『音楽を「考える」』(茂木・江村)

2008.07.07 Monday 12:57
井庭 崇



その意味では、僕にとって、本を書くということは作品をつくることにほかならないので、この創作モードに入ることが必要となる。本気で本を書くというのは、短い論文をたくさん書くのとは全く異なる行為なのだ。そう考えると、逆に、論文を書くというのは、作品をつくるというよりは「手紙」を書くのに近いといえる。同時代の研究者への手紙。きちんと伝えたいことを書いて、しかも少しだけ魅力的でありたいと思う。しかし、本は「作品」なのだ。だからこそ、本を書くのが楽しくもあり、つらくもある。そのモードにどっぷり入れないとなかなか筆が進まないのは、そういうことがあるのだと思う。言い訳ではなく (たぶん)。

茂木 「表現者として何が必要な条件かと考えたときに、色々あると思うんだけど、生命体としての強さというのは間違いなくあると思う。切り刻むことで、自分の中から何かを表出する。それができる人は本当に強い人なんですよ。・・・もちろん、強いと言っても、図々しいとか傲慢だとかそういう意味ではなくて、ある程度自分の中のもろさとか弱さというものをきちんとさらけ出せるんだけれども、塀の外側には落ちないというか、安定を保つというか。」(p.53)

茂木 「大変な嵐の中にさらされて、脳内に大変な運動が起こっているという状況のなかで、その軌跡として出てくるものが創造性だとすると、それを得るために必要なものは何かがわかります。まず一つは、嵐の中に身をさらす自分の勇気。もう一つは強靭な自我。この両方がそろったときに、創造性というものが生まれるのではないか」(p.175)

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[Serene Bach 2.20R]