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2005年05月29日

第5回講義レビュー(その2)

軍備管理・軍縮・不拡散・拡散対抗 (Contd.)

それでは、第5回授業レビュー(その2)をお送りします。

【核拡散防止条約(NPT)体制の難しい舵取り】

ニュースなどで気付かれた方も多いと思いますが、5月2日以来ニューヨークで開催されていた核拡散防止条約(NPT)運用検討会議(再検討会議)が、27日に事実上の決裂という事態を迎え、閉幕しました。日本の外交団ががっかりする姿がテレビに映し出されていましたが、外務省がこれまでNPTの強化に並々ならぬ努力をしてきたことを考えれば、無理もありません。

NPT(本文へのリンク)は1970年に発行した条約で、核兵器を保有できる国を米国、ソ連(現在:ロシア)、英国、フランス、中国の5ヶ国に限定し、それ以外を非核保有国として核兵器の保有と製造とを禁止する条約です。なぜこの5ヶ国かといえば、1967年以前に核爆発実験をした国(中国:1964年)をもって核保有国として「打ち止め」にし、それ以上の国への核拡散を防ぐことを目的としているものです。

でも、「核拡散を防ぐことはいいけど、核保有国を5ヶ国に制限して、その地位が固定化されるのもどうだろうか?」という疑問が沸いてきますね。そうなんですね。国際政治学の中で、国家の地位が必ずしも平等ではないということは、このNPT体制に如実に表れているといっていいと思います。次回扱う国連安全保障理事会の常任理事国が拒否権を持ち、期せずして同じ5カ国が核保有国なんですよね。

NPTは発足当初からこのような不平等性の下で、核の拡散を防止させようとする枠組みです。だから、どのような枠組みを導入したかというと・・・

  第1条:核保有国は他の非核保有国に核兵器を移転しない
  第2条:非核保有国は核兵器の製造をしない
  第3条:非核保有国は保障措置を受け入れる(IAEAの査察を受け入れる)

ことによって、まず核拡散を防止する条項を導入した上で・・・

  第4条:締約国による原子力平和利用の権利を担保する
  第6条:核保有国は軍縮交渉を推進することを約束する

というバランスをとろうとしているのが、NPTの論理です。すなわち、核保有国は5ヶ国に限定されるけど、その代わり非核保有国は①原子力平和利用(原子力発電所の開発など)、②核保有国が軍縮交渉を約束する・・・という二つの対価を受け取るということですね。

【NPT体制の発展と挑戦】

発足当初より、核保有国と非核保有国の「持つもの」「持たざるもの」という関係が、上記の難しいバランスを舵取りすることに追われていました。それでも、NPTは徐々に締約国を増やし現在は189カ国が加盟をする国際条約になりました。その間、1991年に南アフリカが核兵器を放棄してNPT加盟し、また旧ソ連崩壊後のベラルーシ、ウクライナ、カザフスタンが核兵器をロシアに移転し、非核保有国としてNPTに加盟したことも、冷戦後のNPT体制にとっては朗報でした。

その一方で、①NPT体制内の国が、条約上の義務を履行せずに核開発に着手するケース(イラク、北朝鮮)、そして②NPTに加盟しない国が核開発を行うケース(インド、パキスタン、イスラエル)など、NPTの内と外で核拡散防止の限界性も浮き彫りになってきたのが実情です。

こうした中で、NPTの運用を強化するべきだという動きが強まってきました。それが1995年から5年おきに開催されている「運用検討会議」です。これまで、1995年、2000年、そして今年と3回開催されてきました。

1995年の運用検討会議では、①NPTの無期限延長が決定され、②不拡散・核軍縮の検証の強化が確認されています。また2000年の運用検討会議では、核軍縮は核保有国による「明確な約束」(unequivocal undertaking)であることを宣言し、包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期発効、一方的な核削減や透明性の確保などが謳われました。こうした中で、近年のNPT会議の中で非核保有国が核保有国に対して、一層の核軍縮を要求してきたのが特徴的でした。

ところが、今年の会議はこうした流れがぱたりと止まってしまった感があります。その最大の理由は、この5年間で核保有国と非核保有国の間の「溝」がますます深まってしまったことにあります。それぞれの主張は以下のようにまとめられるのでは、と思います。

〔核保有国(主に米国)〕
  ・新しい脅威に対して、小型核・バンカーバスターの開発を推進したい
  ・北朝鮮・イランの核開発問題をNPTの主要議題としたい
  ・包括的核実験禁止条約(CTBT)に反対
〔非核保有国(立場は分かれる)〕
  ・安全の保証(核攻撃をされない保証)を強固に担保したい
  ・核保有国の軍縮義務を一層推進したい
  ・核持ち込み(例えば同盟国への戦術核の配備)を禁止したい
  ・イスラエルに核を完全廃棄させたい(エジプト)
  ・イランの新規議題化に反対(イラン)

このそれぞれの立場が深刻に対立し、結局1ヶ月の議論を通じて、今回NPTは何の文章をまとめることもできませんでした。2000年以降、9.11テロと大量破壊兵器の結びつき、北朝鮮・イランの核開発、パキスタンの闇市場など、多くの問題が発生しているにもかかわらず、NPTは有効な答えを出すことができませんでした。これは、核不拡散体制に大きな亀裂が入っていることを意味しています。

今後、核の拡散防止体制はどうなってしまうのでしょうか?ひとつの醒めた見方は、「国際条約の有効性にはそもそも限界がある」というものです。米国などは、NPTへの期待はそもそも限定的に捉えているようです。NPTをいくら強化したところで、米国自身が新しい核兵器を開発したい状況は変わりないし、またイランや北朝鮮のように体制内でいわば「裏技」ともいうべき核開発に進んでしまっている。であるならば、NPTを強化する以上(プラスα)の措置を導入しなければ、核拡散には対処できない・・・ということになりますね。

こうした観点から、1990年代に浮上したのが「拡散対抗(Counter-Proliferation)」という概念です。「拡散防止(Non-Proliferation)」が、国際条約等によってレジームの下での不拡散を目指すのに比べ、「拡散対抗」は仮に拡散が起こりそうな場合、また起きてしまった場合の、緩和・抑止・攻撃・防御などを政策体系として組み立てることを意味します。

具体的には、大量破壊兵器の開発や製造をできるだけ早期に探知し、それらの動きを食い止めたり、場合によっては威嚇・攻撃を加えることによって、大量破壊兵器の保持を阻止しようとする概念を含みます。例えば、海上・陸上・航空路で、大量破壊兵器や関連物資が輸送されるようであれば、各国が協力してこれを阻止する活動⇒「拡散安全保障イニシアティブ」(Proliferation Security Initiative: PSI)は、「拡散対抗」の一部として捉えることができます。

こうした概念が、後の授業で扱うブッシュ政権の「先制行動論」(先制攻撃)につながってくるわけですね。ブッシュ・ドクトリンについては、後ほどの授業(テロリズムとカウンターテロリズム)でじっくりと扱うことにしましょう。

このように、現代の大量破壊兵器不拡散は、深刻な問題に直面しているといえます。国際条約・国際協調による不拡散努力が、今回のNPTを通してみられるような挫折を経験し、多国間による問題の解決が深刻な困難性に直面しています。

他方で、「拡散対抗」の手段が模索され続け、一定の成果も挙げているものの、他方でイラク戦争やインテリジェンスの不備に基づく主権侵害など、多くの問題を起こしていることも事実です。このように、大量破壊兵器の拡散を以下に防ぐか、というのは現代におけるきわめて難しい政策課題ということになるでしょう。こうした問題点の構造、そして今後国際社会がどう対応すべきなのか、皆さんもぜひ思考を深めてみてくださいね。

さて、第5回授業に関する参考文献・論文は以下のとおりです。

〔リーディング・マテリアル〕
佐瀬昌盛「軍備管理・軍縮」防衛大学校安全保障学研究会『安全保障学入門(最新版)』(有斐閣、2005年)

〔さらなる学習のために(和文)〕
[1] 秋山信将「核拡散を押し返せ:NPT会議に向けて」『論座』(2005年6月号)
[2] 黒沢満編『大量破壊兵器の軍縮論』(信山社出版、2004年)
[3] 納家政嗣・梅本哲也編『大量破壊兵器不拡散の国際政治学』(有信堂、2000年)
[3] 黒沢満『軍縮問題入門』(東信堂、1999年)
[4] 黒沢満『核軍縮と国際平和』(有斐閣、1999年)
[5] 小川伸一『「核」軍備管理・軍縮のゆくえ』(芦書房、1996年)
[6] 梅本哲也『核兵器と国際政治:1945~1995』(日本国際問題研究所、1996年)

*比較的この分野は、日本の研究が盛んなんですね(^-^)。中でも[2]、[3]はお勧め。

〔さらなる学習のために(英文)〕
[1] Michael A. Levi and Michael O’Hanlon, The Future of Arms Control (Brooking Institution Press: Washington DC, 2004)
[2] Graham Allison, Nuclear Terrorism: The Ultimate Preventable Catastrophe (Owl Books, 2004)
[3] Ashton Carter, “How to Counter WMD” Foreign Affairs (September/October 2004)
[4] Andrew Winner, “Proliferation Security Initiative: The New Face of Interdiction” Washington Quarterly (Spring 2005)

投稿者 jimbo : 2005年05月29日 02:37