| 36546 | 返信 | Re:しばしお待ちください(Re:「百人斬り」勝訴:判決文の電子化) | URL | 梶村太一郎 | 2005/08/30 07:26 | |
| ビッポさん、 > WEBに欠けているのは理性的言論と史料だけではありません。感性的なものも欠けています。 > 「感性的なもの」というのは、人格を成立させる基本的なものですから最も大切です。 右翼も左翼もここでは関係ありません。 > いまの若い人たち、ネトウヨにそそのかされている若い人たちに欠けているのは、私たちが昔々母親から散々聞かされた「空襲から逃げ回った体験談」。あるいは、兵隊として戦地に行った作家たちが書いた「玉砕」「散華」の真実です。人間抑圧、人間破壊、『戦争は怖い』という恐怖です。 > わたしは、日本に居住していないので、日本の若者たちの感性を今少し体験していないので、何とも言えませんが、もしおっしゃるようであれば、これは大問題です。 おそらくそうであろうと思います。 ドイツ人の戦後世代の第一世代のほとんどは、子どものころからフランスであれオランダであれ、西側の隣国を尋ねると、「ドイツ人である」ことを理由に、実際に怒鳴られ、殴られた経験がある人が多いのです。無茶苦茶な話しですがこれは事実です。 そこで、子ども心にも「これは一体なんだろう」と疑問に思うところからすべてが始まっているのです。これは「差別」ではなく「理由がある」と理解したところから、精神的な成長が始まったのです。 そしてあることに気付きます。「殺人犯がわれわれの社会に生きている」という認識です。ドイツのいわゆる68年世代は、親たちに対し「何をした」と厳しく問いつめたのです。 この体験を戦後の日本社会はしてこなかった。そのつけが現在出てきていると思います。小泉、安倍、石原、皆そうです。彼らは近隣諸国からどれだけ軽蔑されているかを理解することのできるだけの、まさに「感性」を持ち合わせていないのです。 現在の日本社会に欠落している最大のものがこれです。これはカネの力では「補填」できるものでもありません。そうできると勘違いしているから、よけいに軽蔑されているのが、町村であり、小泉であり、外務官僚なのです。ナサケナイの一語です。 最近の近隣諸国の本物の知日派のひとびとは、こんな日本に彼らの憐憫の情を現す発言を多くしています。「なんと言うことだ、哀れな日本人」というのが友人たちの本音です。彼らは、愛する日本の破滅の予感におびえています。 > 反戦文学書庫なども、WEBには必要かもしれませんね。反戦感情とは、思弁とは別個にあるような気がします。 > 戦後直後には、すぐれた文学が日本には多くありました。例えば、今の若い人たちが野間宏の「真空地帯」をどれだけ知っているでしょうか。 この小説などは、かつての日本の軍隊の内務班の暴力が、いかに戦後の日本社会に現在まで貫徹してきたかを認識させるだけの重みがあります。古典ですね。そして古典は、必ず復活します。 |
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