Creative Reading:『小説の自由』(保坂 和志)

2015.01.17 Saturday 00:03
井庭 崇



まず、今回は『小説の自由』(保坂 和志, 中公文庫, 中央公論新社, 2010)image[]から始めたい。

image[Hosaka1.jpg]『小説の自由』(保坂 和志, 中公文庫, 中央公論新社, 2010)image[]


この本では(そして三部作全体でも)、小説とは何なのかということが問われている。

小説とはまず、作者や主人公の意見を開陳することではなく、視線の運動、感覚の運動を文字によって作り出すことなのだ。作者の意見・思想・感慨の類いはどうなるのかといえば、その運動の中にある。(p.73-74)

言葉遣いやセンテンスの長短やテンポは、いったん書き上げた段階でいくらでも直すことができるけれど、文章に込められた要素 ――― つまり情景に込められた要素 ――― はそういうわけにはいかない。小説にはいったん書き上げたあとに修正可能な要素と不可能な要素があり、修正不可能な要素が小説世界を作る、というか作者の意図をこえて小説を【どこかに連れていく】。それが小説における表現=現前性で、文字とは抽象化されたものなのだから、見た目の印象は小説にとっての現前性ではなく、韻文にあるような響きも小説にとっての現前性ではなく、文字によって抽象として入力された言葉が読み手の視覚や聴覚を運動させるときにはじめて現前性が起こる。(p.88)


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