私の「まとめ」を次のように書き換えることが可能です。

【「国内刑法の原則である罪刑法定主義を戦争法に適用しようとすること自体が間違っている」(という五番街の主張)は妥当な主張といいがたい。】(tpknさん)

【「罪刑法定主義は、1989年のハーグ条約陸戦法規などの戦争法に適用されないという五番街の主張は間違っている」】(五番街)


この2つの「まとめ」は、どこに「根本的な違い」があるのですか?アナタは、根本的な違いがある、と述べながら、全く論証はしていませんね。この二つの「まとめ」が異なるものであり、五番街の「まとめ」がデタラメだとアナタは主張しているのですから、挙証責任はアナタにあります。全く無責任です。

> たぶんtpknさんは、<1989年のハーグ条約陸戦法規などの戦争法>と、<国際法>とは異なる概念だ、だから五番街の「まとめ」はメチャクチャだ、と言いたいのでしょうが、だからこそ、アナタのようなバカとはつきあいたくないのです。

まったく違います。(tpknさん)

どこがどう違うのかを述べず、自分勝手な判断だけを述べ立てるのがアナタの主張の特徴です。どこがどう違うのか説明して下さい。

あなたはこれを反証することは簡単なのです。八木沢さんや告天子さんが「罪刑法定主義は、1989年のハーグ条約陸戦法規などの戦争法に適用されないという五番街の主張は間違っている」と言っている箇所を示せばいいのですから。(tpknさん)


こういう問いかけに対して、具体的に挙げず相手に「論証せよ」と求めるのは「自分勝手な論理」であります。(tpknさん)


私がそんな箇所を挙げる必要はありません。挙証責任は、私の「まとめ」がデタラメだと最初に主張したアナタにあるのです。アナタの「まとめ」が正しく、私の「まとめ」が間違っていることを論証してください。この要求は、これまでにも何回も出していますが、いっこうに責任を果たそうとしていないですね(できないからですか?(笑))私の反論は、アナタが挙証責任を果たしてから行います。

さて、つぎに移ります。

> この主張に対して私の反論を箇条書きすれば次のようになります。
>
> ・東京裁判は、極東軍事裁判所条例という連合国による占領地の軍律(国内法)を直接的な法的根拠として実施されたものである。(1)
>
> ・この条例には罪と罰が規定されており、刑罰法定主義の原則が採用されている。(2)
>
> ・この条例の規定する罪は、いわゆる事後法の採用を織り込んだハーグ法などの戦争法の禁止事項をベースとするものである。(3)
>
> ・このような国際法(戦争法)と軍律(国内法)の関係は、ドーリットル爆撃の搭乗員を処罰するために「空戦に関する規則」という国際法をベースとして制定された「空襲軍律」との関係と同一である。(4)
>
> ・このように、国際法違反者に対して国内法を制定することで処罰を行うことは、国際慣習法として定着していた。(5)
>
> ・したがって、罰則規定がない国際法違反を理由に処罰することは、不当であるとは言えない。(6)
>
> ・国際法には処罰規定が存在しないという特徴があり、その違反者を処罰するために国内法を制定して補完するという慣習法は、国内法に適用される罪刑法定主義とは異質なものである。(7)
>
> ・したがって、罪刑法定主義を国際法に適用すること自体が間違っているという私の主張、換言すれば、罪刑法定主義はハーグ法などの戦争法に適用されないという私の主張は、妥当であり、かつ間違っていない。(8)

この時点ですでに意味がわからないわけです。「この条例には罪と罰が規定されており、刑罰法定主義(罪刑法定主義?)の原則が採用されている」にもかかわらず、「罪刑法定主義を国際法に適用すること自体が間違っている」と言うのは矛盾しております。(tpknさん)

アナタが意味が分からないとか、矛盾しているなどと考えること自体、アナタのアタマが悪いからです。国際法違反者の処罰の仕組みが理解できていないからです。で、小学生にも分かるように説明してあげましょう。

まず、罪刑法定主義は、具体的な「罪」の規定と、それを犯した場合の「刑」の規定を法律によって明示することです。そして、たとえば「罪」の規定があって、「刑」の規定が存在しない法律の場合には、その罪を犯した者に対して刑を科すこと、すなわち、処罰を行うことができない、という考え方です。さらに、罪刑法定主義は、明示した「罪刑」以外の適用を否定することから、事後法の禁止および慣習法の禁止が派生原則になります。

この原則を国際法違反者に適用した場合、罰則規定がないことが国際法の特徴であるから、違反者を処罰することはできない、という結論に達します。そして、東京裁判において国際法違反者を処罰したことは、この罪刑法定主義を無視した勝者による恣意的な判決であり、不当だ、という主張がなされています(告天子さんの主張も、おおむねこのようなものです)。

ところが、罰則規定がない国際法の違反者の処罰は、独特の処罰の仕組みを採用して勝者、敗者に限らず各国で実施されており、この仕組みは国際慣習法として定着していたのです。

この仕組みの特徴は、国際法違反者を、国際社会(あるいはその代表機関)が「国際法違反者」として裁くのではなく、各国にその処罰を委託していることです。そして各国では国際法をベースとする国内法(あるいは軍律)を制定し、国際法違反者を、その国内法違反者として、各国内で裁判にかけ、処罰することです。

この仕組みによって、日本において、ドーリットル爆撃の搭乗員に対して、「空戦に関する規則」という国際法の違反を理由に、彼らを裁くために空襲軍律が制定・適用され、裁判では被告が有罪となって、処罰されました。空襲軍律には罪刑法定主義の原則にのっとり、罪と刑が明示されています。

さらに、同様に、連合国は、日本の国際法違反者を裁くために「極東軍事裁判所条例」という軍律を制定し、この条例違反を理由として東京裁判において国際法違反者処罰しています。つまり、ドーリットル裁判と東京裁判は、この仕組みに準拠した同質の国際法裁判です。

もう一つ付け加えておけば、このような国際法違反者の処罰の仕組みは、国際法違反者を処罰するための国際社会の法執行システムが存在しなかったために、できあがったものと考えられます。また、各国に国際法違反者の処罰を委託するといっても、各国は国際社会の代表者あるいは代理者とみなされていたのでもありません。

このように、罰則規定がない国際法の違反者の処罰の仕組みを理解すれば、国際法に罪刑法定主義を適用して、国際法違反者を処罰することは不当という見解は導き出されません。この処罰の仕組みは、罪刑法定主義の特質とはきわめて異質のシステムであり、そのことを理解すれば、罪刑法定主義を、国際法に適用することは間違いであると言えます。国際法は、罪刑法定主義のワクの外部に存在する法です。(少なくとも、東京裁判の時点では、そうでした。)

tpknさんは次のように書いています。


あなたの上記八つの主張はそれ自体が自己矛盾に陥っております。

具体的には、(6)までの流れと(7)(8)が矛盾しているということです。なぜなら、もし(7)(8)のようなことが言えるのであれば、((6)で「不当ではない」ことの理由に(2)(3)(4)(5)を挙げる必要などないからですね。(tpknさん)


tpknさんが分かっていないのは、(1)ー(6)までの流れは、東京裁判およびドーリットル裁判における国際法違反者の処罰の仕組みを述べたものであるということです。(7)および(8)は、(1)ー(6)の結論であり、「東京裁判は、罰則規定がない国際法の違反者を処罰したものであり、この処罰は罪刑法定主義の原則を踏みにじる不当なもの」という見解にたいして、国際法と罪刑法定主義の関係を述べたものです。(1)ー(6)と、(7)および(8)は矛盾しているのではなく、視点が異なっているのです。

次にうつります。


「自分の主張が正しい、したがってオマエの主張は間違いだ、という自分勝手な論理」ですね(笑)。(tpknさん)

いえいえ、tpknさんは、自分の「まとめ」が正しく、私の「まとめ」がデタラメであると主張しながら、デタラメであることを挙証していません。これは、tpknさんの主張自体がデタラメであり、中傷にすぎないことを意味しています。

(注:国際法は国内法と比較して)「異なった発展段階」にあるのだから、かつて強者の都合によって正当であるとされたことが、現在から考えれば不当であろうということです。(tpknさん)

国際法違反者の処罰の仕組みについては、上述しました。この仕組みは国際慣習法として定着しています。東京裁判が「勝者の裁き」であったという主張は、この仕組みに対する無知に由来するものです。

韓国併合が合法であろうと違法であろうと、現在から考えれば不当であることには変わりないというのと同じ論理です。(tpknさん)

韓国併合に関しては私は意見を留保しますので、コメントをいたしません。

そもそも、上記(1)〜(8)のあなたの反論では、(1)から(6)までにおいては、あなたは極東裁判条例の正当性を「罪刑法定主義」に求めています(3)(4)(5)。私が論証するまでもなく、あなた自身がそのように考えているということでしょう。告天子さんの主張であなたと食い違うところは、(2)と(3)であり、ここで告天子さんは「罪の規定がない」と言っています。あなたは罪も罰も規定されている、したがって正当だと述べています。これは、当時の国際法も罪刑法定主義の観点から見て正当だという主張でしょう。しかしあなたは(7)以降、突然「罪刑法定主義を国際法に適用しようとすること自体が間違い」と言い始めます。八木沢さんの議論は、この(7)以降についての反論にすぎません。(tpknさん)

と述べているのですから、空襲軍律は「刑罰法定主義の原則が採用」されており、「事後法の採用も織り込」まれているということでしょう? 「第二次世界大戦の終了後のニュルンベルグ裁判および東京裁判の時点までに、それ以前の国際法(戦争法)に罪刑法定主義を適用しようとする動きあるいは傾向は全く見られません」とはどういうことでしょうか?(同)


このようなtpknさんの見解は、同様に国際法違反者の処罰の仕組みに対する無知に由来します。各コメントを詳しくみて行きましょう。

(1)から(6)までにおいては、あなたは極東裁判条例の正当性を「罪刑法定主義」に求めています(3)(4)(5)。私が論証するまでもなく、あなた自身がそのように考えているということでしょう。

違います。国際法裁判である東京裁判およびドーリットル裁判の、国際法違反者に対する処罰の仕組みを述べたものです。極東軍事裁判所条例は、国内法(軍律)であるため、罪刑法定主義の原則に準拠していることを指摘したものです。


ここで告天子さんは「罪の規定がない」と言っています。あなたは罪も罰も規定されている、したがって正当だと述べています。

これも違います。告天子さんの言いたかったのは、「国際法には罪の規定が存在しないので、罪刑法定主義の原則からすれば、国際法違反者を東京裁判で処罰するしたことは不当だ」ということであろうと考えています。私がここで指摘していることは、この告天子さんの見解に対する反論でもなんでもありません。国際法とは異なり、東京裁判の直接的な管轄法である極東軍事裁判所条例は、国内法(軍律)であるため、「罪刑」の規定が存在するのは当然だ、ということです。

これは、当時の国際法も罪刑法定主義の観点から見て正当だという主張でしょう。

これも違います。tpknさんは、極東軍事裁判所条例が国内法(軍律)であることが理解できず、国際法と考えてしまっています。そのため、こんな馬鹿げた見解が出されたのです。私が言いたいのは、国際法は、罪刑法定主義のワクの外にある法であるから、このような独特の仕組みによって処罰が行われている、ということです。

しかしあなたは(7)以降、突然「罪刑法定主義を国際法に適用しようとすること自体が間違い」と言い始めます。八木沢さんの議論は、この(7)以降についての反論にすぎません。

以前に書いたように、(1)ー(6)は国際法裁判における国際法違反者の処罰の法的仕組みを説明したものであり、(7)および(8)は、その結論です。八木沢さんのアホらしいところは、東京裁判あるいはドーリットル裁判などの国際裁判を無視して、その後の1948年の世界人権宣言を持ち出していることです。そして、【国内刑法の原則である罪刑法定主義は(少なくともこの50年間は)国際法にも適用される」】と述べていることです。告天子さんと私の議論のテーマであった東京裁判などは、完全に置き去りにされています。

しかしあなたは上記(2)〜(4)で

> ・この条例には罪と罰が規定されており、刑罰法定主義の原則が採用されている。(2)
> ・この条例の規定する罪は、いわゆる事後法の採用を織り込んだハーグ法などの戦争法の禁止事項をベースとするものである。(3)
> ・このような国際法(戦争法)と軍律(国内法)の関係は、ドーリットル爆撃の搭乗員を処罰するために「空戦に関する規則」という国際法をベースとして制定された「空襲軍律」との関係と同一である。(4)

と述べているのですから、空襲軍律は「刑罰法定主義の原則が採用」されており、「事後法の採用も織り込」まれているということでしょう?


まず、【空襲軍律は「刑罰法定主義の原則が採用」されて】いるのは、この軍律が国内法であるから当然なのです。しかし、【(空襲軍律に)「事後法の採用も織り込」まれているということでしょう?】というのは違います。空襲軍律のベースとなった「空戦に関する規則」は既存の国際法であり、新しい罪を設定したものではありません。(もっとも、事後法と空襲軍律に関しては、検討すべき問題がありますが、tpknさん程度のアタマでは混乱するだけのことでしょうから、述べないことにします。)

「第二次世界大戦の終了後のニュルンベルグ裁判および東京裁判の時点までに、それ以前の国際法(戦争法)に罪刑法定主義を適用しようとする動きあるいは傾向は全く見られません」とはどういうことでしょうか?

従来の戦争法を修正して、罰則規定を設定したのではないという事実を指摘したに過ぎません。


で、つぎに移ります。

ああ、勧告は慣習法の法源になるかどうかという話とごっちゃになっていました。「国連憲章」のほうにあるかどうかはわかりません。(tpknさん)

つまり、「国連憲章にも(中略)罪刑法定主義が謳われている」とtpknさんが述べたことはデタラメであった、ということですね。こういうデタラメ体質を改質してください。

いえ、あなたの言う通りハーグ法が「いわゆる事後法の採用を織り込んだ」[上記(3)]ものだからではないですか?(笑) だとすれば、特に修正する必要などないでしょう。(tpknさん)

この見解も同様に、罪刑法定主義に関する無知が原因となっています。前述のように罪刑法定主義は、「罪」と「刑」を法律によって明示することを意味します。つまり、明示された「罪」以外の罪には法律は適用されないのです。したがって、ハーグ法の「事後法の採用を織り込んだ」マルテンス条項は、「罪」を明示しているのではないため、世界人権宣言を適用すれば、無効あるいは無意味なものになります。そのため、この宣言を遵守するならば、ハーグ法を修正し、「罪」と「刑」を明示しなければならないのです。しかし、1978年の第一議定書では、そうならず、依然としてマルテンス条項を採用しています。

であれば、「平和に対する罪」とはそのマルテンス条項を根拠にしているのだという話であって、「罪刑法定主義の原則が戦争法にも適用されなかった」のではなく、その逆でしょう? (tpknさん)

このコメントも同様に、罪刑法定主義および事後法に対する無知によるものです。たしかに「平和に対する罪」はハーグ法のマルテンス条項を法的根拠としていますが、マルテンス条項は、「平和に対する罪」を明示規定していません。したがって、罪刑法定主義を適用した場合、「平和に対する罪」が明示されていない以上、この「罪」を問うことはできません。

通常の意味では、事後法の適用は、ある法律を設定し、その設定以前の行為に対してこの法律を遡及適用することです。つまり、遡及適用される法律が事後法です。

ところが、マルテンス条項の趣旨は、ハーグ法において規定されなかった行為についても、一般良心に反する行為あるいは人道に反する行為などであれば、実行の時点で国際法違反となる、ということであり、極東軍事裁判所条例が設定した「平和に対する罪」(侵略戦争の罪)は、それが実行された時点で国際法違反となるのであり、したがって、通常の意味での事後法とはやや異なります。


つまり、告天子さんは「罪の定めがないから罪刑法定主義の観点から見て不当だ」という意見なのですから、あなたは「いや、罪刑法定主義を満たしている」という反論をしなければならない[上記(2)(3)の部分]ところ、「国際法には罪刑法定主義は適用されない」というヘンな方向に話を持っていくから八木沢さんからツッコミが入ったわけでしょうに。(tpknさん)

これは全くトンチンカンな意見です。いつものことですが。たしかに告天子さんは「(国際法に)罪の定めがないから(国際法違反者を東京裁判で処罰したことは)罪刑法定主義の観点から見て不当だ」という意見ですが、私の反論は、「国際法に罪刑法定主義を適用することが間違っている」、というもので、このように反論する理由については、これまでに数多く説明しています。

ハーグ法は罪刑法定主義を織り込んだものだったということでしょ?(笑) だとすれば、「国際法に罪刑法定主義を適用すること自体が間違い」という主張が妥当性を持たないのは明らかでしょう。(tpknさん)

これは、<占領地>という特殊な状況において、その地の「現行法律」は「罪刑法定主義」の原則に準拠していると言う意味であり、tpknさんは私の文章を理解する能力に問題があります。このような特殊なケースを除いて、「国際法に罪刑法定主義を適用すること自体が間違い」という主張は妥当なものです。

なにが「したがって」なのかさっぱりわかりません。あなたの言っていることは、1899年にはハーグ法にすでに理念として罪刑法定主義が黙示的に示されていたが、それが78年の第一議定書でより明確にされたというだけの話であって、依然として国際法も体系としては罪刑法定主義を基本としていることにはかわりありません。(tpknさん)

「さっぱりわか」らないのは、アタマが悪いからです。tpknさんには、<占領地>という特殊な条件がつけられていることが理解できていません。これは、日本語の文章を理解する能力の問題です。「依然として国際法も体系としては罪刑法定主義を基本としていることにはかわりありません」というtpknさんの見解は間違いです。このことについては、すでに何回も説明しました。

何を言っているのかさっぱりわかりません。以下の八木沢さんの反論


国際法は罪刑法定主義の適用を免れるなどというところになど当事者である連合国側ですらその正当性の根拠を求めておらず、国連は1948年「ジェノサイド条約」作成とほぼ同時に「世界人権宣言」を採択し、第11条2項にて罪刑法定主義の適用は国際法にも及ぶことをわざわざ明記している。
http://otd2.jbbs.livedoor.jp/mondou/bbs_plain?base=34819&range=1


における「適用」とは、あなたが書いた

>国内法の原則である罪刑法定主義や法の不遡及の原則(事後法の禁止)を国際法裁判に適用して、不当と判断するような愚はおやめください。

に対するものです。

言うまでもなく、この場合の適用とは、そのような判例があるかどうかということではなく、上記(2)であなたが「刑罰法定主義の原則が採用されている」と書いたときの「採用」と同じ意味です。よりわかりやすいことばになおせば、「あてはめて」ということですね。ここでは法律がどのような理念を採用しているかという話をしているのであって、実際にどのような判決が出たかということを言っているのではない。いや、そういう判決がないとしたら、そのこと自体が不当であるとして問題とされているわけですね。(tpknさん)


前回の投稿で述べたように、世界人権宣言は勧告あるいは推奨であり、各国に対して義務づけるものではなく、法的拘束力はありません。

繰り返しますが、第一議定書の総則に、ハーグ法のマルテンス条項が継承され、次のような規定がおかれたのは、この世界人権宣言の当該項目が無視されているからです。


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第一条(一般原則及び適用範囲)
2 文民および戦闘員は、この議定書又は他の国際取極がその対象としたいない場合においても、確立された慣習、人道の諸原則及び公共の良心に由来する国際法の原則に基づく保護並びにこのような国際法の原則の支配の下に置かれる。

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この第2項は、具体的な「罪」を明示していないが、「この議定書又は他の国際取極」が規定しない場合でも、国際法に違反する「罪」となる行為がある、と述べており、このような具体的に「罪」を明示しない、きわめて曖昧な規定は、罪刑法定主義に反するものです。この第一議定書が各国間で法的に有効であるのは、罪刑法定主義の原則がこの議定書(および国際法)には適用されないからです。

ちなみに、この項目には、ハーグ法のマルテンス条項にはない「他の国際取極」という文言が加えられ、そのカバーする範囲が拡大しており、より強力なものとなっています。

さらに、この議定書には罰則規定がなく、この議定書の違反行為を防止するために各国が必要な措置をとることが定められており(第86条)、各国が国際法違反者を処罰するという従来のシステムが採用されています。

そして、1998年の国際刑事裁判所規程においても、 【国際犯罪について責任を有する者に対する刑事裁判権を行使することが各国の責務であることを想起し、(Recalling that it is the duty of every State to exercise its criminal jurisdiction over those responsible for international crimes)(前文)】と従来のシステムを肯定しており、さらに 【本裁判所は、本規程の発効後に行われた犯罪に関してのみ管轄権を有する(1. The Court has jurisdiction only with respect to crimes committed after the entry into force of this Statute.)(第11条)】と規定されており、この規程の発効以前の裁判が、従来同様に各国によって行われることを明示しています。

したがって、【八木沢さんの【「国内刑法の原則である罪刑法定主義は(少なくともこの50年間は)国際法にも適用される」】という主張は、デタラメということになります】という私のコメントを変更する必要はありません。


では、実際に「罪刑法定主義が国際法に適用された事例を挙げて下さい」。(tpknさん)

なんてアホなことを言うのでしょうか。1998年の国際刑事裁判所規程が国際法なのです。そんなことも知らないのですか。

以下、略