(台北市第3選挙区、蒋萬安候補の選挙対策本部にて(一部加工))
3日目の昼間は台北市内の激戦区とされる第3選挙区、第5選挙区、国民党本部、民進党本部を回りました。
(以下の文章は、ひょんなことから台湾と長くお付き合いすることになった日本政治史研究者の見聞録です。台湾政治の専門家ではない筆者が、ごく雑駁な印象をメモとして記したものです。ご了承ください)。
前日夜に国民党の集会を見て、やはり台北でも両党が鎬を削るところが見てみたいと考えて情報を集めていたところ、強く勧められたのが第3選挙区(中山区、松山区北部)。台北駅から松山国際空港にかけてのエリアで国民党の地盤とされ、第5回から第7回総選挙までは蒋経国の庶子であり、行政院副委員長、外交部部長などを務めた蒋孝厳が選出されてきた。
前回選挙ではその子・蒋萬安が37歳の若さで当選した。若い上に美形であり、フィラデルフィア大学でJD、カリフォルニア州で弁護士資格を取得し、シリコンバーレーで弁護士として活躍した才色兼備の俊秀である。再選は万全と思われた。
ここに民進党から格好の若手人材が出馬した。研究者の父のもとアメリカで生まれ、イェール大学を卒業後、ゴールドマン・サックスで働いた呉怡農候補(39)である。蒋候補より2歳若く、大学時代にレスリングやラグビーに親しんだという精悍な風貌、米国籍を離れて中華民国籍を選び兵役もこなすなど、蒋候補に対抗できる経歴である。俄然、台北第3選挙区は注目の激戦区となり、多くのメディアが二人の選挙戦を報じていた。
(呉候補の選挙対策本部。老若男女で溢れ、追っかけと思われる女性も数名見られた。(一部加工))
まず、松山区にある呉候補の選挙対策本部を訪ねた。選挙戦最終日ということもあったのだろうが、事務所はものすごい熱気と人で溢れていた。中に入るとすぐにスタッフがやってきて政策の説明を始めてくれた。英語で話していると初老の女性支持者がやってきて、流暢な日本語で説明してくれたことには驚いた。
(呉候補の政策パンフレット。表面には蔡総統とのツーショットとメッセージがあった)
政策の第一には国防政策が挙げられていた。兵役に就いた際の経験から国防政策に関心を持ち、メディアで発信を続けたことから行政院院長室の参議、国家安全委員会の専門委員として政府に入り、民進党の候補となった経緯からすればそれも頷ける。
安全保障政策はいかに台湾といえども票につながりにくいのではないかと考えたが、そこは工夫がされていた。親中派とされる元陸軍中将が国民党の比例代表名簿4位に入ったことを強く批判し、政策には軍隊の訓練・管理・教育を改革することを掲げていた。徴兵義務のある台湾では若者やその親世代に強く響く政策だという。
(事務所の表に貼られていたポスター。憲法を改正して選挙権年齢を18歳に引き下げるとある)
ひととおり話を聞きおわり、移動しようとしたところで目に留まったのがこのポスターだった。18歳選挙権の導入を掲げて、支持者たちと「18+」と書かれたハチマキを巻いてこの日の夜の総統府前での最終キャンペーンに臨むという。そこに来る若者たちがどんなことを話すのかも強く興味を惹く。5時に集合場所とされた自由広場(蒋介石の巨象がある中正紀念堂の前にある)に行くことを伝えて事務所を離れた。
(前回総選挙の際の蒋候補の松山区選挙事務所。開票速報を見る支持者たちが見える)
蒋候補の選挙事務所はなかなか見つからなかった。フェイスブックなどでもうまく見つけられず。グーグルマップが示す事務所に向かったが、それは弁護士としての事務所だった。無駄足を踏んでしまったと思ったが、ドアには法律相談のスケジュールが貼られており、私が迷い込んだときも相談者がやってきており、スタッフが丁寧に対応しており、実に7か所で日を変えて法律相談に乗っているという。見た目の派手さだけでなく、こうした地道な活動が支持につながっているのだろう。
(蒋候補の選挙対策本部。イメージカラーは白。前回は国民党のイメージカラーである青だった)
法律事務所のスタッフに場所を教えてもらい、中山区にある選挙対策本部に辿り着いた。入ってみると、候補のイメージと同じく若いスタッフが多く、明るい。壁面の黒板はカラフルな応援メッセージで溢れていた。選挙グッズを獲得するためのUFOキャッチャーが置かれ、長い列ができていた。
このように雰囲気はよいのだが、異邦人である私には誰も声をかけてくれない。話しかけたところ、英語が通じるスタッフがいなかった(私の発音の問題もあるのだろうが)。折よく厦門から「回家投票」(故郷に帰って投票する)のために来ていた若者のグループと話すことができた。彼らが口々に「投票できる自由、代表を選べる自由」のすばらしさを語っていたことは印象的だった。
(蒋候補の政策パンフレット。若者との写真が印象的である)
パンフレットでは、この4年間、7回にわたって優秀立法委員に選ばれた実績が強調されていた。政策の第一は少子化対策。育児政策の予算増加、出産休暇の延長などが打ち出されている。8歳の息子がいることは育児政策を主張する強みにもなっているようだった。4番目には無料の法律相談を行っていることと、それによってさまざまな問題を解決してきたことが強調されていた。
(国民党本部。入口には「歓迎海内外同胞参報」と書かれた横断幕があった)
国民党本部の様子は、4年前とやや違った。前回は党本部の前にプレハブの選挙総本部が置かれ、支持者から贈られた胡蝶蘭が所狭しと並び、フォトスポットも用意されていた。今回はそうした施設は見当たらなかったが、本部前は熱気があった。
(本部入口、メディアセンター前の様子。民進党幹部を批判するトランプが貼られていた)
ここでも要点は「回家投票」であった。入口には国内外から投票のために戻ってくる同胞を迎える横断幕があり、党章とともに「回家的感覚 真好」、中華民国旗とともに「国旗国旗 我愛你」と書かれていた。大陸に出ている支持者に帰国して投票を呼び掛ける国民党、都市部で学び・働く若者に故郷に帰って投票するよう訴える民進党という構図が見えてくるが、同時に、本籍地での投票に拘ることの意味も考えてみたいと思わされる。
(民進党本部の選挙広報スペース。多くの人で賑わっていた(一部加工))
民進党本部1階の広報スペースは、4年前と同じく人で溢れていた。支援者というよりは一般の有権者が多いように思われる。前回はここでいろいろなグッズを購入した。今回もTシャツやリストバンド、ラーメンなどが並んでいたが、寄付の返礼品という扱いになっており、外国人は寄付できないとキッパリ断られた。なんともさみしい。
(蔡英文陣営のパンフレット。国民党政権時代との差異が強調されている
印象的だったのは、3(4)年間の実績がこれでもかとばかりに強調されていたことであった。「小英執政 三年有成」と書かれたデジタルサイネージでは、投資が爆発的に増えている、経済が順調で雇用が創出されている、減税を実感できるようになった、自主防衛を実現して主権を守っている、アメリカとの関係は台湾史上最もよいといった言葉が次々と流されていた。
パンフレットには財政均衡から始まり、農家支援、電動バイク補助などの交通政策、風力発電への投資、育児支援、子どもの安全、飲酒運転の厳罰化など具体的な政策実績が躍る。
本部前では、蔡候補の到着を待つ人々が笑顔で旗を振っていたが、中華民国旗をデザインした服を着た国民党支持者が近くを通ると、シュプレヒコールをあげて批判を浴びせていた。熱狂と言っていいだろう。
候補たちの名前を連呼する人、街宣車に旗を振る人たちのあいだを抜けて、「18+」の人々が待つ自由広場へと向かった。
(民進党本部前に向かう街宣車に旗を振るひとびと。(6)は第5選挙区から出馬している無所属候補、フレディ・リムの番号)
旗を振る人たちのなかでもとりわけ盛り上がっていたのは、やはりフレディ・リム候補の支援者たちだった。前回選挙で人気バンド「ソニック」のメンバーから立候補し、新党・時代力量の看板となったリム氏は、今回も台北市の中心部である第5選挙区(萬化区、中正区)から出馬した。時代力量を離れ、無所属としての選挙戦となり、国会復帰を期す国民党の林郁方候補とのあいだで接戦が報じられていた。
街中にはあらゆるところに林郁方候補の横断幕がある一方で、フレディ候補のものはほとんど見られなかった。パンフレットはごく簡潔で、ウエブサイト、フェイスブック、LINEのほか、少額献金サイトのQRコードが印刷されている。それらのサイトでの発信は活発であり、都市型らしい候補者であった。もっとも、政策も国家安全、人権問題、アメリカ・ヨーロッパ・日本との国会外交重視と都市型のものが並ぶ一方で、パンフレットの内側では、電線の地中化、歴史的建造物の保存、緑地増加など、地域に根付いた実績が書かれていた。
(フレディ候補の政策パンフレット(表側)。中正区にある選挙対策本部は殆どのスタッフ、支援者が街頭に出払っており、留守番の方が二人いただけだったが、丁寧に対応していただいた)
<台湾総選挙見聞録(4)台北の夜 に続く>
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