| 36698 | 返信 | Re:百人斬り訴訟東京地裁判決文 | URL | ピッポ | 2005/09/10 08:22 | |
| >>梶村さん ====== 梶村さん言: > 渡辺さま、 > Jijitu.comにわかり易い判決の解説がでましたので、右翼のみなさんにはそちらで > 勉強してもらって、出直してもらうことにしましょう。 > > さて、 > > > 梶村: > > > このままでは、控訴審でも原告の敗訴はまず間違いないと思われますが、無能な弁護士を取り替えたり、また上級審では反動的な判事が出て来る可能性もありますので、いかなる法廷にも耐えられる、「据えもの斬りがあったことを裏付ける客観的資料」を提出する必用があるでしょう。 > > > > 渡辺さん: > > 死者の名誉毀損については、学説に基づいたしっかりした判例があります。 > > 指摘された事実や論評が虚偽であることを原告が立証できないかぎり、原告敗訴は確実です。しかし、新聞記事にかかわった3人の記者が共通に述べるように両将校が「百人斬り競争」なるものをしていた事、新たに発見された望月証言などから殺害していた対象の多くが捕虜や非戦闘員であろうことは客観的にみればもはや否定困難です。 > > 特に、望月証言は現場の目撃談ですから、何十年も前の事実を争うような事件では証拠価値が高いと思われます。すでに、志々目証言がありますが、これは野田氏から聞いたという体験であって、実際にどうであったかを証言する直接体験ではありませんでした。望月証言が発見されたということは、今回の訴訟によって得られたおおきな成果です。 > > > > これは、その通りですね。判決文での望月証言の評価も全うです。唯一の目撃者の証言ですから、これは重いです。 > この手の証拠が、これからも出現する可能性は、非常に少ないでしょうが、ないとも言えません。これはしかも「据えもの斬りであった」証言ですから、なおさらです。 > > 私が考えているのは、日本刀では百人斬りがそもそも不可能であるという、例の山本七平以来の論拠をくつがえす、証拠:「据えもの斬りがあったことを裏付ける客観的資料」を控訴審では提出できるのではないかということです。 > > > そうすれば、 > 梶村: > > > 少なくとも「本件指摘事実が、一見して明白に虚偽であるとまでは認めるに足りない」とする、原判決をもう一歩踏み込んで「本件指摘事実が、おおむね事実であると認めるに足る」する控訴審判決を勝ち取ることは、可能だと考えています。(その理由はこれから次第に明らかになって来るでしょう) > > > > まで、押せないかということです。攻撃は最大の防御ですし。 ===== なるほど、 名誉毀損もしくは敬愛思慕の情侵害の裁判でも、 「摘示された事実のや表明された論評」が「一見して明白な虚偽でない」ことが証明されれば、不法行為は成立しないわけです。 だとすれば、 「一見して明白な虚偽でない」ことの証明のために、 「摘示された事実のや表明された論評」の主要(重要)部分が「明白な真実」であることを立証すれば良いわけですね。「虚偽とはいえない」立証よりも、そのほうが積極的だし、反証として明解なわけです。 それに、「明白な真実」であることの証拠を提出したということが、それ自体重要な意味を持つわけですね。歴史史料存在の社会的認知になるわけですから。 あるいはまた、原告側を反訴することもアリ、かもしれませんね。 梶村さん言: ====== > 私が、考えているのは「ガス室否定裁判」での経験からのことです。 > この判決では、一歩踏み込んで、ニュールンベルク裁判の「ガス室大量虐殺は事実であった」とする判決を、日本の法廷が初めて認知しています。 > ですから、せっかく原告が控訴するのであるから、「百人斬りのような据えもの斬りは事実としてあった」ことを裁判所が認知できる証拠を出して争えるのでないかと考えているのです。特に中国では、いたるところであったのです。まだ健在な加害者もいます。 ===== >> 梶村さん >> 渡辺さん いずれにしても私の下記の発言は、考察が足らなかったようです。反省します。 ピッポ言: >> いずれにしても、 >> 一見して明白に虚偽であるとまでは認めるに足りない< x <明白な真実 >> この区間の何処に位置するかを、この裁判で争うことは出来ないでしょう。 争うこともできるのですね。 |
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