Creative Reading:『言葉の外へ』(保坂 和志)

2014.12.24 Wednesday 23:17
井庭 崇



この部分にも、グッと来た。まさに。パターン・ランゲージもフューチャー・ランゲージも、定義したいからつくるのではなく、実感したいからつくっている。それは間違いない。パターン名やフューチャー・ワードのカタログができるのは、結果としてできるのであって、それをつくるためだけにプロジェクトで必死に活動しているわけではない。「探究」や「つくることによる学び」ということは、まさにそのようなことに関係する。いきいきとしていない事例で、自分が実感したくないような対象については、よいパターンなど(よいフューチャー・ワードも)書けるはずはない。「よい学び」「よいプレゼンテーション」「よいコラボレーション」を実感したいから、それらを探究しながら、そのパターン・ランゲージをつくってきた。

そして、もうひとつ、「考える」ということについても、とても大切なことが書かれていた。

先ほど引用した「小説というのは本来、作者と読者が一緒に考えていくもののことだ。評論のように抽象概念だけを使って考えるのではなくて、読者の経験の中でじゅうぶんに思い当たる具体的な情景の中で一緒に考える。」の後に続くのは、実は次の文であった。

それが最後に、答えに辿り着くかどうかは、少しも本質的な問題ではない。

[7] << [9] >>
-
-


<< 最近の井庭研の指導方針:プロジェクト × 実践 × 学会発表
井庭研究室シラバス(2015年度春学期) >>
[0] [top]


[Serene Bach 2.20R]