Go Green

日本でもガソリン価格が問題になっているようだけど(正確には税金の話か)、アメリカのガソリン価格も深刻だ。たまにジップカーに乗るぐらいで、普段は乗らないことにしたので、私には大して影響がないが、ニュースでは毎日その話をしている。

2001年から2002年にワシントンにいた頃はたしか1ガロン108セント(1.08ドル)で安いなあと思った記憶がある。データを確かめてみると確かにそうなのだが、それはかなり安かった特別の時期だということが分かる。次のグラフはエネルギー省のデータを元に作ってみたもので、1990年の湾岸危機以降のデータが出ている。湾岸危機前のデータがないのが残念だが、湾岸危機でほんの一瞬上がってからは、比較的安定していて、1999年後半から市場が荒れているようだ。9.11以後はなぜか安くなり、2002年春から上昇に転じている。その後は上がる一方で、3.5倍近くなっている。

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今住んでいるアパートからは駅に併設されている駐車場がよく見える。朝と夕方のラッシュ時間は車の行列ができていて、クラクションがうるさい(ボストンの人は意外にもかなりクラクションを鳴らす)。毎日毎日車に乗っている人にはこの値上がりはたまらないだろうなと思う。地下鉄のないエリアに住んでいる人には車は不可欠だ。東京のような満員電車もどうかと思うけど、地下鉄を延伸すれば良いのにと思う。やはり電車は嫌いなのかなあ。

ガソリン価格の高騰のせいで、燃費のいい小型の日本車が売れ始めているそうだ。不必要にでかい車が多いから良い傾向だと思う。MITやハーバードのイベントでも環境問題、エネルギー問題関連のものが多い。Go Greenはかなり根付いてきている。

こういう生活上の不満は大統領選挙にどう影響するのだろう。もし法的に可能だとしても、この状況ならブッシュ大統領の三選はあり得ないだろう。何だかアメリカ人も民主党の混乱には疲れているような様子があり、決め手を欠くオバマを見離す声も出てきている。

MIT学長のコラム

Susan Hockfield, “MIT’s Burgeoning Role in the Green Movement,” Boston Globe, April 7, 2008.

【追記】

米国の1ガロンは約3.785リットルである。1リットル当たりに換算すると92セント(約100円)にしかならない。税金の上乗せ幅が違うとしても(米国のガソリンにも税金が入っている)、まだまだ米国のガソリンは安いことになる。

ウォーミングアップ

先週はかなり研究をした。東京にいるときは一つのことに3時間まとまって使えれば良いほうだったが、こちらでは用事がないので、集中すると一日中ずっとできる。平日はいくつかの仕事をがっちりやって、土曜日の夜、奇跡的にとれたレッド・ソックスの試合を見に行った。松坂が前日に投げてしまっていたのが残念だが、ほぼ完全に売り切れているレッド・ソックスのホーム・ゲームなのだから贅沢は言えない。試合は最後に逆転ホームランで勝つという劇的な展開だった。あいにく岡島の出番もなかったが、ブルペンで調整する姿を間近で見られたのは良かった。

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20080419okajima.JPG試合そっちのけで岡島を見ていて興味深かったのは、他のピッチャーはいきなり投球練習を始めるのに対し、彼はゴムを使って手首の運動から始め、少しずつ体をほごし、負荷をかけていく。丁寧に体を作っていくのが印象的だった。良い仕事をするには準備が重要だと思う。

ところが翌日曜日、私の体はがちがちに固まり、特に左肩に痛みが走り、寝返りがうてなくなった。平日に無制限に仕事し続け、ナイターが寒かったせいだろう。さらにはベッドが柔らかいせいも大きい。年明け以降の疲れが出てきたのかもしれない。とにかくひどい痛みだ。床のカーペットにシーツを敷き、日曜日は休むものの、痛みはとれない。日曜日の夜はほどんど眠れなかった。

月曜日、マサチューセッツ州はパトリオット・デーで休日である。この日はあのボストン・マラソンが開かれる。沿道で観戦するのを楽しみにしていたのだが、外出できる状態ではない。テレビで観戦。しかし、中継方法が原始的であまりおもしろくない。日本のマラソンや駅伝中継はよくできていると気づく。

痛みが引かないので、医者に診てもらおうと、ウェブを使ってアポの申し込みをする。アメリカではアポがないと基本的に医者には診てもらえない。月曜日は休日なので診てもらえないとは思っていたが、月曜日と火曜日のできるだけ早い時間に診てもらいたいと申し込む。意外にもアポの返事はすぐに来た。しかし、設定日は来週の月曜日である。月曜と火曜が良いと書いたので、水曜日以降の日程は無視されたのだろう。でも来週じゃないんだけどなあ。

そして、整形外科の申し込みをしたのに、まずは主治医の内科医に会えという。整形外科はこの主治医の紹介がないと会ってもらえないのだ。一週間先に内科医に会って、それから整形外科に行けというのはのんびりしたものだ。整形外科のアポはさらに先になるのだろう。もちろん、救急患者は診てもらえるのだが、どうやら高く付くのだそうだ。

聞いてはいたけれども、アメリカの医療制度はやはりおかしい。日本であれば好きな病院にすぐに行って、どんなに遅くてもその日のうちには診てもらえるだろう。しかし、アメリカでは保険の適用範囲が決まっているので、勝手にかかりつけ以外の病院に行くと法外な診察料をとられる。その上、保険料が高いから、多くの人が健康保険に入れない。外国人研究者は国務省の規定で入らなくてはいけないから私はカバーされているが、アメリカ人で入れない一般の人はかなりいる。仮に入っていても、これでは痛いときにすぐには診てもらえないだろう。

日本の医療制度が完璧だとは思わない。不必要な薬が出たり、病院が社交場のようになっていたりするかもしれない。しかし、選択の自由があり、すぐに診てもらえる医療制度はやはり優れていると思う。もちろんそれはただではなくて、給与天引きですごい額が徴収されているからできることも確かだ。

大統領選挙で医療制度(健康保険制度)が重要な政策イシューになることも実感できる。自分でリスクをとり、カバーするのがアメリカらしさなのかもしれないが、もうちょっとどうにかなるだろうという気がする。

研究者の体も自己管理しなくてはならない。同僚のO先生がやはり1年間の在外研究に出たとき、「自分が疲れていることに気づくのに半年かかった」と言っていた。本当にそうかもしれない。毎日、岡島のような入念なウォーミングアップが必要なのだ。

単純さの法則

船便の荷物が届いた。太平洋を渡ってきたというのに箱はほとんど汚れていない。ヤマトさん、ありがとうございます。これで生活も落ち着くだろう。そろそろちゃんと研究モードに入らないと。

John Maeda, The Laws of Simplicity, Cambridge: MIT Press, 2006.

ボストン・グローブ紙で何気なく読んだジョン・マエダ教授に関する記事が気になっていた。最初は日系の名前を持つMIT教授が気になっただけだが、「単純さ(simplicity)」にこだわる彼の考え方がおもしろい。マエダ教授はMITメディアラボのデザインの先生だが、6月にMITを去り、Rhode Island School of Designの学長になることが決まっている。SFCでデザインをやっているWさんに聞いたところ、良いデザイナーとして知られているとのこと。本の途中で別のSFCの同僚の名前が出てきた。世界は狭いなあ。

SIMPLICITYにはMITが隠されている。

この本は、彼が普段考えていることを10の法則にまとめたものだ。しかし、彼自身まだ思考の途中であることを認めている。ノウハウ本ほど実践的な役には立たない。しかし、考え方はとても参考になる。MITの人たちがどんな考え方をするのかを知る上でもおもしろい。特に、彼がMITでどうやって授業をしているかという話がおもしろい。

学生に勉強させるときに重要なのは、難しい課題を出して解かせることだと思っていたけど、10年間教師をしてみて分かったことは、BRAINなのだそうだ(次の五つの文章の頭文字)。そうかもしれないね。

  • BASICS are the beginning.基礎が始まりである。
  • REPEAT yourself often.何度も繰り返しやる。
  • AVOID creating desperation.絶望を作り出さないようにする。
  • INSPIRE with examples.例示でひらめかせる。
  • NEVER forget to repeat yourself.繰り返すことを忘れない。

同じテーマにじっくり取り組み、プレゼンを繰り返して聴衆を説得しようとする学生はうまくなる。複雑なこと、新しいことにやたらと飛びつき、すぐに飽きてしまう学生は伸びない。

教師の側も同じだ。毎年同じ授業をやっている先生のことを最初は「飽きてしまわないのか」と思ったらしいが、しかし、よく見てみると、同じ話を毎年しながら少しずつ工夫して、単純にすることでエッセンスを伝える努力をしていることに気がついたという。基礎の基礎に焦点を絞ることで分かりやすくなる。繰り返すことによって重要なことが身につく。(ついでの話として、ブッシュ大統領が再選できたのは、「テロ、イラク、大量破壊兵器」を徹底的にスピーチで繰り返して、単純にしたからだという。みんなだまされたものね。)

また、メディアラボのニコラス・ネグロポンテ前所長がマエダ教授に、レーザー・ビームになるより電球になれと言われたそうだ。レーザーのような正確さで一点を明るくすることもできるが、電球で周りにあるものすべてを照らすこともできる。

MITでは何か複雑なシステムを学ぶとき、分からないことがあったら「RTFM」というのだそうだ。「Read The F*cking Manual」である。マック・ユーザーの私はマニュアルなしでコンピュータは使えなくてはいけないと思っているので、マニュアルを読むのが大嫌いだ。しかし、正しく、素早く理解するためにはやはりマニュアルが大事というわけだ。

一番良いなと思ったのは次のところ。

In the beginning of life we strive for independence, and at the end of life it is the same. At the core of the best rewards is this fundamental desire for freedom in thinking, living, and being. (p. 43)

以下は最初に読んだ記事。

Scott Kirsner,”Running a college on the avant garde,” Boston Globe, February 10, 2008.

John W. Dower講演

20080407dower.jpg日本の占領期を描いた『敗北を抱きしめて』でピューリッツァー賞を受賞したジョン・W・ダワーが、MITのキリアン・アウォードを受賞し、記念講演を開いた。キリアン・アウォードというのは、MITの第10代学長で多大な貢献をしたジェームズ・キリアンを記念した賞で、毎年MITのファカルティから1人選ばれる。分野を問わずに優れた業績を挙げた人が選ばれる。慶應で言えば、福澤賞・義塾賞に相当するものかな。ちょっと違うのは、キリアン・アウォードを受賞すると、「Killian Award Lecturer」という肩書きが一年間与えられ、講演をすることになっている点だ。

講演のタイトルは、「Cultures of War: Pearl Harbor/Hiroshima/9-11/Iraq」というもので、歴史的な裏打ちもなく、パール・ハーバーや広島の原爆の話と、9-11やイラク戦争の話が対比的に語られるのは良くないと指摘していた。また、意外にもインテリジェンスの話が出てきて、インテリジェンスの失敗というのは、歴史的なイマジネーションの失敗でもあると強調していた。歴史を知らずしてインテリジェンスを語るなということだろう。戦争とは文化なんだという指摘もおもしろい。

http://web.mit.edu/newsoffice/2008/dower-tt0402.html

“Dower to deliver Killian Award lecture April 7,” MIT News, April 2, 2008

http://web.mit.edu/newsoffice/2008/dower-tt0409.html

“Dower probes ‘cultures of war’ in Killian award lecture,” MIT News, April 9, 2008

ジップカーに乗る

ボストンはここ数日天気が悪かった。暖かくはなってきているが、しとしと雨が降った。私は寝違えた首が痛く、やり残してきた二つの仕事をやっているがなかなか進まない。

20080405bostonglobe.jpg天気だけではなく、景気も悪い。テレビや新聞では悪い方向に進んでいるという調子のニュースが多い。景気は気分みたいなものだが、どことなくアメリカに元気がない。間が悪いことに、クリントン夫妻が大統領退任後の8年間に1億ドル(約100億円以上)も稼いだという記事が出ている(写真は4月5日付ボストン・グローブ紙の一面)。現職大統領が再選を狙うときは、思い切った景気てこ入れ策で景気を強引に上向きに持っていく。しかし、退任の決まっているブッシュ大統領にとってはそこまで頑張るインセンティブはないのだろう。

ところで、日本から車の無事故・無違反証明(英文)が届いた。早速、ジップカー(Zipcar)の申し込みをした。数年前にハーバードにいたKさんからも聞いていたし、こちらに来てからも何人かに言われていた。毎日車を使うわけではなければ、ジップカーで良いのではということだ。車を購入すると、代金の他に、車の登録料、保険料、毎月の駐車場代、ガソリン代がかかってくる。中古車市場が発達しているので、車はまた売ればいいのだが、維持費はけっこうかかる。

ジップカーというのは、簡単に言うと、車を会員で共有するシステムで、ボストンから始まったらしい(MITかハーバードの学生が始めたとも聞いた)。車はボストンだけでなく、東海岸と西海岸の大都市を中心にたくさんあり、ボストンにはうじゃうじゃある(ここでボストンをクリックすると見える)。ウェブで予約をすれば、置いてある車を勝手に乗り回していいのだ。料金は利用時間に応じてクレジット・カードから引き落とされる。レンタカーと同じくらいの料金設定だが、1時間単位で借りられ、ガソリン代はかからない。ガソリン・スタンドで無料給油できるカードが車内にあり、足りなければ勝手に足し、十分残っていれば、そのまま乗り捨てていける。

20080405zipcar02.jpg私の住んでいるアパートの駐車場にも1台置いてあり、最寄り駅の駐車場にも2台置いてある。写真はアパートの駐車場のジップカー専用スペースである。ここにいつも同じ車が止まっている。先のKさんは私と同じアパートに住んでいたのだが、ジップカーで十分だったらしい。

ジップカーに申し込むには無事故証明が必要なので、それが届くのを待っていた。届いてから、オンラインでクレジット・カードを使って登録し、無事故証明をファックスした。すると、その日のうちに承認の連絡が来て、3日から1週間でジップカードが届くという。ところが、地元ボストンのためか、翌日にはカードが届いてしまった。何のことはないただのプラスティック・カードなのだが、おそらくICチップが埋め込まれている。このカードに書かれている番号をウェブでアクティベートして私の情報とひも付けすれば、準備完了である。

20080405zipcar01.jpg試しに買い物にでも行こうかと土曜日の午後に4時間分の予約を入れた。予約時間が間近になったので駐車場に行くと、車がない。いきなりこれかよと思ったが、ギリギリまで待ってみようと思って立っていると、時間ギリギリに車が戻ってきて、駐車場の所定の位置で止まった。中から出てきた人は、さっと降りて、駅の方向に歩いていってしまう。どうやらアパートの住人ではないらしい。

20080405zipcar03.jpg車自体の鍵は、ジップカーの中にある。ハンドルの脇にひもでくくりつけてあるのだ。鍵を持って車の外に出ることはできない。ジップカーのメンバーは、自分のジップカードを取り出して、運転席の窓に付いているカード読み取り機にカードをかざす。すると、ドアのロックが解除される。そこで中に入り、ぶら下がっている鍵でエンジンをかけるという仕組みだ。降りるときは、鍵を抜き去り、ぶらさげておいて、同じくカードでドアをロックする。

車のメンテナンスはジップカー社がやってくれることになっているので、普通に使う分には問題ない。中もほどほどにきれいで問題ない。普通のレンタカーレベルだ。車の調子はというと、ブレーキが軽くてふわふわしている一方、アクセルが重たいのが気になったが、それでも許容範囲だ。4時間、あちこちの店を回って食料品その他を買い込んだ。時間までにもどさないといけないのが大変と言えば大変だ。次の人が予約を入れて待っているかもしれない(遅れるとどうなるのだろう)。十分たくさん車があり、好きなときに乗れるのなら、ジップカーは良いシステムだと思う。

何かを皆で共有するという発想はアメリカ資本主義的には何となくおかしいような気もする。希少な資源を共有するというのは何となく共産主義っぽい。しかし、エコフレンドリーであることをアメリカ人が気にするようになってきているのはとても良いことだ。スーパーでもレジ袋をなくす傾向にあるようだ。エコフレンドリーで頑張っているホールフーズマーケットではレジ袋をプラスティックではなく紙に一本化し、マイバック持参を推奨している。ホールフーズマーケットの書籍コーナーにはアル・ゴアのInconvenient Truth他、エコ関係の本が揃えてある。リサイクル可能なボトルを使った商品などは高いけど、ちゃんとたくさん棚に並んでいる。ジップカーも、やたらと車を乗り回すのではなく、必要なときだけ乗ればいいじゃないという発想なのだろう。

ここでもウェブとインターネットが重要な役割を果たしている。拙著『ネットワーク・パワー』(NTT出版、2007年)では、海運・空運という輸送システムと、情報通信ネットワークの組み合わせがパワーを生み出す(経済学的には生産性の向上か)と指摘した。陸運は視野に入っていなかったが、アメリカという広大な国では、陸運は重要だろう。ヨーロッパでもかつてモルトケが鉄道の戦略的重要性を指摘している。どこに車があるか、いつ使えるかがすぐ分かり、思い立ったらすぐに予約ができるシステムがなければ、ジップカーは成立しなかっただろう。レンタカー屋に行って、面倒な保険の説明を聞いて、高い料金を払い、ガソリンを満タンにして返すのは面倒だ。いつも同じ車が同じ場所に置いてあり、ガソリンのことを気にせず乗れるのは気分が良い。少し離れた別の場所に行くと、違う車に乗れるのもうれしい。トヨタ、ニッサン、ホンダ、マツダ、スバルなどの代表的な車が揃っているし、ピックアップトラックにも乗れる。

ジップカーがどこまで大きくなるか、そもそもビジネスを継続できるか、注目していきたい。しばらくは乗り続けてみよう。

ネットに接続

6日目にしてもう日本食を食べてしまった。Oye先生に教えてもらったPorter SquareにあるPorter Exchangeというビルには日本食材店のKotobukiyaの他に、数店の日本料理屋(屋台と言った方がよいかもしれない)が入っている。ここではカツ丼やラーメンも食べられる。これで日本に帰らなくてもいいやという気がしてくる。食べる予定はなかったのだが、ちょっと食べてみるかということで、ホッケ定食を頼んでみたのだが、ボリュームたっぷりな上に味も良い。独身でボストンに来る人はPorter Squareに住めば問題なし。

ところで、ようやく自宅がネットと電話につながった。実は2月末に日本からネットでコムキャストにトリプルプレイを申し込んであった。コムキャストはケーブルテレビ最大手(?)で、ケーブルモデムによるブロードバンド(といっても数メガしか出ないらしい)+ケーブルテレビ+固定電話(VoIP)という三つのサービス(トリプルプレイ)をセットにして売っている。不動産屋さんが、今割引でやってますよというので安直に申し込んだのだ。

コムキャストのウェブで申し込みをして、終わったかと思うと、「チャットが始まりました。」「ジェニファーがログインしました」というメッセージが画面に出てきた。なんだこりゃと思って返事をしてみると、コムキャストのオペレーターとチャットをしながら、申し込みの確認をして、工事日を設定し、電話番号まで決めてしまおうというのである。これを電話でやられると言語に自信がない私としては困るのだが(電話というのは対面と違ってかなり情報量が減る)、チャットなら何とかなる。これは良いサービスだと思った。1ヶ月前に工事日が確定し、電話番号も決まってしまうと、後々のスケジューリングがやりやすい。

問題は、ちゃんと工事日の指定時間に来てくれるかどうかである。配送がダメなのと同じで、こういう工事もうまくいかないことが多い。これまた昔と比較してしまうが、ワシントンで電話がつながらなくなったとき、約束の時間に電話会社がぜんぜん来てくれなくて困ったことがあった。今回もそうなるのではないかと不安な一方、ボストンに来てからはほぼ順調(家具の配送が遅れたぐらい)なので、ちゃんと来てくれるのではないかという期待もあった。

約束の時間は午前8時から11時。ちゃんと8時には朝食を取り終わり、パソコンと電話機、そしてテレビを用意して待ちかまえているが、気配はない。コムキャストのバンはすぐ分かるので、来ないかと思って窓から外を見ているが、ぜんぜん来ない。10時半を過ぎ、ああ、やっぱりダメだったかと思った。午後一番に大学でアポが入っていたので、遅くなると困るなあと思った。

ところが、10時半を少し過ぎたところで、ゴンゴンゴンと扉をたたく音がする。開けてみると、腰に工具をぶら下げた学生風の若い男性が立っている。おおおっ、ようやく来たか! 彼は配電盤を開けたり、ケーブルをつないだりしててきぱきとセットアップしていく。問題はケーブルモデムだった。どうも何か特別な調整が必要らしく、私の日本語パワーブックに苦戦している。「何度もやってきたからアイコンで分かるんだけどさ」とはいうものの、日本語でポップアップメッセージが出てしまうと、「これ何?」って聞いてくる。しばらく携帯で何かやりとりをした後(ネイティブの若者言葉を聞き取るのは至難だ)、ようやくつながった。

いったん大学へ行き、研究所の所長であるRichard J. Samuels先生に挨拶する。日本語ぺらぺらの日本研究者なのだが、ここは米国なので英語で会話。彼は2メートルはあろうかという巨漢の割にきちっとした性格で、研究室はびしっと片付いている。古い雑誌のコレクションが趣味らしく、Time誌や日本の戦前の雑誌などがきちんとファイリングされて飾ってある。昔、京都の知恩院のそばに住んでいたそうで、文字の入った古瓦までコレクションとして飾られている。一つ釘を刺されたのは、ちゃんと研究所に出てくるということ。日本の研究者は、名前だけ在籍していてこちらのアカデミアと交わらず、どこにいるのか分からないまま帰ってしまうことが多い。成果の報告を折に触れてするようにとのことだった。肝に銘じておこう。

夕方帰宅して、今度はアップルのAirMac Expressで無線LANのネットワークを構築することにする。これがあれば、自宅でどこにいてもつながるし、イーサーネットのケーブルに縛られずにウィンドウズのラップトップもつなぐことができる。ところが、つながらない。設定のところでエラーが出てしまい、AirMac Expressのランプが点滅し続けている。設定をいろいろ変えてみるがうまくいかない。いったん有線に戻し、検索してみると、このページが見つかった。この人は申し込み時点のチャットでうまくいかなかったらしい。さらに下を読むと、AirMac Express とコムキャストのケーブルモデムの接続の対処法について書いてある。ここからたどって出てくる英語の投稿の対処法を読んでその通りにやってみると、なんとつながった。意味不明だが、電源を抜き差しする順番が問題らしい。このエントリーに付いているコメントを読むと、コムキャストのケーブルモデムがMACアドレスを読み込んでしまうのが問題だという。

コムキャストはあまりユーザー・フレンドリーでないことで知られていて、ネットワーク中立性ではいつもやり玉に挙がる。P2Pの制限もしているらしい。日本のブロードバンドほど速さは感じないが、それでも使えるレベルのスピードだ。 割引で年間契約してしまったので使い続けるしかない。いろいろ試してみよう。

ケンブリッジの日本食材店

5日目の朝、メールを読もうとMITまで出かけると、Kenneth Oye教授に会った。Oye教授とは1月に東京で会っている。Cooperation under Anarchyの研究で知られており、私がMITで所属する研究所の前所長でもある。今は技術と国際関係に関するプロジェクトを展開しており、それに私も少し参加させてもらうことになっている。Oyeという名前はおそらく「大家」で、日系の先生なのだが、日本語はほとんどお話しにならない。

Kendallの駅を見晴らす眺めの良いOye教授の部屋で少し話をして、生活の立ち上げがまだ十分できていないと言ったら、今から買い物に行こうと言ってくださる。しかし、平日の昼間から買い物に行ったら仕事に支障が出るのではないかと言ったら、どうやら今はイースターホリデー期間らしく、大学はお休みモードなのだそうだ。各所の事務部門は開いているので気づかなかったが、授業は行われていないらしい。メールを読み終わる前にせかされるように買い物に行くことになった。

教授のスバル・レガシーに乗り、私の自宅で妻を乗せてから、日本食を売っている郊外の店へ向かう。途中、Porter Squareというところで日本食を売っているお店と小さなレストランが集まっていると教えてくださったが、そこはちょっと高いらしい。そこから少し離れたところにあって、車がないと行けないReliable Marketというお店が目的地だ。韓国系のお店だが、日本の食材はほぼ完璧に揃っている。ワシントンDCの日本食材店よりも豊富だし、賞味期限が切れていない。たぶん入手できないだろうなと思っていたしゃぶしゃぶ用の薄い肉まで売っている。ケンブリッジはあなどれない。外国に住むとにわかナショナリストになってしまうことが多いが、そんなときは日本食を食べて元気を回復しよう。

もう一軒行こうと連れて行ってくださったのがポルトガル・パンの店Central Bakery(732 Cambridge Street, Cambridge, MA 02141)である。実に地味な構えで、紹介がなければ入る気のしないお店だ。ポルトガル特製のコーン・ブレッドという大きなパンがおすすめらしい。私たちの次の客は大量に買い込んでいる。レストランで出しているらしい。帰宅してから食べてみると、外側はカチカチに固いのだが、内側はもちもちしていて確かにおいしい。

このパン屋の周辺はいろいろなエスニック系の店が並んでいるようだ。高層ビルが建つボストンからチャールズ川を隔てたケンブリッジ側は、あまり高い建物もなく、田舎町の風情が少し残っているが、なかなか捨てたものではない。大きすぎるニューヨークや、ぎすぎすしたワシントンと比べても、住み心地の良いところに思えてきた。J・K・ガルブレイスの本の中でケンブリッジが良いところだと書いてあるのも分かってきた。世界中から研究者が集まってコスモポリタン的だし、学生・大学院生が多いから活気もある。

ITと生産性

ボストンに着いてから生活の立ち上げに追われている。到着の翌日にはヘルスケアのオリエンテーションがあり、アパートの入居手続きをしたり、銀行口座を開設しに行ったりした。3日目は車をレンタルし、家具や生活道具を集める。本当なら家具付きのアパートにしたかったが、ボストンにはあまりないようなので、仕方なく家具なしのアパートにした。

4日目はお世話になる国際関係研究所(Center for International Studies)に行って事務手続きをする。ここは地下鉄レッド・ラインのケンドール駅の上にあり、ビルの1階はMIT Pressの本屋、向かいにはMITの生協があり、絶好のロケーションである。アパートもレッド・ライン沿線なので、地下鉄で15分程度で通える。個室はもらえないが、在外研究の場合はいろいろ教えてもらうために相部屋のほうがむしろ望ましい。同室にはなんと早稲田の教授がいらして、他にインド系アメリカ人の若い研究者がいるらしい。この部屋には窓がないのがさびしい。International Scholars Officeのオリエンテーションに参加すると、私の他に、中国人2人、台湾人1人、韓国人1人、タイ人1人、インド人1人、ブラジル人1人とアジア・シフトが著しい。

問題はこの4日目の午後、発生した。午後1時に約束した家具が届かないのである。MITにはStudent Furniture Exchange(FX)というすばらしいサービスがあって、MITの関係者がいらない家具を寄付し、それを安く再販売している(学生じゃなくてもMITやハーバードなどの関係者は買える)。家具をレンタルすると毎月500ドルぐらいかかってしまうが、FXで最低限必要なものを揃えたら500ドルぐらいで済んだ。新品の家具ではないが問題のない家具ばかりで、500ドル×11ヶ月分浮くのは良い。

問題は配送である。アメリカの配送システムは全く当てにならないことを前回のアメリカ生活で学んでいたので、期待はしていなかったが、やはりうまくいかない。ソファのような大きな家具があると宅配業者ではダメなので、引っ越し業者に頼むのだが、最初は午後1時に持ってきてくれるという話だった。ところが、メールが来て、その日はダメになったので、一日早く持ってきたいというのである。しかし、前の日はレンタカーを予約してあり、各所を回る予定になっていたので、約束の日に持ってきて欲しいと電子メールで返信する。最初はホテルのネットを使っていたが、自宅にはまだ通信回線がなく、3日目にはホテルをチェックアウトしてしまったのでコミュニケーションがとれなくなる。配送当日(4日目)の朝、MITでメールを開いてみると、午後遅くに配送すると連絡がきた。とにかく電話がないので、ずっと部屋にいるから持ってきてくれと返信し、すぐにアパートに戻る。

午後遅くと書いてあったので、1時に持ってきてくれるということはないだろうと思い、本を読んでいたが、時差ぼけのせいか、昼寝をしてしまう。目を覚ますと午後4時で、まだ来ない。アパートの管理人のところに行ってきいてみるが、まだ何も連絡はないという。ああ、まただめかと思ったが、日本のようには行かないなと思ってあきらめ気分になる。

アパートの窓から外を見ると、帰宅ラッシュが始まり、大渋滞になっている。幹線道路に出るための道が混雑し、クラクションを鳴らす車も多い。ニューヨークほどではないが、ボストンの人たちはワシントンDCや西海岸と比べて割とクラクションを鳴らすような気がする。渋滞の車を上から見ているのはけっこう楽しくて時間が早く過ぎていく。今日は家具は届かないかなあと思っていたら、午後7時半になってトラックがゆっくりとアパートの前に止まった。FXから家具を運び出してから、部屋の中に設置するまで2時間半かかったらしく(そりゃ渋滞の中を走って来ればそうなるわな)、時間制の配送料はかさんでしまったが、その日のうちに到着しただけでも良しとしよう。

ここまで数日経ってみて、2001年にワシントンDCに行ったときよりも、格段にスムーズに事が進んでいる。2回目ということもあるだろうし、私の英語が少しましになったこともあるかもしれない。ワシントンDCよりもボストンが効率的とは考えにくいが、それもあるかもしれない。しかし、たぶん、ITを使って生産性が上昇しているのではないかという印象を受ける。特に大きな組織は改善しているように見える。入居したアパートの管理会社は手広く多くのアパート管理をしていて、賃貸料はアメリカではめずらしく銀行引き落としができるようになっている。補修などのリクエストもウェブで予約できるようになっているのは新しい。銀行口座の開設では、コンピュータの端末を目の前で担当者と一緒に操作しながら各種情報を入力し、その日のうちに一時的に使えるATMカードと小切手をもらうことができた。同じ銀行で2001年に口座開設をしたが、その時は1週間かかった。MITの一連の登録作業も効率的で、私のデータベース情報が一元化されていて、ペーパーワークはほとんどない(テロ対策の一環として外国人管理を徹底するよう政府の意向が働いているという側面もある)。

しかし、引っ越し業者のような中小企業では、まだこうしたIT機器・サービスを徹底することができていないのではないだろうか。もちろんたった一件のケースで判断することはできないが、前のエントリーでも紹介した梅田望夫『シリコンバレー精神』では、大企業・大組織こそがITで生産性を上げるという話があった。ITはベンチャーや中小企業にとっても大きなメリットをもたらすが、ネット系ベンチャーでもない限り、昔ながらのやり方を大きく改善するのは難しいかもしれない。私が使った引っ越し業者もウェブページを持っていて、そこから引っ越しのリクエストを出せるのだが、メールのやりとりを見ると、どこかのホスティングサービスとアプリケーションサービスを中途半端に使っているようで、設定がうまくできていないのではないかと思えた(例えば、ウェブ上に掲載されているメールアドレスにメールを出すと不達エラーになる)。

アメリカには毎年のように来ていたが、生活をしてみて分かってくることがやはり多い。ホテルに数日滞在しただけでは生活文化に触れることは難しいと再確認させられる。数年を隔ててまたアメリカ生活を経験できるのは貴重だ。

ボストンへ

3月13日にトルコのアンカラ帰ってきてからあっという間に10日間が過ぎた。17日から20日までの4日間はいろいろな人たちと会い、ご飯を食べまくった。大学の研究会(ゼミ)も解散になるので、OB&OGも含めた解散パーティーを企画してくれて、これは愉快だった。なんといっても学生たちの才能の豊かさ、発想のおもしろさにはいつも驚かされる。最初に会ったときは無個性に見えた彼らが、だんだんと本性を現し、おもしろいことを話し出すのを見ているのは実に楽しい。

21日から23日までは家族や親戚と会ったり、お墓参りをしたり、最後の荷造りをしたりして過ごした。その間も外食が多かったので、確実に太ったと思う。

そして、24日、雨の中、大きな荷物と共に成田空港にたどり着き、飛行機に乗った。実に疲れた。天候が悪くて離陸してからしばらくは揺れがひどかった。本を読み始めたのだが、揺れが帰って気持ち良くなり、すぐに眠ってしまった。目が覚めてからまた本を読み続けた。

読んだのは、Nさんに紹介してもらった勝間和代さんの『効率が10倍アップする新・知的生産術—自分をグーグル化する方法—』(ダイヤモンド社、2007年)である。Nさんのお知り合いだとかで、おもしろい人だとうかがっていた。本の内容も強烈だった。私が最もショックを受けたのは、カカオ(チョコレート)も一種の依存症を引き起こすものであり、それに依存しているということは頭の働きがかなり落ちている可能性があるという指摘である。私は麦チョコが好きだったと言ったら、学生が山ほど麦チョコをくれたことがあったが、チョコなんか食っているのは知的生産者としては失格ということになる。まずいなあ。

機内での食事が終わって、ようやく一息付けるようになったので、ノートパソコンを開いて、このエントリーを書き始めた(ブログに乗るのはまたしばらく先になるだろう)。3月に入ってからはメールを書く余裕もなくなり、読む時間すらなくなったので、返事待ちがたくさんたまっている。出発前に終わらせなくてはいけない仕事も結局持ち越してしまった。悪いことに、最近は神経が麻痺してきて、メールを読まなくてもいっこうに平気になってしまった。

もう一冊読んだのが、梅田望夫『シリコンバレー精神』(ちくま文庫、2006年)だ。とてもおもしろく読んだのだが、えっと思ったのが岡本行夫さんとの出会いの話。梅田さんと岡本さんが出会った直後の頃だと思うが、岡本さんとほんの一瞬だけ仕事をご一緒したことがあって、この本に出てくる話を聞いていたことを思い出した。あの話は梅田さんの話だったのかと驚いた。

乗り換えのシカゴに近づき、飛行機の窓のシェードを開けると、白い雲が一面に見える。ところが地面も真っ白だ。3月の末だというのにシカゴでは雪が降ったらしい。幸い、ボストンでは雪はなかった。しかし、東京よりはまだ寒い。

ところで、なぜ飛行機に乗ったかというと、普段お付き合いのある方々にはすでにお知らせの通り、これから来年の春まで約一年間、米国ボストンのMIT(マサチューセッツ工科大学)で在外研究を行うことになっている(正確には、MITやハーバードはボストン市の隣のケンブリッジ市にある)。なぜ米国か、なぜMITかという説明はとても長くなるのだが、ヨーロッパに行こうと思っていたけど、扉が重くてなかなか開かず、知り合いが誘ってくれたのでMITにしたというのが簡単な説明だ。7年前にも米国に行き、1年間過ごしたことを考えると、ヨーロッパのほうがおもしろそうだと思っていたのだが、今年は米国の大統領選挙があるということも米国に方針転換する要因になった。ここまでもつれるとは思っていなかったけれど、おもしろい展開である。

しかし、大統領選挙を研究しに行くわけではない。おそらく、マスメディアや在米日本人ブロガーがたくさん大統領選挙はウォッチするだろうから、私が出る幕ではないと思う。純粋にエンターテインメントとして楽しもうと思う(エンターテインメントといったら叱られるかもしれないけど)。

さっきの勝間さんの本では、五つのテーマを普段から持っていると良いと書いてあるので、この一年間見ていきたいテーマを五つ挙げておこうと思う。たった1年で五つを追いかけるのは難しいかもしれないけど、テーマを一つに絞れない私としては片手で数えられる五つを積極的に追いかけていこうと思う。

・インテリジェンス・コミュニティ:特にブッシュ政権の通信傍受。たぶん、これについては複数進んでいる裁判の判決が出るとともに、議会もそれなりの対応策(通信会社の免責法案など)を決めるのではないかと思う。

・情報通信政策:これは私にとってはサブテーマなのだけど、なぜかこちらのほうが需要が大きいのでやめられなくなっている。通信と放送の融合や、電波政策などの他、新しい動きがあればウォッチしたい。ただし、大統領選挙中なので、あまり大きな動きは出なくなっているのではないかと思う。FCCの高官たちも身の振り方を考えなくてはいけない時期だ。しかし、逆にどさくさ紛れに変な動きが出るかもしれない。

・国際政治理論:大学でのメインの授業は国際関係論ないし国際政治理論なので、この動向もウォッチするとともに、日本やアジアの思想・理論をどうやって統合するかも考えたい。

・文明論・帝国論:米国が衰退しているといわれたり、イラク戦争とアフガン戦争が終わらなかったりしている中、大統領選挙が行われる。米国がこの先どうなるのか、長期的な視点で考えたい。

・科学技術政策:最近興味があるのが遺伝子だ。この分野での発展は著しい。ヴァネバー・ブッシュ以来、MITは米国の科学技術政策に大きな影響を与えてきたので、この辺も追いかけていきたい。

全部で成果を出すのは難しいかもしれないが、とにかくどん欲にやってみよう。

戦前の日本アニメとアニマル化

もうすぐ今年度が終わるが、今年度の後半は通信と放送の融合のプロジェクトに追われてしまった感がある。もともと融合なんて簡単じゃないから頑張ってやらなくてもいいじゃないというのが私の立場だった。たまたまプロジェクトに関わるようになり、いろいろ調べていくとやはりおもしろいのだが、何でだろうなあと思うことも多い。その一応の区切りとして26日にシンポジウムをやるのは先にお知らせの通り。

そのための下調べとして欧米を回ってきた。欧州ではおしろい話が聞けたのだが、一人でボストンに移動してからがしんどかった。頭で分かってはいたのだが、ボストンの寒さは本当に頭に来てしまって、帽子がないとすごい勢いで熱が頭から逃げていってしまう。一日の内でも吹雪いていたかと思ったら青空が見えたりして変な天気が続き、風邪を引いてしまう。おまけに雪でこけて足をねんざし、なんだかさんざんだった。まだ本調子ではないが、そうも言ってられない。

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しかし、おもしろかったのは、旧知のイアン・コンドリーが主催するCool Japan Research Groupの会合だった。イアンはMITの所属だが、会合はハーバードのライシャワー日本研究所で開かれた。ジャパン・パッシングとかジャパン・ナッシングとかいわれ、中国への関心が集まっているのだから、たいして人は集まらないのではないかと思ったら、予想よりも多い人が集まっていた。おまけに日本人はほとんどいなくて、アメリカ人やアジアの人たちが集まっていたのには驚いた。まだ関心はそれなりに続いている。

テーマもすごかった。戦前の日本アニメというのだ。戦前にアニメなんかあったのかいなと思っていったのだが、メイン・スピーカーのTom Lamarre教授(カナダのマギル大学)は、『桃太郎:海の一兵卒(そんなアニメ本当にあったのか?)桃太郎・海の神兵』とか『のらくろ』とか、古いアニメをデジタル化してマックにため込んでおり、それについて延々と解説してくれるのだ。なんでそこまで話せるのってぐらいまじめに話している。

何を話しているのかというと、「アニマル化された人、人化されたアニマル」がテーマなのだ。なんだか東浩紀さんの『動物化するポストモダン』を思い出すのだが、ポストモダンなんて話が出てくるよりずっと昔の戦前の話なのだ。なぜ日本人はのらくろという犬を使って自己表現をしたのか、日本の伝統宗教とspeciesism(種偏見?)なんて話が展開して、まじかよとなかばあきれてしまう。たぶん深い議論なんだろう(けど、ちょっとついていけなかった)。

イアンは、「ポケモンも一種の動物だけど、通じるところがあるのかな」なんてコメントをしていた。でもポケモンはモンスターでしょ。戦後は怪獣とか、宇宙人とか、昆虫(仮面ライダー)とか、ロボットとか、多彩になるよなあなんてことも思うが、そこに何か日本人らしさなんかあるのだろうか。よく分からん。通信と放送の融合にはあまりつながらない話だけど、頭の中をかき回してもらっておもしろかった。ボストンはおもしろいところだ。