「安全保障」という観点から、アメリカの対中国最恵国待遇を考えてみると、
軍事的政策の中心に挙げられることは、アジア・太平洋の安全保障政策と極め
て密接に関連しているということである。アメリカ・中国両国にとって互いの
良好な関係は最も優先順位の高い対外関係であるといえるだろう。このことは、
クリントン大統領が1996年5月20日に「アメリカの利益は中国の安定、開放、
繁栄にかかっている。アジア・太平洋の力を維持しなければならないし、アメ
リカがアジアに関与しないということはない。この地域におけるアメリカのリー
ダーシップはアメリカ国民の安全保障や世界の将来に重要なものだ」と述べて
いることに見て取ることができる。
とりわけ、現在のように北東アジア情勢が著しく不安的であるという状況の中
で、アメリカは中国における経済市場を確保すると同時に、その周辺国、つま
り北朝鮮、韓国、台湾といったような国を安定的に抑えるために中国の協力を
必要としている。さらに、中国と台湾、韓国と北朝鮮という潜在的な危険性を
含んでいる地域に将来有事が発生した場合のこともアメリカ側としては念頭に
置いておかなくてはならない。特に緊張が走ったのが、先に述べた李登輝総統
の訪米や、中国のミサイル実射訓練の実施であった。
アメリカがアジア・太平洋の安全保障に関与の姿勢を持っていることは、1979
年に成立したアメリカの台湾関係法にも見て取れる。これによってアメリカは
台湾の自衛能力に対する支援を継続して行うことを可能にしており、アメリカ
政府が台湾への兵器売却を行なっている現状を生み出している。中国の軍事演
習へのアメリカの対応もこの台湾関係法など台湾の安全保障の問題も考慮して
おり、この様な状況が米中悪化を引き起こす潜在的な危険性をはらんでいるこ
とをアメリカ側も中国側も危惧しているといえる。
しかしながら、中国の側から見れば、アメリカは中国の諸政策に干渉する国で
あり、軍事的側面からいえば、アメリカは中国にとって潜在的な脅威国である。
こうした中で中国は、今日、「改革・開放」の名のもとで経済成長に力を注ぐ
反面、そこに蓄積されつつある深刻な矛盾の爆発を抑えようとして、社会が著
しく抑圧されている。こうしたことをアメリカとしては見逃すわけにはいかな
い。また、中国自身が、北朝鮮や西アジア・中近東諸国への核・ミサイルの拡
散に一役買っていることもアメリカが懸念していることであり、実際に、パキ
スタンへの核関連部品売却や旧ソ連からのミサイル購入疑惑などが発生してい
る。
こうした状況の中で、昨年クリントン大統領は最恵国待遇を無条件で更新する
ことを大統領令で正式に決定したわけであるが、更新に関して争点となった知
的所有権保護合意の不徹底があることや対パキスタン核関連部品売却疑惑など
があったほか、人権問題の改善がまだ不十分との見方から一部に反対意見もあっ
た。しかし、アジア・太平洋有事のシナリオを想定した場合、アメリカとして
は、これ以上米中関係を悪化させたくはないという意図があり、その一方で、
クリントン大統領は対中政策がそれなりの成果を挙げたということを示すため
にも、中国に対して最恵国待遇を更新せざるを得なかったと考えられる。