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2005年05月18日

第4回授業レビュー(その2)

核戦略(Nuclear Strategy)とミサイル防衛(Missile Defense) 
-その2-

さて、「核戦略とミサイル防衛」の続編をお送りします。

【核態勢見直し(NPR)と能力ベースアプローチ/新トライアッド】

冷戦終結後、米国は2回にわたる核態勢見直し(Nuclear Posture Review: NPR)を行いました。第1回目の見直しは、1994年にレス・アスピン国防長官の下で策定されました。この見直しでは、①核弾頭数の削減を一層進めること、②ロシアに残存する核兵器の安定的な管理を行うこと、が重要課題となりました。

エリツィン時代初期のロシア政権は、急進的な改革を進めた結果、国内の経済が混乱し、ロシア軍の兵士の給料さえ払えないという事態にもなりました。当然兵士のモラール(志気)は低下し、核関連の科学者・技師も国を離れて別の国で稼いだほうがいいと考えて当然です。

こうした中で、米ソ核軍縮のプロセスにおいて、ロシアにおける核兵器を安定的に廃棄していくために、米政府は「核解体・廃棄イニシアティブ(ナン・ルーガー法)」を立ち上げ、各関連物質の廃棄コストの負担、買い上げなどの措置をとり、第三国に核物質や知識が移転しないように腐心します。90年代中頃の核兵器に関する議論でもっとも深刻だったのは、冷戦終結の後始末だったのですね。

第1次NPRでは、「相互確証破壊」ではなく「相互確証安全(Mutual Assured Security)」を達成しようと謳われたものの、核抑止力の保持については過去の考え方を踏襲し、目新しい概念の提示がありませんでした。

そんな中で、1990年代を通じて核戦略に挑戦する新しい動きがでてきます。第一は、1990年代初めから中国が急速な勢いで経済発展し、核兵器・ミサイルの開発をスピードアップさせたことです。核実験回数の各国別の表をみるとわかるとおり、1990年以降ほとんどの国が核実験を止めているのに(もちろんCTBT署名前の駆け込み実験はあったが・・・)、中国だけはコンスタントに実験をしていることがわかります。第二は、1998年にインド・パキスタンが相次いで核実験を行い、事実上の核保有国になります。両国ともNPT加盟国ではないために、条約上の縛りがなく、世界的な核軍縮体制に大きな衝撃がはしりました。第三は、北朝鮮・イラン・イラク・リビアなどの一連の中小国が核開発を進めている(らしい)ことが懸念されたことです。米国やその他の自由主義諸国に敵対的な中小国が核武装した際の危険性が大いに懸念されたのもこのころです。第四は、9.11事件によってテロリストという非対称的アクターの存在が浮上し、「テロリストと大量破壊兵器の結びつき」が国際社会を震撼させる脅威として認識されるようになりました。

2002年の第2次NPRは、こうした一連の新しい展開を踏まえて作成されることになりました。第2次NPRは、①脅威ベース(threat-based)ではなく、能力ベース(capability-based)のアプローチを取ること、そして②冷戦期の核の三本柱(戦略爆撃機、ICBM、SLBM)から、「新しい核の三本柱(トライアッド)」に移行することが謳われました。

「能力ベースのアプローチ」というのは、従来のようにソ連やイラクといった特定の脅威に基づいて自らの兵力構成を考えるのではなく、世界中に発生しうる脅威の「能力」に着目して、ドクトリン・兵力構成・技術開発を行っていくという考え方です。将来予見しうる「能力」が不確実なために、可能な限り自らの「能力」リソースを高めていく必要があるということですね。例えば、兵器調達をするときに10年後のソ連の軍事能力を想定し、それに応じた調達を行っていくのが「脅威ベース」の考え方です。でも現在の「能力ベース」では、2年ごとに脅威のアセスメントを行い(ブロック・アプローチ)、研究・開発・量産・配備を柔軟に組み替えていくという「スパイラル・モデル」を導入しています。

「新しい核のトライアッド」は、①通常戦略・核戦略による攻撃能力(旧トライアッド+α)、②防御能力、③対応可能なインフラストラクチャーの3つによって形成されると主張されています。現代の脅威の「能力」は、「攻撃-防御-技術インフラ」を組み合わせなければ、柔軟に対応することができない、という危機感がそこから読み取れます。

たとえば、米国が向き合っている核保有国を以下の5つのレベルに分けてみるとします

 レベル1: ロシア
 レベル2: 中国
 レベル3: インド・パキスタン
 レベル4: イラン・北朝鮮…etc
 レベル5: テロリスト…etc

ここから読み取れるのは、各レベルとも全く異なる核兵器との関係性を持っているわけです。ロシアは核抑止の安定性を維持しながら、核軍縮を進めていく方向。中国は台頭する核開発国。インド・パキスタンは、現在のところ直接的な脅威とは認識されていない。イラン・北朝鮮は開発・保有自体をカードに現状変更を迫っている。テロリストはまったく未確定の相手・・・と様相はさまざまです。

重要なことは、核戦略を考える際に「その1」で振り返ったような、核抑止論の体系がずいぶん変わってきたということですね。授業では述べる時間がなかったのですが、「なぜ米国は未だに臨界前実験を続け、小型核やバンカーバスターなどを開発しているのか?」といえば、こうした新しいアクターに対する攻撃能力・報復能力をいかに効果的に発揮するかを模索しているからに他なりません。ここからは、私の意見となりますが、レベル2~5の相手に対し「基本抑止」を模索するならば、彼らに通用する核攻撃の運用計画を持つ必要があるわけです。

例えばこういう問いかけに皆さんはどう思うでしょうか?「日本政府が北朝鮮への『拡大抑止』を担保するためには、米国の小型核・バンカーバスターの開発を支持すべきである」・・・これはYESでしょうか、それともNOでしょうか。日本の新聞論調は今回のNPT会議の報道の中で、米国が核兵器開発を続けることに対する批判一色です。でも、もしこうした開発が北朝鮮を抑止するために効果的であるとすれば、日本はそれを批判するべきなのでしょうか?このあたりで、皆さんの抑止論への考え方や価値観が問われてきます。もし、このテーマでレポートを書く方がいれば、こうした問いかけも頭の片隅に置いてもらえればと思っています。

いずれにせよ、新しい脅威(レベル4~5)に関しては「懲罰的抑止」だけでは物足りないことは強く認識されています。それが、「防御」と「防衛インフラ」の拡充によってカバーされるべきということですね。「防御」の中身として挙げられているのが、ミサイル防衛や、対テロ戦略などによって「拒否的抑止力」を強化すること。「防衛インフラ」については、米国の国防産業の基盤強化と他国を圧倒する優位性を維持することが強調されています。

【ミサイル防衛について】

ちょっと時間切れになってきました。実は、皆さんへの解説をサボるために、とてもいいサイトを紹介したいと思います。防衛庁が昨年5月に制作したビデオ「弾道ミサイル防衛とは」です。防衛庁の動画サイト(http://www.jda.go.jp/j/douga/douga.htm)の、下から2番目にありますので、Real PlayerかWindows Media Playerのいずれかを選択して、見てみてください。これは、どうやらTBSが制作に全面協力している、おどろきの力作です。政府の公式見解に力点が置かれてはいますが、現在のミサイル拡散の現状、ミサイル防衛の基礎知識、現在の開発の動向などについて、わずか15分で学ぶことができます。私の文章より、100倍理解が進むことでしょう(^-^;)。

ミサイル防衛についての解説は、また日本の防衛問題を扱うことに詳しく書きたいと思います。以前の衆議院安全保障委員会での参考人招致での金田先生の発言http://www.shugiintv.go.jp/jp/video_lib3.cfm?deli_id=26655&media_type=rbを聞くのもいいと思います。金田先生が全体を振り返り、私がマニアックな将来想定をしているという役割分担です・・・。

さて、それでは参考文献・論文を紹介します

〔リーディング・マテリアル〕
[1] Josiane Gabel, “The Role of US Nuclear Weapons after September 11” The Washington Quarterly (Winter 2004-2005)
[2] 神保謙「ミサイル防衛と東アジア:米中戦略関係の展望」『アメリカと東アジア』久保文明・赤木莞爾編(慶應義塾大学出版会、2004年)

*[1]は冷戦後から9.11後の新課題を振り返るのにもっともハンディなテキスト。[2]はレベル2の脅威にミサイル防衛がどう関わっていくかを論じたもの。

〔さらなる学習のために(和文)〕
*冷戦期の核戦略に関して
[1] 梅本哲也『核兵器と国際政治1945-1995』(日本国際問題研究所、1996年)第1章~第4章
[2] 山田浩『核抑止戦略の歴史と理論』(法律文化者、1979年)
[3] ジョセフ・ナイ『核戦略と倫理』(土山實男訳、1988年)
[4] 土山實男『安全保障の国際政治学』(有斐閣、2004年)第7章「核戦略と現代の苦悩」
[5] 防衛大学校安全保障学研究会編『安全保障学入門:最新版』(亜紀書房、2005年)第5章「核兵器と安全保障」

*ただし、冷戦期の核戦略も冷戦史の広いコンテクストから理解されなければならない。そうした観点からの良いテキストは・・・
[1] ジョセフ・ナイ『国際紛争:理論と歴史』(第5版、有斐閣、2005年)
[2] ジョン・L・ギャディス『ロング・ピース:冷戦史の証言「核・緊張・平和」』(芦書房、2003年)
[3] ジョン・L・ギャディス『歴史としての冷戦』(慶應義塾大学出版会、2004年)
[4] ルイス・ハレー『歴史としての冷戦』(サイマル出版会、1978年)

*冷戦後の核戦略
和文献・論文に該当なし(残念なことですね・・・)

*ミサイル防衛
[1] 森本敏編『ミサイル防衛:新しい国際安全保障の構図』(日本国際問題研究所、2002年)
[2] 金田秀昭『ミサイル防衛入門:新たな核抑止戦略とわが国のBMD』(かや書房、2003年)

〔さらなる学習のために(英文)〕
*後ほど掲載します。あまりに多すぎ。

投稿者 jimbo : 2005年05月18日 23:36