“From Conflict to Compromise”(EAJS 2011 in Tallinn, August 25th)

 エストニアの首都・タリンで行われたEAJS(ヨーロッパ日本研究学会)に参加してきました。ヨーロッパを中心に800人ほどの日本研究者が一堂に会するというなかなかの機会でした。日本人研究者は2割弱だったように思います。Ph.Dワークショップも行われ、盛況だったようです。

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 私が報告したパネルでは、以下の4報告が行われました。
 Back to Politics: Rethinking Visions and Networks for Cooperation During “Taisho Democracy”
  Organiser: Andrea REVELANT, Ca‘ Foscari University of Ven-ice, Italy
  Taxation under Party Cabinets: Preparing for Mass Politics, Heading to Democracy? (Andrea REVELANT, Ca’ Foscari Uni-versity of Venice, Italy)
  After the War is before the War? – ‗Taisho Democrats‘ and their Visions and Politics for the Postwar Era, 1916–1921 (Jan SCHMIDT, Ruhr University Bochum, Germany)
  From Conflict to Compromise: The Changing Relations of Party Politics and Ministerial Bureaucracy in Interwar Japan (SHIMIZU Yūichirō, Keio University, Tokyo)
  The Subversive Internationalist – Rethinking Japan‘s Visions of International Cooperation during the ―Taisho Democracy‖ (Matthias ZACHMANN, University of Heidelberg/University of Munich)
 History Sessionの基調講演は伊藤之雄先生。ほかにもイアン・ニッシュ先生の報告など、盛りだくさんでした。議論も闊達、とても得るものの多い会でした。政治思想史のみなさんが積極的に報告に望まれてきた理由もよくわかったように思います。
 タリンの街も魅力的でした。ドイツ騎士団が建設し、ハンザ同盟の一員として交易で栄えた港町。街のなかにもドイツ人のあしあとを数多く見つけることができました。
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 タリンに向かう途上、ベルリンを訪ね、ポツダム会談が行われたチェチィーリェン宮や旧東ベルリン地区の壁を見て回りました。スターリンの権威を示したとされる正面玄関の赤い植え込みも60年あまりの年月を越えて健在でした。
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 壁は建設開始からちょうど50年を迎えたそうです。崩壊から20年あまり。あのとき、僕は15歳でした。