36576 返信 西洋社会は常時戦争体制 URL 小林 哲夫 2005/09/01 16:45

戦争の回数を単純に比較することは難しいのですが、次のように数えた人がいます。
1480年以後の戦争の数は、イギリス;78回、フランス;71回、ドイツ;23回、日本;9回だそうです。

ここでは西洋の歴史には如何に戦争が多かったか、それに対応するために常時戦時体制にあった様子を見て見ます。

先ず国王(日本では天皇、将軍)のあり方。
西洋の国王は、軍司令官であって、自ら前線に出て戦う人でした。
(日本では将軍でさえ、前線には出ません。)
そのために自らも武力に優れていて、20歳台の若い内に王になりました。
だから彼らの趣味は狩猟で文化的なことには関心がありませんでした。
(日本の場合は武力よりは文化能力が重視され、高齢が多い。)

日本にはロボット将軍(執権政治)や、ロボット天皇(摂関政治、院政)が多く存在するが、本人の司令官としての能力が重要な西洋ではこれはあり得ない。

日本では途中で自発的に引退して隠居生活に入る場合が大部分だが、西洋の国王は引退することが出来ない。
軍事司令官は下手に引退するとそこで新しい軍司令官に暗殺される恐れがあるからです。軍事力を持ったものだけが生きていける社会でした。

戦争の原因は食糧難
西洋中世では一定の都(みやこ)を定めることがなく、国王は巡遊していました。
それは食糧生産性が低く、一つの地域を食いつぶしたら、次の土地に移る必要があったからです。
麦類の生産性(播種量対収穫量)は2倍から4倍程度と低かった。(米とは桁違い)
このため常時食料不足の状態で、特に飢饉になると、略奪で生き延びるしかなかった。
西洋は牧畜も盛んであったが、家畜は追い立てて運ぶことが出来るから略奪しやすいという特色があり、戦争が多くなりました。

こういう略奪の多い社会では人々は絶えず自衛に苦心しなければならず、武装を強化している内に逆に略奪の方にも走りやすくなり、社会全体が常時戦時体制になります。

西洋では牧畜が行なわれて、肉食が常食になりますが、これは家畜の屠殺を伴い、血を見ることに慣れるという側面があり、殺人に違和感を持たなくなります。
(日本は殆ど菜食に近い食生活でした。)
異民族や異教徒を人間として認めず、動物並みに殺せる心理も育てました。
肉食は人間の性格を好戦的にするとも言われています。

キリストの惨たらしい磔像や絵を絶えず拝んでいるキリスト教徒の心理状態は、日本人には異様と感じられます。
7世紀にキリスト教が中国に伝わって景教となりますが、その時にはキリスト像の付いていない十字架が使用されるようになりました。

戦争と社会科学の発達
このように常時戦時体制にある社会を考える時には「戦争」のことを避けて通ることは出来ません。
だから西洋の社会科学は戦争問題の検討を通じて形成されました。
ホッブスのリバイアサン、カントの「永遠の平和のために」、モンテスキューの「法の精神」、ルソーの「社会契約論」、などなど全て戦争を中心に考えた思想書なのです。
カントは「人間の間の自然状態は戦争の状態である。」とはっきり書いています。

日本のように戦争を考えないで過ごした民族には到底理解の出来ないことが多いのは当然のことです。

戦争を感じないで、法や契約を理解できるものではないにもかかわらず、明治以来の日本人は西洋文明を全て理解したと勘違いしている人が居ることが日本の悲劇・喜劇です。

日本人は戦争ということを忘れてすごすことのできる幸福な民族です。
我々の日常生活の中には戦争の懸念は殆ど入っていません。
そういう日本人が西洋の社会科学を読んで解るはずがありません。

そういう日本人が突然、侵略される恐れを感ずると、その恐怖は途轍もなく大袈裟で、的外れなものになります。

近代日本の一連の戦争で、今では戦争を知っていると考えるかもしれませんが、最近の日本の世論を見ているとあの戦争が決して経験として定着していないことに気が付きます。
日本人は相変らず戦争知らずの民族です。
戦争を知らないのに、知ったかぶりをして、中国問題や北朝鮮問題で強硬論をわめいているのを見ると、危ないなあと感じます。