| 37127 | 返信 | Re:靖国訴訟について:判決文のイロハ、主文 | URL | ノンポリ | 2005/10/02 02:24 | |
| > この大阪高裁の憲法第20条第3項の解釈は、既に最高裁判例の出ている以下に準拠したものであろう。 > > **************************************************************************** > 憲法20条3項にいう宗教的活動とは,およそ国及びその機関の活動で宗教とのかかわり合いを持つすべての行為を指すものではなく,そのかかわり合いが上記にいう相当とされる限度を超えるものに限られるというべきであって,当該行為の目的が宗教的意義を持ち,その効果が宗教に対する援助,助長,促進又は圧迫,干渉等になるような行為をいうものと解すべきである。 > そして,ある行為が上記にいう宗教的活動に該当するかどうかを検討するに当たっては,当該行為の外形的側面のみにとらわれることなく,当該行為の行われる場所,当該行為に対する一般人の宗教的評価,当該行為者が当該行為を行うについての意図,目的及び宗教的意識の有無,程度,当該行為の一般人に与える効果,影響等,諸般の事情を考慮し,社会通念に従って,客観的に判断しなければならない(最高裁昭和46年(行ツ)第69号同52年7月13日大法廷判決・民集31巻4号533頁,最高裁平成4年(行ツ)第156号同9年4月2日大法廷判決・民集51巻4号1673頁等)。 > *********************************************************************: > > 今回の高裁判決は、 > > 小泉の靖国参拝が、靖国神社のみを特別に支援するという印象を与え、特定の宗教のみ(つまり靖国神社のみ)を助長、促進することになる。何故なら、参拝を公に宣言し、内外の批判がある中で、輿論が注視する中、3回も参拝を実行するに及んだからだ。 > > だから、最高裁判例によって、小泉の参拝は「違憲」となる、と断じているのである。 > > つまり、参拝に対する内外の批判がなく、その参拝が静謐に行われるならば、この理屈は成立しない。すなわちこの論法では、内外の「批判」があるから「違憲」、内外の「批判」がなければ「合憲」に導かれる。 > であるが故に、今回の高裁判決自身が、極めて政治性を持った、不当な判決であるという批判が起こるゆえんである。(本日の読売社説) 9/30の朝日夕刊に掲載された判決要旨を読んでみると、「内外の批判」だけを違憲の理由にしているわけではないようです。それより重いのは公的な参拝であること、毎年参拝していること(それを公約にしていること)、小泉には何らかの宗教的情熱があること、「小泉首相の発言及び談話、所感に表れた参拝の主たる動機ないし目的は政治的なものであること」(判決要旨の中の『職務行為性』)、さらに参拝の継続によって靖国神社とは政府にとって特別なものであること、靖国を贔屓しているのを世間に知らしめたこと(要するに火の鳥草さんが引用した判例に合致すること)、という判断ではないでしょうか? そもそも批判が起こり得ないようなものだったとすれば、こんな裁判も、違憲かどうかを問う論議も起きませんよね。 読売の社説 はこれですか? 判決は請求を棄却した。しかし、首相は「3度にわたって参拝した上、1年に1度参拝を行う意志を表明するなどし、これを国内外の強い批判にもかかわらず実行し、継続しているように、参拝実施の意図は強固であった」との判断を示した。目的は「政治的なもの」だったともしている。 近隣諸国の批判などを理由に首相の靖国神社参拝を違憲だとするなら、この判決こそ政治的なものではないか。 9/30の朝日夕刊に掲載された判決要旨「違憲性」を引用します。 「宗教団体の靖国神社の備える礼拝施設の本殿で、祭神に対し拝礼することにより、畏敬崇拝の気持ちを表したもので、客観的に見て極めて宗教的意義の深い行為というべきだ。 また、本件各参拝は内閣総理大臣の職務を行うについてなされた公的性格を有するもので、小泉首相は3度にわたって参拝した上、1年に1度参拝を行う意思を表明するなどし、これを国内外の強い批判にもかかわらず実行し、継続しているように、参拝実施の意図は強固だった。以上は一般人においても容易に知りうるところだった。 これにより、国は靖国神社との間にのみ意識的に特別のかかわり合いをもったというべきで、これが、一般人に対して国が靖国神社を特別に支援しており、他の宗教団体とは異なり特別のものであるとの印象を与え、特定の宗教への関心を呼び起こすものと言わざるを得ず、その効果が特定の宗教に対する助長、促進になると認められ、これによってもたらされる国と靖国神社とのかかわり合いが我が国の社会的・文化的諸条件に照らして相当とされる限度を越えるというべきだ。 従って、本件各参拝は憲法20条3項の禁止する宗教的活動に当たると認められる」 ついでに37103 > 憲法第20条第3項の、これまでのもろもろの最高裁判決に照らして > 天皇が、天皇家の「私的」行事として行う宗教活動は、「違憲」には問われないわけだが、 > 天皇が、靖国神社を(今、または昔)参拝すると、これはどうなるのだ? > この場合の「天皇」は「国または国の機関」になるのか? > 公的「首相」の参拝の場合、内外の「批判」があるから「違憲」ということらしいが、天皇の参拝に関し批判がないなら合憲か? そもそも天皇制自体、宗教的なものですよね。 だから憲法の第1条から8条は、憲法20条の第1項及び3項と矛盾していることになります。 第20条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。 2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。 3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。 この矛盾を解消する為に、第1条から8条をバッサリ削除し、天皇制を廃止せざるを得ないでしょう。 先般のホリエモン発言に伴う2ch上の書き込みなどに見られるように、日本国民の天皇制に対する嫌悪感は根強いものがありますが、もっとも現段階では、憲法改正に伴う国民投票にて「有効投票の総数の二分の一を超える」ことは難しいと思いますので、機が熟するのを待ちますw |
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