| 36628 | 返信 | ラッセル批判 | URL | 小林 哲夫 | 2005/09/04 23:09 | |
私の絶対平和の考えをラッセルの批判をすることによって説明します。 平和民族である日本人は、平和思想とは戦争をしないようにすることだと考えます。 平和が普通の姿ですから、この「現状を維持」すること、つまり戦争をしないことが、平和思想だと考えます。 ところが常時戦時体制にある西洋では、「戦争を止める方法」を考えるのが平和思想です。 平和は戦いとるものだという思想の源がここにあります。 平和思想家として有名なラッセル氏も私にとっては違和感のあることを書いています。 「戦争に通じるもろもろの衝動が、結果としてもたらす破壊にもかかわらず、そのような衝動を持つ国民の方が、それが衰えた国民より、まだ望みがもてます。」 と戦争への衝動を一旦肯定しています。 しかし彼は平和主義ですから、反戦について次のように主張します。 「戦争に反対する衝動が、戦争を望む衝動を克服するに足るほど強烈であるような人間を平和主義者という。 諸国民を戦争と破壊に導いている活力に、人道的感情と両立しうる捌け口を見出さねばならない。」 と書いて、戦争をしたいという衝動は人間なら誰でも持っているものであり、これは無くすことの出来ないものであり、ただ別の衝動で誤魔化すしかない、というような考えです。 反戦運動は、戦争への衝動以上に強烈な衝動を持っていなければ出来ない、と考えているようです。 これは西洋特有の所謂「反戦思想」であり、日本の「厭戦思想」とは決定的に違うものです。 私は人類にとって戦争はあくまでも異常事態であり、自然な状態は戦争をしない状態なのだから、平和が可能であるという手本さえあれば、いつでも戦争をしない世界になれると考えて、ラッセル氏に反対するものです。 人類に5百万年の歴史があるとすれば、戦争の歴史はその内のほんの一万年ほどにすぎません。 人間の活力を戦争に使わないで、文化と平和な日常生活に使った素晴らしい時代として、江戸時代を手本としてはどうでしょうか? ラッセル氏のような強烈な反戦思想は、常時戦時体制にある西洋では、有効な思想かもしれませんが、もともと平和な日本人には必要のない思想だと思います。 これを読んだ日本人の中には、ラッセル氏の考えは、日本人にとっても何の害も無い、と考える人が多いと思いますが、私は戦いを止めるために戦いをするという思想には根本的に矛盾があると思いますので、あくまでも厭戦思想の方が、反戦思想より平和的だと肯定します。 |
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