| 36996 | 返信 | とほほさんへ(「無条件降伏」、C級犯罪) | URL | タラリ | 2005/09/25 23:42 | |
| とほほさま。 >違うでしょう(^^; >ポツダム宣言そのものが『無条件降伏』ではない、とする考え方も成立します。ドイツ >の場合は完全な無条件降伏です。 まずもってドイツの場合はナチス政府が瓦解し、その後継も成立しなかったので、講和の相手方そのものが「いくなった」のです。これをもって「無条件降伏」と言うのは不適切です。右翼もとほほさんと同じ主張をします。 右翼の「無条件降伏にあらず」論は (1)日本は立派に戦ったのだ。だから「無条件降伏」にはならなかった、日本はドイツよりえらい。 (2)日本は天皇制の維持を要求し、アメリカはそれを飲んだ。このために、国体の根幹をなす天皇制が維持された。日本の体制は戦前、戦後と一貫している。 というコンテキストから主張されています。 とほほさんはアメリカ人研究者の言を引いて、「無条件降伏」ではなかった、と述べていますが、アメリカ人研究者は、徹底的な軍事的勝利を獲得したのだから、もっと完璧な政治的勝利を勝ち取るべきであった、という主張です。180°反対の主張はかえって似通ってくるという見本のようですが、日本右翼は「立派に戦った」、アメリカ人研究者は「徹底的な軍事的勝利を獲得した」という正反対の認識によって「無条件降伏」にはならなかった、という結論を得ていることに注意して下さい。 #それにしてもアメリカ人研究者のこのような論調は右翼が大喜びすることでしょう。実際にこの議論を援用しているのかもしれません。 しかしながら、「無条件降伏か条件降伏か」ということはあくまで、敗戦国側から条件を付けることが出来たか、どうかということに関わる用語です。戦勝国側があらかじめ、条件を緩めて講和が受け入れられるようにしていたとしてもそれは「無条件降伏か条件降伏か」には関わりありません。アメリカ人研究者の議論はその意味で不正確なものです。 以前、別板において五番街さんとともにtaiekijieikanさんを批判したことがあります。 http://kunsama.at.infoseek.co.jp/new_yuukoku_log/horo0506.htm >有条件降伏(笑 投稿者: タラリ 投稿日: 6月 2日(木)08時51分1秒 アメリカをはじめとする連合国は天皇制の廃絶を持ち出すと、日本の抵抗が長引くと予測して、天皇の地位は日本国民の意志によるという線で中国にも合意を取り付けています。 ポツダム宣言で当時の日本政府が困ったのは次の条文に天皇が該当するか、どうかであり、「国体の護持」が可能かどうかという表現で中立国を経て照会します。 六、・・・世界征服ノ擧ニ出ヅルノ過誤ヲ犯サシメタル者ノ権力及勢力ハ永久ニ除去セラレザルベカラズ 十、・・・吾等ノ俘虜ヲ虐待セル者ヲ含ム一切ノ戰爭犯罪人ニ對シテハ嚴重ナル処罰ヲ加ヘラルベシ アメリカはポツダム宣言の条件を繰り返して返事しただけでした。日本は条件を付けることは出来ませんでしたが、天皇訴追はないとの感触は得たようです。 五番街さま、(とほほさま) >さらに、もう一つの問題は、南京大虐殺です。 >この虐殺の被害者の多くが中国民間人であり、かつ、この犯罪が日本の侵略戦争と密接 >な関連性を有することを考え、さらに、この虐殺が東京裁判で明らかになったことから >すれば、藤田久一の見解からしても、C級犯罪が適用されるのではないかと思うのです >が、そうなっていないのが不思議です。 B級は通例の戦争犯罪で、C級は自国民あるいは自国占領地における一般民衆に対する犯罪と考えることができるのではないでしょうか。 南京大虐殺は日中戦争のさなかに起こったことです。これは占領軍による軍政ないし、親日政府の成立以前に行われた犯罪であり、少なくとも日本軍兵士にとっては「戦闘の続き」という意識によって行われたものである以上、通例の戦争犯罪として裁かれるのは当然です。 自国や占領地行政の中で行われた人道に対する罪を【戦争犯罪】と呼ぶのはおかしい。また、戦前の時期の犯罪までを【戦争犯罪】に含むのもおかしい。本来からすると、国家による人道に反する罪というのは歴史的に見ても、その国家と国民の関係の中で処理されるべきものであり、他国が干渉すべき筋合いのものではなかったし、今でもたいていはそうである。 しかし、終戦後のドイツ国内、占領地で連合軍が目にしたものはおびただしい数のユダヤ人犠牲者であった。ユダヤ人虐殺はナチスの思想および、ナチスが遂行した戦争に不可分に結びついていた。そのため、正義・人道に立脚した戦後処理を行うためには連合国として、人道に反する罪という、それまでになかった概念によって、責任者を処罰することが適当と考えられた。これは明白な事後法による処罰であったが、必ずしも完全な体系を所有していない国際法しかなかった当時においてはこのような処置が選択されたのは正当であり、国際関係の発展であると私も同意し、評価する。 本来、事後法的に成立したC級犯罪の概念を無闇に広げることは他国に対して、戦勝国の身勝手な裁量を与える危険が伴います。戦時国際法に規定のある事犯は戦時国際法によって裁くことが適切でしょう。(たとえばイラク戦争後に、イラク新政府ではなく、アメリカ・イギリスが直接、非人道行為などの罪名でフセインを裁く場合を想像して下さい。) 日本でC級犯罪の告発があまりされなかったのは、第一にナチスによるユダヤ人虐殺と比べてスケールが小さかったためではないか。国際関係とはいえ事後法による処分を乱用すべきでないことは司法の人間も知っていたと思う。日本におけるC級犯罪の処罰は被害者が責任者を告発し、日本国自身が努力して責任者を処罰、あるいは謝罪し被害者に対して保障すべきものであると思う。 第二にナチスドイツによる被害者は白人ユダヤ人であったのに対し、日本による被害者は中国人、朝鮮人であり、裁判を指導的な役割をはたしたアメリカ人が彼らの人権に対して敏感でなかった点もあると思う。裁判官には、大きな被害を受けた中国人がもっと多く入れられるべきであったということは言えます。 |
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