慶應義塾大学総合政策学部・大学院政策メディア研究科にて、オーラルヒストリーのゼミを開いています。研究会のウェブページはコチラ
研究会の目的
この研究会のテーマは「聞く」こと、もしくは「聴く」ことです。これまで研究の材料とされてきた文字資料や数字のデータは、どこか硬く、乾いていて、物足りなく感じたことがないでしょうか。とりわけ人を相手とする研究では、人の温度を感じるようなものが欲しくなるのは至極あたりまえのことに思えます。そこで「語る」「聞く」という。とても単純でありながらコミュニケーションを基調とした実感のある作業を通じて、研究を、そして未知を切り拓くことを考え、2009年から実践していく研究会をはじめました。
オーラル・ヒストリーは、「語る」「聞く」という基本的な方法に、いくらかのセンスを加えた研究の方法として、近年関心を集めています。わからないことをわかる人に聞くわけですから、方法としてはとても単純で明快です。対象は、政治家、官僚、財界人といった著名人から一般のひとびとまで、人生のベテランから子どもまで、「語る」ことのできる相手は誰でも「聞く」相手となります。誰もが取り組むことができ、それ自体にコミュニケーションの面白さを内包した方法、それがオーラル・ヒストリーです。
こう話してくると、なんだ、材料集めのインタビューかと思われるかも知れません。もちろん、それはその通りです。しかし、それだけでもありません。オーラル・ヒストリーは聞き手に仮説を与え、今まで見えなかった問題構造を目の前に開き、新たなる論理を与えてくれます。そして時には「語ること」「聴くこと」自体が問題解決の大きな手段となっていきます。
そしてもうひとつ、聞く力なくしてオーラル・ヒストリーは行えません。そして、聞く力を鍛えることは、想像する力と書く力を伸ばすことにつながっていきます。何より、語りを紡ぎ出していくことは、楽しく、想像を越えてエキサイティングなものです。「聞く力」を身につけ、語りを楽しみ、記憶と認識の構造を引き出していくことによって、ひとりよがりの視野をぐっと広げて、研究の糸口をつかんで深めていくことができるようになります。それがこの研究会の目的です。
オーラル・ヒストリーを用いた研究とそのメリット
研究を進める上で大きなハードルとなるのが文字資料の不足、もしくは過多という、情報と理解をめぐる問題です。この点を克服するために、政治家・官僚経験者の記憶を、聞き取りを通じて記録に残すオーラル・ヒストリーの手法が導入されています。
これを積極的に進めるべく組織された政策研究大学院大学オーラル・政策情報プロジェクトに参加して以来、オーラル・ヒストリーを実践し、現在、SFCのほか、東京大学先端研などにおいて戦後の政治家・官僚に対する、より集中的なオーラル・ヒストリーを進めています。
この手法は政治史、政策史に留まらず、経済、経営、技術、文化など様々な分野に応用が可能であることから、その手法の普及にも務めています。
「オーラル・ヒストリーの方法論」『オーラル・ヒストリーに何ができるか』岩波書店、2019年
「『開かれたオーラルヒストリー』の実践と方法」桑原・清水編『総合政策学の方法論的展開』慶應義塾大学出版会、2023年
「政治史研究とオーラル・ヒストリー―概論と実践―」『アーキビスト』91号、2019年
「オーラル・ヒストリーの可能性」(立命館大学大学院GP、2009年)
「日本におけるオーラル・ヒストリー」(慶應義塾大学G-SEC、2003年)
「オーラル・ヒストリーの実践法」『オーラル・ヒストリー入門』岩波書店、2007年など。
オーラル・ヒストリーの方法論
同時に、オーラル・ヒストリーメソッドの深化、教育普及にも力を入れ、慶應義塾大学のほか、一橋大学、東京大学、立命館大学、明治学院大学、情報科学芸術大学院大学(IAMAS)、立教大学などで学部生・大学院生を対象とした講義を、国立公文書館、全史料協、東京都、神奈川県、横浜市、富士吉田市などで専門家、一般、高校生を対象にしたワークショップを行っています。
「『開かれたオーラルヒストリー』の実践と方法」桑原・清水編『総合政策学の方法論的展開』慶應義塾大学出版会、2023年
「オーラル・ヒストリーメソッドの再検討」『SFC JOURNAL』14巻1号(諏訪正樹氏と共著)、2014年
「本音を語ることを促すインタビュー技法に関する一考察」第28回人工知能学会全国大会報告論文(諏訪正樹氏と共著)、2014年
「身体知の観点から聴き手ー話し手の関係を捉えるーオーラル・ヒストリーメソッドの再検討ー」第18回身体知研究会報告論文(諏訪正樹氏と共著)、2014年
この研究会が想定しているメンバー像
研究手法を共有する研究会ですから、研究・プロジェクトのテーマは問いません。むしろ、手法を共有しながら多様な研究に取り組むことで生まれるリエゾンが面白いと思っています。実際、オーラルヒストリーは政策だけでなく、文化、伝統、組織、企業、生活、医療、家族、技術開発などあらゆる分野で活用されています。テーマについて不安がある場合は、担当教員まで事前に相談してみてください。これまでの研究テーマは下記の<これまでの研究テーマ>を参照してください。
・オーラル・ヒストリーに興味のある人
・「語る」「聞く」ことに関心のある人
・聞く力を身につけたい人
・人の話を聞くのが好きで、それを何かに活かしたい人
・文字や数字だけを相手にする研究にいくらか疲れた人
履修条件
担当者による「オーラル・ヒストリーワークショップ」を平行して履修してください。履修済みなら、なおよいです。 なお、本研究会は1年を最低単位としてデザインされています。腰を据えて研究することで、地に足のついた、深い理解を得てもらいたいと考えるからです。よって、履修者は通年での履修が前提と理解してください。
この研究会を進める上での三つの軸
上記の目的を達成するために、本研究会では3つのアプローチに取り組んでいく。
1)オーラル・ヒストリーを身につける
まずなにより、オーラル・ヒストリーの方法を身につけ、洗練させていく必要があります。ただ聞くだけでは、さすがに研究にはなりません。このため、いくつかの優れたオーラル・ヒストリーを読み、これまで積み上げ磨かれてきた方法論を自分の経験に照らし合わせ、これらを材料にディスカッションを行なっていきます。この過程を経て、自らの研究プロジェクトに合った「聞く」方法をつかんでいきます。
(2)オーラル・ヒストリーを個人でやってみる
とはいえ、オーラル・ヒストリーは「動」の手法です。座って勉強しているだけでは何もはじまりません。そのために、自らの研究プロジェクトとしてオーラル・ヒストリーを実践する必要があります。この準備、実践、レビューについて、他のメンバーとディスカッションしながら進め、洗練していきます。もっとも、担当者はオーラルで得られた情報のみで研究を組み立てることは、楽しさと同時に危うさを持っていると考えています。可能な限りの文字情報、数的根拠があってこそ、オーラルは活きてくるものです。 この個人研究プロジェクトが本研究会のメインになります。
ゼミのメンバーは、オーラルを軸に「聴くこと」そのものから、政策、地域、起業、仕事、記憶、組織、文化、家族、心理、信仰など幅広いテーマに取り組んできました。まったく異なるテーマのメンバーが一同に解することで生まれるリエゾンもおもしろいと思っています。それこそがSFCでこうした「方法」を軸にする研究会を行う意味かもしれません。
3)オーラル・ヒストリーをさらなるプロジェクトに展開してみる
くわえて、もう少し広がりのある話をひとつ。せっかく同じ手法をもって研究に臨むメンバーが、個々の研究だけに取り組んでいてもつまらないし、何よりもったいないですよね。よって、研究会から希望者を募り、子どもが高齢者に地域の記憶、学校の記憶を聞く参加型・世代間交流プロジェクトを試行的にはじめていました。
この研究会で行っていたインターンからスピンアウトした小布施若者会議のようなプロジェクトもありました。今回の再開後も、なにか新しいプロジェクトが生まれたら面白いですね。
参考文献
<「聴く」ことについての基礎的文献>
御厨貴編『オーラル・ヒストリーに何ができるか』岩波書店、2019年
鷲田清一『「聴く」ことの力』TBSブリタニカ、1999年
朴沙羅『記憶を語る、歴史を書く』有斐閣、2023年
S.ブラックモア『「意識」を語る』NTT出版、2009年
M.P.ニコルズ『聴くちから』VOICE、2005年
岸政彦ほか『質的社会調査の方法』有斐閣、2016年
小田豊二『聞き書きを始めよう』木星舎、2012年
A.ポルテッリ『オーラルヒストリーとは何か』水声社、2016年
大門正克『語る歴史、聞く歴史』岩波新書、2017年
保苅実『ラディカル・オーラル・ヒストリー』岩波書店、2018年
中原淳『知がめぐり、人がつながる場のデザイン』英治出版、2011年
E.T.ストリンガー『アクション・リサーチ』フィリア、2012年
<オーラル・ヒストリーの方法を体得する>
ヴァレリー・ヤウ『オーラルヒストリーの理論と実践』インターブックス、2011年
朴沙羅『記憶を語る,歴史を書く』有斐閣、2023年
ポール・トンプソン『記憶から歴史へ』青木書店、2002年
ジェイムズ ホルスタインほか『アクティヴ・インタビュー』せりか書房、2004年
U.フリック『新版 質的研究入門―人間の科学のための方法論』春秋社、2011年
清水唯一朗「『開かれたオーラルヒストリー』の実践と方法』清水・桑原編『総合政策学の方法論的展開』慶應義塾大学出版会、2023年
清水唯一朗「オーラル・ヒストリーの可能性」立命館大学、2009年
佐藤郁哉 『フィールドワークの技法』新曜社、2002年
永江朗『インタビュー術!』講談社現代新書、2002年
御厨貴編『オーラル・ヒストリー入門』岩波書店、2007年
清水唯一朗、諏訪正樹「オーラルヒストリーメソッドの再検討」『KEIO SFC JOURNAL』14-1、2014年
<オーラル・ヒストリーの活用例として>
岸政彦『断片的なものの社会学』朝日出版社、2015年
土門蘭『経営者の孤独。』ポプラ社、2019年
朴沙羅『家の歴史を書く』筑摩書房、2018年
西岡常一ほか『木のいのち 木のこころ』新潮社、2005年
岸政彦編『東京の生活史』筑摩書房、2021年
上間陽子『海をあげる』筑摩書房、2020年
打越正行『ヤンキーと地元』筑摩書房、2019年
後藤春彦ほか『まちづくりオーラル・ヒストリー』水曜社、2005年
宮徹『ファミリーヒストリー』WAVE出版、2015年
S.ターケル『仕事!』晶文社、1983年
西村佳哲『自分の仕事をつくる』筑摩書房、2009年
森岡正芳『臨床ナラティヴアプローチ』ミネルヴァ書房、2015年
『N:ナラティヴとケア』6,7号
その他
希望者による以下のイベントを予定しています(JPDと合同実施)。
高校生探求支援プロジェクト(NPO青春基地さんとのコラボ)
七日町オーラルヒストリープロジェクト(山形大学人文社会科学部さんとのコラボ)
吉野作造記念館若手人材育成研修会への派遣
神田神保町ブックトリップ
SFC×小布施町プロジェクト
社会人セッション
関連講義:詳細は講義ページを参照してください
オーラル・ヒストリーワークショップ(慶應義塾大学SFC、春学期)
政策デザインワークショップ(慶應義塾大学SFC、偶数年秋学期)
学際日本研究(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科)
生活実践知(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科)
これまでの卒業プロジェクトテーマ
2024年度
「人口減少に備えた墓地政策」(優秀卒業制作表彰)
2023年度
「ひとはなぜ装うのか」(優秀卒業制作表彰)
「引っ越しと私」
「HIDAKKO 復刊版」
「閉館した博物館における引継ぎかた」
「慶應義塾大学体育会ソッカー部マネージャーの生活史」
「ふるさととわたし」
「CLIPPERのバトン―コロナ禍を超えて」
「自分にとって『秒速5センチメートル』とは何だったのか」
「地方政府の政策形成過程における町内会自治会の参加」(優秀卒業制作表彰)
2022年度
「支える人の支え方」(優秀卒業制作表彰)
「ワークショップによるアカペラ体験の創出」
「ひとはなぜライブコンサートに集うのか」
「應援指導部を愛し、すべてを捧げた私がたどり着いた景色」
2021年度(担当教員サバティカル休暇取得)
「Keynote」
「つなぐ、つなげる、そしてつながる」
2020年度
「私を憶う」(優秀卒業制作表彰)
「若者が働く社会―現代社会で僕らはどう働いて、どう生きていくか」
「わたしの道—8⼈の⼥性の仕事と家庭・育児をめぐるライフコース選択」
「組織における構成員の主体性の変容過程に関する研究」
「記憶を編むということ―ハンセン病の歴史と対話する」
「つくるとたべる」(優秀卒業制作表彰)
「むぎのいえ ビール裏話集」
2019年度
「一人ひとりの福島を語るために」
「人生を語り直す」(優秀卒業制作表彰)
「生活者・曽根博義の人生を辿る」
「日本橋を歩きなおす」
「これまで」を知り「これから」へつなぐー宮城・駒の湯温泉からの報告ー」
「Untitled」
2018年度
「Mindful Based Coaching―変化を支える対話的関係―」
「原宿と私」(優秀卒業制作表彰)
「地域PR動画から考える企画演出」
「空想SNAP」
「カップルがよりよい関係をめざすには」
2017年度
「Planisphere」(優秀卒業制作表彰)
「飲み人たち」
「世代をつなぐ物語―亡命チベット人の家庭を舞台に」
「記憶のなかのシリアを歩く」
「”家庭を築く”ということ」
「映画館のひとびと」(優秀卒業制作表彰)
「祖母のレシピから読み解く、家族のストーリー」
「沖縄、母の記憶」
2016年度
「報酬が得られない組織に所属する理由」(優秀卒業制作表彰)
「人には人の幸せのかたちがある」
「あざと共に生きる」(優秀卒業制作表彰)
「大学4年生の私と6人の先輩」
2015年度
「私」
「お気に入りのものを見せてください」(優秀卒業制作表彰)
「池上彰と比喩表現」
「赤あざと共に生きる」
「LGBTと『働く』こと」
2014年度
担当教員在外研究のため休講。
2013年度
「祖父の料理やおもてなしの暗黙知、及びお店の歴史の継承」(優秀卒業制作)
「インタビューとは何か」
「十人十色」
「女子大生は地方を救う」
「生活習慣改善における効果的な指導とは」
「人と行動を繋ぎ、持続させる存在-七つの対話から紡ぐ-」
2012年度
「土方家ファミリーヒストリー」(優秀卒業制作表彰)
「追憶」
「現行法下での『よい介護施設』を追って」(優秀卒業制作表彰)
「学生が社会のために動くキッカケとその広がり―3.11 の学生ボランティアの声から考える、」
「異郷に故郷を創る」
「あなたと色」
「ゾーン状態を意識的に作り出す手法を追い求めて」
「原爆の歴史を伝える活動の地域性」
「Change Making Patterns」
2011年度
「医療保険一元化論の成立過程」(優秀卒業制作表彰)
「最適な問題解決手段としての協働とは」
「植物も動物も人間も、もしかしたら妖精さんだっているのがこの世界じゃん?」
「劇団『麦の会』65年史」
2010年度
「よき聞き手がつくるつながりの意味」
「記憶と世代間交流による『地域の活性化』」
「インドネシアから来た看護士」
「ファミリーヒストリーの新しい方法」
「沖縄県活性化策の模索」
研究会の構成
2024年度秋学期 15名:政策・メディア研究科1名+留学休学中2名
2024年度春学期 20名:政策・メディア研究科1名+留学休学中3名
2023年度秋学期 19名:+留学休学中3名
2023年度春学期 21名:政策・メディア研究科1名+休学中2名
2022年度秋学期 17名(男4、女13)+留学休学中4名
2022年度春学期 13名(男4、女9)+留学休学中5名
2021年度秋学期 17名(男6、女11)+留学休学中3名
2021年度春学期 18名(男5、女13)+休学中1名
2020年度秋学期 18名(男6、女12)
2020年度春学期 15名(男6、女9)+休学中1名
2019年度秋学期 20名(男5、女15):政策・メディア研究科1名、看護医療学部1名+休学中1名
2019年度春学期 20名(男6、女14):政策・メディア研究科1名、看護医療学部1名
2018年度秋学期 20名(男4、女16):法学部政治学科1名
2018年度春学期 19名(男4、女15):法学部政治学科1名
2017年度秋学期 20名(男5、女15):法学部政治学科1名
2017年度春学期 18名(男3、女15):法学部政治学科1名
2016年度秋学期 16名(男3、女13)
2016年度春学期 17名(男4、女13)
2015年度秋学期 17名(男4、女13):文学部図書館情報学科1名、法学部政治学科1名
2015年度春学期 17名(男3、女14):文学部図書館情報学科1名
2014年度は担当者留学のためお休み。
2013年度秋学期 20名(男4、女16)
2013年度春学期 20名(男4、女16)
2012年度秋学期 21名(男4、女17)
2012年度春学期 19名(男4、女15)
2011年度秋学期 20名(男4、女16):延世大学大学院1名
2011年度春学期 18名(男5、女13)
2010年度秋学期 15名(男6、女9):政策・メディア研究科1名
2010年度春学期 15名(男6、女9):同上
2009年度秋学期 13名(男4、女9):看護医療学部1名、政策・メディア研究科1名
2009年度春学期 11名(男4、女7):同上