37003 返信 Re:とほほさんへ(「無条件降伏」、C級犯罪) URL 烏龍茶 2005/09/26 01:48
タラリさん、こんばんは。横レス失礼します。

>>ポツダム宣言そのものが『無条件降伏』ではない、とする考え方も成立します。ドイツ
>>の場合は完全な無条件降伏です。
>まずもってドイツの場合はナチス政府が瓦解し、その後継も成立しなかったので、講和の相手方そのものが「いくなった」のです。これをもって「無条件降伏」と言うのは不適切です。右翼もとほほさんと同じ主張をします。
>右翼の「無条件降伏にあらず」論は
>(1)日本は立派に戦ったのだ。だから「無条件降伏」にはならなかった、日本はドイツよりえらい。
>(2)日本は天皇制の維持を要求し、アメリカはそれを飲んだ。このために、国体の根幹をなす天皇制が維持された。日本の体制は戦前、戦後と一貫している。
>というコンテキストから主張されています。

右翼の「無条件降伏にあらず」論は、東京裁判の清瀬弁護人の
「聯合国申し出のポツダム宣言を全体的に受諾したりという意味に於て無条件に降伏したりといふことは誤りではありませんが我々はポツダム宣言それ自身が1の条件であるといふことを忘れてはなりませぬ」
という発言の後半部分が原型になっているように思います。
私としては、日本はいかなる条件の提示も許されなかったのである以上、無条件に降伏した、という認識で間違いなかろうと思いますが。

>アメリカはポツダム宣言の条件を繰り返して返事しただけでした。日本は条件を付けることは出来ませんでしたが、天皇訴追はないとの感触は得たようです。
で、その「感触を感じていた」連中には、天皇制の護持ができるか否かでぐずぐずしている間に失われていく多くの人命など全く見えていなかったわけですね。


> 五番街さま、(とほほさま)
>>さらに、もう一つの問題は、南京大虐殺です。
>>この虐殺の被害者の多くが中国民間人であり、かつ、この犯罪が日本の侵略戦争と密接
>>な関連性を有することを考え、さらに、この虐殺が東京裁判で明らかになったことから
>>すれば、藤田久一の見解からしても、C級犯罪が適用されるのではないかと思うのです
>>が、そうなっていないのが不思議です。
>B級は通例の戦争犯罪で、C級は自国民あるいは自国占領地における一般民衆に対する犯罪と考えることができるのではないでしょうか。
>南京大虐殺は日中戦争のさなかに起こったことです。これは占領軍による軍政ないし、親日政府の成立以前に行われた犯罪であり、少なくとも日本軍兵士にとっては「戦闘の続き」という意識によって行われたものである以上、通例の戦争犯罪として裁かれるのは当然です。
極東軍事裁判条例の規定
「人道ニ対スル罪 即チ、戦前又ハ戦時中為サレタル殺人、殲滅、奴隷的虐使、追放、其ノ他ノ非人道的行為、若ハ犯行地ノ国内法違反タルト否トヲ問ハズ、本裁判所ノ管轄ニ属スル犯罪ノ遂行トシテ又ハ之ニ関連シテ為サレタル政治的又ハ人種的理由ニ基ク迫害行為(を人道に対する罪とする。引用者)」
からすれば、犯行の場所や被害者の位置が占領地であるか否かはあまり関係がないように思います。
南京大虐殺も含めて、中国人への犯罪があまり裁かれなかったことについては、タラリさんも述べておられるように中国人の人権が軽視されていたこと、犯罪者の特定が容易でなかったこと(犯人が戦闘部隊の兵士の場合、氏名の特定はまずできなかったでしょうし)、などがあるかと思います。

>人道に反する罪という、それまでになかった概念によって、責任者を処罰することが適当と考えられた。これは明白な事後法による処罰であったが、必ずしも完全な体系を所有していない国際法しかなかった当時においてはこのような処置が選択されたのは正当であり、国際関係の発展であると私も同意し、評価する。
「人道に対する罪」が、必ずしも「全く新しい法概念であって明白な事後法である」か、いささか疑問があります。
ハーグ法にすら、すでにマルテンス条項に見られるように「人道」の概念が導入されていますし、それ以後も戦争法の発展につれ、文民の保護などの法体系が充実していく方向にありました。「平和に対する罪」が、言葉としては新しいものの実は不戦条約を含めた戦争禁止の包括的概念であるように、「人道に対する罪」もそれまでの戦争法のうちから人道に対する犯罪の概念をまとめなおした包括的概念であるととらえるべきではないか、と思うのですがいかがでしょうか。

>日本でC級犯罪の告発があまりされなかったのは、第一にナチスによるユダヤ人虐殺と比べてスケールが小さかったためではないか。
スケールの問題というより、被害者が女性であったりアジア人であったり、要するに国際社会における弱者であったからではないか、と思うんですが。
第二次大戦後の、国際情勢の急激な変化が、必然的に戦犯裁判に時間的制約を課し、それゆえ「誰を裁くか」「なにを裁くか」について優先順位を設定せざるを得なくなってしまったから、人権上軽視されていたアジア人と女性に対する犯罪が裁かれないままに終わったのではないか、「BC級戦犯裁判」の林博史氏はそう述べているようです。

>国際関係とはいえ事後法による処分を乱用すべきでないことは司法の人間も知っていたと思う。日本におけるC級犯罪の処罰は被害者が責任者を告発し、日本国自身が努力して責任者を処罰、あるいは謝罪し被害者に対して保障すべきものであると思う。
日本自身が裁くと、とっても甘くなった気がします。事実戦後すぐに日本自身が陸軍中将を「戦争犯罪」で自主的に裁判していますが、処罰は「礼遇の停止」のみであったそうです。

>第二にナチスドイツによる被害者は白人ユダヤ人であったのに対し、日本による被害者は中国人、朝鮮人であり、裁判を指導的な役割をはたしたアメリカ人が彼らの人権に対して敏感でなかった点もあると思う。裁判官には、大きな被害を受けた中国人がもっと多く入れられるべきであったということは言えます。
加えて女性も判事と検事に含めるべきだったと思います。