佐藤誠三郎『「死の跳躍」を越えて―西洋の衝撃と日本』(千倉書房、2009年)
待ちに待った復刊です。学生時代からどうしても手に入れたいと思いながら手に入れられずにいたのが本書。もう一方の「雄」である升味準之輔『日本政党史論』は、なんとか古書で入手できたものの、本書は古書市場でもほとんどお目にかかることができませんでした。本当にうれしい復刊です。
今月、大学院で第1章「幕末・明治初期における対外意識の諸類型」の書評報告を行いましたが、やはりこのテーマは、インパクトがあり、かつ、息の長い対象であるようです。いずれ、学部ゼミで本格的に扱ってみたい一冊です。
帯、目次は以下のとおりです。
<帯>
西洋の衝突という未曾有の危機に近代日本は如何に立ち向かったか。
日本精神構造の変貌を描いた名著復刊
<目次>
新版の刊行にあたって 北岡伸一
第1部 西洋文明の衝撃
第1章 幕末・明治初期における対外意識の諸類型
第2章 近代化への分岐―李氏朝鮮と徳川日本
第3章 幕末における政治的対立の特質
第2部 危機のリーダーシップ
第4章 川路聖謨
第5章 大久保利通
第6章 岩倉具視
第3部 近代化日本の国際関係
第7章 協調と自立の間
第8章 日米関係・その三〇年代と七〇年代
解題 北岡伸一
あとがき―謝辞にかえて 佐藤誠三郎
丸山眞男論
新版への解題 御厨貴
主要事項索引
主要人名索引
矢野暢『「南進」の系譜 日本の南洋史観』(千倉書房、2009年)
佐藤本と同時に復刊されたのが本書。『「南進」の系譜』『日本の南洋史観』の2冊(いずれも中公新書)が収められている。いずれも私が生まれたころに世に問われた本であるが、高校生時代に中公新書を読みあさったこともあり、こちらは手にとって読んでいた。佐藤本の「西洋の衝撃」から、矢野本の「南進論」という導き方は、編集者氏が提示する合わせ読みのすすめなのだろう。東南アジア研究をしているゼミ生にも、ぜひ読んで欲しいと思う。あとは、いささかはやりの印象があるが、満洲だろうか。
帯、目次は以下のとおりです。
<帯>
南洋へ向かったひとびとの姿から、近代日本の対外認識をあぶり出す。
<目次>
第1部 「南進」の系譜
まえがき
プロローグ
Ⅰ 南方関与のはじまり
Ⅱ 「南進論」の系譜
Ⅲ 経済進出のパターン
Ⅳ 在留邦人の生態
Ⅴ 「大東亜共栄圏」の虚妄性
Ⅵ 戦後日本の東南アジア進出
エピローグ
参考文献
第2部 日本の南洋史観
まえがき
プロローグ
Ⅰ 七人の「南進論」者
Ⅱ 明治期「南進論」の性格
Ⅲ 大正期「南進論」の特質
Ⅳ 「拠点」思想の基盤―台湾と南洋諸島
Ⅴ 「南進論」と庶民の関わり
Ⅵ 昭和期における「南進論」の展開
エピローグ
資料
解題 清水元
あとがき 矢野卓也
主要事項索引
主要人名索引
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「処女作」には学者の根本的な哲学や思想が含まれているといわれますが、まさに、「死の跳躍を越えて」は佐藤先生の広く深い学識の原点であると思います。
19世紀から20世紀にかけて、世界を覆った西洋近代の衝撃に日本がいかに対応したか、「21世紀はアジアの時代」ということが言われますが、アジアで最初に近代化を成し遂げた日本の世界史的意義と苦闘は記録されるべきでしょう。
現実主義者かつナショナリストであった佐藤先生の問題意識が本書の基底にあります。取り上げた政治家の中で、とりわけてナショナリスト川路の武士道的な勤勉・真摯・実直さに筆者は強い思い入れを抱いたように思われます。
また、冷戦末期から90年代を通じて、日米同盟再強化を一貫して主張して日本外交の政策形成に大きな影響力をもった著者の日米関係論の原点も本書の論考に見られます。
本書に収められた論考のいずれもが、歴史家・学者として並外れた見識、優れた文体と論理、史料と分析に裏付けられた説得力をもってかかれており、古典となるべき本がそうであるように、本書も日本政治外交史を学ぶ人々に長く読みつがれると思われます。
ちなみに、本書をテーマとした五百旗頭誠氏と岡崎久彦の対談が興味深かったと覚えています。(確か季刊アステイオンだったと思います)
また、同時期に『中央公論』に掲載された佐藤先生の東京大学最終講義をもととした「20世紀の終わりに」もあわせて読むと、日本が「死の跳躍」のような近代化の努力のあと、国際社会の動向を左右する大国となり、筆者が国際社会における日本の将来を若い世代に希望を託しておられたことも感じることができます。
もう一点、多方面でご活躍された佐藤先生の単著は、この「死の跳躍」のほかには、晩年の「笹川良一研究」があるのみです。もし、象牙の塔にこもってアカデミックに日本政治外交史だけに打ち込んでいたら、、、あるいは、なぜ笹川良一を研究テーマにしたのか(ほかにもっと重要なテーマがたくさんあるのに)、、、といった批評を聞いたことがあります。けれども、独善的な国家主義者でもなく、理想主義的な国際平和主義者でもなかった著者は、世界における歴史の潮流を見極めたうえで、世界とアジアの平和と繁栄のために日本のとりうる建設的な役割と方向を指し示すべく、まさに誠実かつ勤勉に、オピニオンー・リーダーとして政策形成という仕事に取り組んだのだろうと思われます。
もう10年近く前に本書を読んでから、読み直す機会がありませんでしたが、日本の政治・外交、近代史を考える上で古典というべき優れた傑作です。
余談になりますが、SFCで学部生の頃に、国際政治史と日本史を学ぶ上で、良書を教示していただきたいと、個人的な質問をしたところ、先生は少し考えられた後、国際政治史はキッシンジャーの『外交』を、そして日本の近代史では、この「死の跳躍」を私の書いた本ですがと謙遜しつつも挙げられました。「恥をかくのは若者の特権です」と佐藤先生は述べられたことがありますが、そんな学部生としての個人的なエピソードもありました。
政策という時事的な問題にかかわる慶応SFCの学生には、とりわけ腰を落ち着けて、ゆっくりと、何度も読んで味わっていただきたい一冊です。
石田康之