8月18~20日に、EAJS(ヨーロッパ日本研究学会)が主催するPhDワークショップに参加しました。
仕事柄、学会にはいくつも入会していますが、なかでも抜群に好きな学会がEAJS(European Association of Japanese Studies)です。ヨーロッパ日本研究学会、ヨーロッパ日本研究協会などと訳されます。その名のとおり、ヨーロッパの日本研究者が一堂に会してそれぞれの研究報告を行う、すてきな会です。
大会は3年に1度。今回は2020年にベルギーのゲント大学で開催予定でしたが、目下の状況で延期となり、2021年8月24日から28日の日程でオンラインで開催されています。2011年のタリン大会は300名ほどでしたが、その後、2014年のリュブリャナ大会、2017年のリスボン大会と参加者は増え続け、今回の参加者は27日昼現在で1266名と大盛況です。どのセッションにも30名を超える出席者があります。人文社会科学系の国際学会としては多い方ではないでしょうか。日本への時差の配慮もしていただいており、セッションはヨーロッパ中央時間(CET)で8:00~16:15、日本時間で15:00-23:15に設定されています。
私がこの会にはじめて参加したのは、上記のタリン大会でした。正直、それまでは国際学会には関心がありませんでした。日本研究のばあい、日本にいるだけで世界各地から研究者が訪れますし、彼らのほとんどは日本語が堪能です。国外で報告する理由も、英語で発表する意義も感じていませんでした。
そんな「ドメ」研究者であった私に、一緒にパネルを組まないかと声をかけてくれた友人がいました。英語は苦手だからと躊躇する私に、彼は「会場はタリンですよ。清水さんはドイツが好きですよね。タリンはドイツ騎士団が作った城郭都市ですよ。見て見たくありませんか」と言葉巧みに誘ってくれました。じつに優れた交渉者です。気が付けばすぐに快諾していました。
報告までの準備は大変でした。セッションに合わせて原稿を日本語で作成し、翻訳し、ネイティブチェックをしてもらい、発音とアクセントを確認して、練習。それでも当日はとても緊張しました。必死に原稿を読んで発表を終えたあと、私の前にはヨーロッパの日本研究者が列をなしてくれていました。あんなに下手な英語で発表したのに、なんで?と尋ねると、いや、たしかにあなたの英語はうまくないけれど、こんなにたくさんのコンテンツを持っているのだから、もっと話を聞きたいと仰っていただきました。その後の対話は、日本国内で発表していても得られない示唆に溢れていて、そうか、国際学会で発表するというのはこういうことかとようやく体感することができました。
ゴキゲンになった私を、その友人は夜の街に連れ出してくれました。これからPHDワークショップのメンバーと飲むから、一緒に行こうというのです。EAJSでは大会の1週間前に、大会開催地の近郊で博士課程の学生を集めたワークショップが合宿形式で行われ、若手の教員が彼ら彼女らにさまざまなアドバイスをするというのです。それが10回以上続いているといいます。なんとすてきな文化でしょう。昼間の研究発表の興奮そのままに、喜んでついていきました。
旧市街のビアホール、2階席だったと思います。15名のワークショップ参加者全員(!)と、スーパーバイザーを務めた若手研究者4名が楽しく飲んでいました。あの夜のビールのおいしさは忘れられません。ヨーロッパの大学院で学ぶ日本人の院生も1名いました。彼ら彼女らと話すなかで、日本人であり、日本語を母語とする自分が世界で日本研究をすることの強みと、意義と、その責任のようなものも感じることができました。いつか、世界の日本研究の役に立てるようになりたい、そんなささやかな夢を持つようになりました。タリンでEAJSに参加したことは、私にとって人生の転機になりました。
新市街から旧市街を望む
それから10年。相変わらず英語の発表は緊張しますし、得意とはいえませんが、それなりに報告をしたり、書いたり、拙著を翻訳して頂いたりとゆっくり歩んできました。そうしたところ、今回、ちょっとした夢が叶いました。EAJSのPhDワークショップの講師をしないかというありがたいお話をいただきました。もちろん、二つ返事でお引き受けしました。
当初の予定であれば、今年の4月から1年間、ベルリンで在外研究をする予定でした。目下の状況のため、在外研究は中止しましたが、PhDワークショップには現地参加する望みをかけていました。スタッフのみなさんも現地開催に向けて相当な努力をされていましたが、やはりリモートでの開催となりました。
PhDワークショップの開催地となる予定だったルーヴァンの街並み
やや不安を持って臨んだワークショップでしたが、ふたを開けてみれば大成功でした。15名の博士課程学生がそれぞれ15分報告、担当のスーパーバイザーとの応答が10分、参加者とのディスカッションが20分でしたが、みんなが「時間が足りない!」「コーヒーブレイクの時間にブレイクアウトルームでもっと話そう!」となる活発ぶり。個別のチュータリングも行いましたが、いやあ、楽しかった。
それぞれの研究発表だけでなく、二つのラウンドテーブルも行いました。国籍も、所属も、テーマもさまざま。議論は盛り上がります。とてもハードな3日間でしたが、本当に充実して過ごすことができました。私のささやかな夢が少し叶ったように感じています。
あれから1週間。今日27日はEAJS本大会の4日目です。昨日のヒストリーセッションでは、よく知る日本の大学に所属する院生が、とても充実した報告を行っていました。英語報告には慣れていないなか、入念に準備をしての報告で、じつにたくさんの質問が寄せられていました。なんだか10年前の自分を見るようで(彼女の報告の方が数段優れていましたが)、とてもうれしくなりました。
いつもは成果報告ばかりのこのブログにずいぶんと気恥ずかしい文章を上げたのは、ぜひ同じような体験を若い日本研究者の方にしていただければという思いからです。EAJSって何?と思った方が検索して、ああ、これくらいの人でも発表したなら、自分も!と思ってもらえればという気持ちからです。ちょっとした壁を乗り越えたら、その先にはなんとも楽しい世界が待っていました。ご関心があれば、ぜひ。
このあたりについて、以下のような文章も書きました。お目に留まれば幸いです。
「戦後70年目の日本研究―アメリカ、ヨーロッパ、日本」『吉野作造研究』12、2016年
「日本研究のマルチ・ヒストリオグラフィ――自立から協働の時代へ」『問題と研究』48-4、2019年
「政治学と日本史のはざまで―政治史研究者の立場から―」『日本史研究』700、2020年
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