36981 返信 Re:とほほさまへ(B.C級戦犯) URL とほほ 2005/09/24 21:12
> おやおや、これは大変なことになりそうですね。私の記憶では、この問答有用で、この【ポツダム宣言そのものが『無条件降伏』ではない】という考え方と同様な見方が右派の論客によって主張され、日本は全く条件を提示していないのだから無条件降伏だ、と烏龍茶さんなんかから強く批判されていましたね。

それは論点視点が異なるのではないですか?
「ポツダム宣言をどう評価すべきなのか」と「ポツダム宣言はこう評価できる」という問題は全然違う問題です。正に五番街さんの言うところの右派論客の言うとおりに戦後政権は運営されてきたのであるが、これを持ってポツダム宣言の正しい解釈とはいえない。と言う事です。

先に紹介した『南京虐殺は「おこった」のか』から以下引用です。

日本の降伏について、B.L. ビラ(1976)はこう書いている。

「1945年8月10日、日本政府はついに、天皇制を不利な立場におかずに、確実に存続させる事を唯一の条件として降伏を受け入れる意思があると発表した。アメリカ政府は遠回りのやり方で、この要求を受け入れたが、これは事実上、誰しも予測していたことであり、ワシントンでは多くの人が以前からそのための準備を整えていた」(66頁)

これが無条件降伏といえるかどうかは判断が難しい。A.E.キャンベル(1995,1176頁)によれば「降伏に一つの条件、つまり裕仁の地位の維持という条件をつけるのに成功した。」A.ヒルクラバー(1980、462頁)の場合は、そこまで言わないにしろ、決して完全な無条件降伏とは言っていない。「日本の場合は、無条件降伏が獲得された。しかし、裕仁天皇が権力を厳しく制限されたとはいえ、天皇の座を守った以上、ある意味では不完全な降伏だった」

<略>

1945年8月15日正午、昭和天皇の録音済みのメッセージが日本国民に放送で伝えられた。
この放送内容についてギランはこう書いている。
「その詔勅はなんと奇妙であったことか。そしてなんと日本的であったことか。その将来について、なんと慎重な態度をとり、『降伏』と言う禁じられた言葉で日本の歴史の1頁を汚さないようになんと気を配っていた事か・・・・

どこにも敗戦という言葉は使われていない。もし将来、軍が自分の好きなように歴史を書き換える機会があったら、この詔勅を証拠にして、日本が戦争を終結させたのは単に敵があまりに残酷だったからだと言えるだろうし、軍は無傷だったが、天皇が大量殺戮をとめることに同意されたのは、日本を救うためだけでなく人間の文明を守るためにそれを望まれたからだと言えるだろう」


あと、アメリカ側が日本の占領政策に意外と楽観的だった(天皇制を廃したとしても)根拠となる証言は731部隊関係での取材で該当部門職員の証言を得ていたと記憶してますがどの本に書いてあったのか忘れた(^^;