自分が「考える」ことの中心にいる。

2010.10.27 Wednesday 21:27
井庭 崇


どう考えるかも自分で考える。


つまるところ、自分が「考える」ことの中心にいる、ということだ。


物事を自分を中心に考えるのは傲慢だが、自分が考えることの中心にいるのは素晴らしいこと。

しかし、自分で考えるというのは、実際にはかなり難しい。

それでも、それを抜きにすることはできない。実践あるのみだ。



もちろん、「自分で」というのは、「孤立」を意味するわけではない。

中心には必ず周辺が必要なのであって、システムには環境が必要なのと同様だ。



考える中心としての自分と、そこから広がるネットワーク。

もはや、教員 対 学生、という二者関係では考えることはできない。

この意識・感覚は、とても大切だと思う。


References
  • Christopher Alexander, Sara Ishikawa, Murray Silverstein, A Pattern Language: Towns, Buildings, Construction, Oxford University Press, 1977.
  • クリストファー・アレグザンダー 他(著), 平田 翰那(訳), 『パタン・ランゲージ―環境設計の手引』, 鹿島出版会, 1984.

    [7] <<
    -
    -


    << “つくる数学” と “つくる授業”
    米国ボストン出張(2010年秋) >>
    [0] [top]


    [Serene Bach 2.20R]