2005年07月07日

Allison,Graham T., ”Essence of Decision: Explaining the Cuban Missile Crisis,” Little, Brown and Company, 1971. (邦訳:宮里政玄訳,『決定の本質: キューバ・ミサイル危機の分析』、中央公論社、1977年.)

■概要
 本書は、1962年10月のキューバ・ミサイル危機の中心的問題(a:キューバにおけるソ連ミサイルの建設、b:アメリカの海上封鎖、c:ソ連のミサイル撤去、d:ミサイル危機の教訓)について、3つの「概念レンズ(概念モデル)」を用いて検討したものである。殆どの分析者は第1(古典)モデルを用い、合理的行為者と呼ぶ基本的概念モデルに拠って政府の政策を説明するが、第2(組織過程)モデル、第3(政府内=官僚政治)モデルは、よりより説明と予測を生み出すための基礎となる。概念モデルは、単なる視角やアプローチではなく、一群の前提とカテゴリーからなり、分析者の関心や解答に影響を及ぼす。
 第1モデルは、広い脈絡、国家的パターンに焦点をあて、組織的、政治的複雑さを、政府又は国家という単一の行為(ある意図や選択をあらわす行動)に単純化する。人間の行動を説明するのに、目的と合理的選択を前提として考えるこの一般的アプローチが果たした貢献は大きい。しかし説明の対象が一個人の行動ではなく大きな組織、場合によっては政府の場合は、組織過程や官僚政治などの重要な要因を無視することになる。第2モデルは、第1モデルを補完するもので、政府の行為は統一された指導者グループによって部分的に調整された組織的出力であると考え、情報や選択肢や行為を生み出す組織的ルーティンを明らかにする。しかし指導者は一元的なグループではなく、第3モデルは、第2モデルのコンテクストのなかで、政府の決定と行為は国内の政治から派生する結果とし、政府の個々の指導者と主要な政府の選択を決定する指導者間のより細かい分析に焦点をあてる。
3つのモデルは、同じ出来事(問い)に対して異なった解答を構築する。同時に、異なった出来事について異なった説明を付与する。即ち、レンズ(モデル)は、ある特定の要因を拡大するものだ。レンズが異なれば、何が妥当し、何が重要であるかという判断も異なる。
 具体的には、第1モデルは1)問題、2)選択肢、3)各選択肢に伴う戦略的コストと利得、4)国家の価値及び共通原理のパターン、5)国際的戦略市場の圧力に着目する。第2モデルは、1)政府の組織と組織的要素、2)行為するのはどの組織か、3) 問題に関する情報を提供するのに組織が持つレパートリー、プログラム、SOP(Standard Operation Procedure)は何か、4)問題解決の選択肢を導くレパートリー、プログラム等は何か、5)選択的行為を執行するのに持つレパートリー、プログラム等は何かを中心的課題とする。第3モデルは、1)問題に関する行為を生み出す行為回路にはどういうものがあるか、2)中枢プレイヤー及びその地位、3)職務や過去の姿勢が中枢プレイヤーに与える影響、4)最終期限、5)ファール・アップ(混乱)が生じそうな場面を中心的課題とする。
得られた教訓もモデルにより異なる。第1モデルは、二超大国の死活的利益が関わる状況下では、核戦争への突入は非合理的選択とみなされ、自らの決意を伝達する限定的行為(封鎖)を見出し、問題を解決する(ミサイル撤去)する。しかし第2モデルはこの決定の背後には重大な組織的硬直性があり、過ちすらあったとし、米ソの政府のような巨大な機構間の核危機は本来的に不安定という教訓を導く。第3モデルは危機処理の過程はあいまいで危険性が高く、アメリカ政府の指導者は核危機に発展する行為を選択することもありうるとする。
 対外政策の最もすぐれた分析は、3つの概念モデルの諸要素を説明にうまく織り込んだものである。

■コメント
 対外政策研究においては、概念モデルを国家とするか、組織とするか、組織内の個人(政治家、官僚)とするかにより、同一の事象から異なったアウトカムが導かれる。さらには事象の見方(中心課題や得られる教訓)さえも異なる。しかし各概念モデルは相互補完的で、各モデルの諸要素を説明にうまく織り込むことが必要である。
 対外政策研究のみならず、自身の研究においても、映像メディアという広い分析枠組み(第1モデル?)にフォーカスしつつ、プレイヤーやリーダー等の個人の行為(第3モデル)にも留意したい。組織的枠組み(第2モデル)は自身の研究興味ではないが、組織にフォーカスすると全く異なる分析が行えることは実感として持っており、異なる分析枠組みに常に目配りする姿勢を持ちたい。(2005年7月7日 高橋明子)

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