| 36622 | 返信 | Re:二重基準について | URL | 猫まんま | 2005/09/04 17:20 | |
| 小林さん、こんにちは。 > > 「侵略は悪い」と日本の過去を批判するのなら、中国の侵略も同様に批判しなければ、二重基準になるというのが猫まんまさんの考えでしょう。 > > 私の場合は「侵略は悪い」という基準の前に、「他国のしていることに干渉しない」という基準を重視します。 > > >『非難する事自体はよいのではありませんか?(猫まんまさん)』という考えに反論しています。 > > 隣国を非難すれば、国同士の対立になり、極端に言えば戦争になるからです。 > > 「非難」ということを日本人は、言葉の遊び程度に軽く考えていることを危ないと感じます。 > > つまり中国のチベット、ロシアのチェチェンを非難してはいけない、という考えです。 > 非難と批判、国家としての、あるいは個人としてのものが混同してしまったかもしれません。 小林さんは、中国のチベット、ロシアのチェチェンを内政問題と考えて、それに干渉してはならないと考えてるのでありませんか? 国家として他国の行為を非難するのには慎重であらねばならないというのには同意出来ますが、個人としての非難/批判がすぐに戦争に結びつくとは言えないでしょう。 で、先にも書きましたが、国家が国家に意見する事がなくなってしまえば、それは無関係な関係という事になってしまい、鎖国状態のように、限りなく妄想的な国家になってしまう可能性を孕んでると考えます。北朝鮮のような。 そうならないためにも、非難というのは強すぎるにしても、ある程度意見しあえる関係は日常的に必要でしょう。 > ところが私の論の中に矛盾があります。それはアメリカのイラク侵略です。 > > 私はこれは「侵略だ」と批判して来ていて、ここには私に二重基準があるように感じます。 > 「誰にでも矛盾はあるものだ」と放置してきたのですが、ここでちょっと考えて見ます。 > > アメリカの侵略は、安保条約によって日本の行動に影響を与え、イラク派兵をあんに強制されますから、自分自身が火の粉をかぶらないために、非難しておく必要があるという理屈です。 > > だから今回のイラク侵略戦争が、仮にイギリスだけによってなされたものであったならば、私は非難はしない考えなのです。 > 日米関係の深さからいっても、日本がアメリカに対する時、非難/批判に留まらない場合もあるでしょう。 隣人が隣人にものを言うレベルというより、身内が身内にものを言うレベルというか。 外交=政治レベルの問題と言えばよいのかな? > 中国のチベット問題について言えば、良心の囚人についてのアムネスティーの活動を私は支持します。 > > しかしチベットの独立を応援するような言動は、してはいけないという、節度の問題なのです。 > つまり、他国の内戦状態だと判断した場合、そのどちらかに加担する事なく、その中での人権問題を考慮する、という事でしょうか? |
||||||
![]() | ||||||