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2005年06月06日

第7回講義レビュー(その2)

欧州における安全保障:NATO・EUを中心に

【EU憲法批准問題】

先週フランス、オランダが相次いでEU憲法の批准を否決した、というニュースがありましたね。EU憲法は2年間の討議を経て、EU首脳会議が2004年6月に採択、10月に調印という段階まできています。その後、各国にて議会または国民投票による批准手続きに入り、これまでドイツ・スペインなどが批准を終えています。ただし、EU憲法の発効には25カ国全ての批准が必要なため、仏・蘭両国の否決は大きな打撃となったわけですね。

EU憲法は448条に及ぶ長大な憲法で、2004年に25カ国に拡大したEUの目的・市民の権利・共通外交安全保障政策等に関する規定があります。欧州安全保障政策(ESDP)に関する条文を見てみると、「相互防衛条項」(I-40-7)を定めて、EU加盟国間の集団防衛を明確化し、また「欧州装備・調査・軍事能力庁」を設置し(I-40-7)、欧州防衛能力を強化してペータースベルク任務(その1参照)を拡大し、さらに欧州域内における国防産業・技術基盤を強化することが謳われています。欧州理事会の議長が対外的には「EU大統領」として欧州委員会の委員長が「EU外相」としての位置づけになり、EUが地域の代表として大きな政治主体になるための、基盤づくりという意味を持っています。

EU憲法の批准手続きが暗礁に乗り上げ、目指されていた来年10月の発効がほぼ絶望的になったことは、EUとしてのリージョナル・アイデンティティと各国のナショナル・アイデンティティの相克という観点から、多くの分析がなされることと思います。こうした論点は、私が秋に担当する「リージョナル・ガバナンス論」で詳しく扱っていこうと思います。他方で、欧州の安全保障という観点からみたとき、これはEUにおけるESDPの整備の遅れを意味することになります。そして、これは後に説明するNATOとの役割分担を考える上でも、ESDP推進派にとっては頭の痛い問題ということになるでしょう。

【NATOと「新戦略概念」】

さて、北大西洋条約機構(NATO)は、1949年に欧州と米国・カナダの10カ国を原加盟国として発足した集団防衛機構です。冷戦後に加盟国が拡大し、現在は26カ国に増えています。NATO本部はベルギー・ブリュッセルの郊外にあり、私は2001年と2003年にNATO本部を訪れ、幹部の方々と意見交換を行ったことがあります。NATOのカフェテリアは、各国の文官・武官がさまざまなユニフォームに身を包み、テーブルを囲むという多国間軍事機構ならではの風景です。さながら、コアリション・キャンプといってよい雰囲気でした。

NATOは冷戦後に、新たに浮上した課題に向けての自己改革を迫られることになります。そのキーワードは、①任務の拡大、②加盟国の拡大、③NATOの機構変革という3つのキーワードで理解することができます。

そのきっかけとなったのは、EUと同様1990年代の旧ユーゴ紛争への対応でした。1993年にはボスニア・ヘルツェゴビナ紛争に空軍力を提供し、1996年は平和履行部隊(IFOR)に部隊を送ります。さらに、1999年にはコソボ紛争において空爆を実施するなど、旧ユーゴ紛争の要所における軍事力の提供を担ってきました。

まず「任務の拡大」について。冷戦後に新たに対応すべき安全保障問題は「NATO域外」にある。これがNATOが1990年代におけるバルカン情勢への対応を通じて出した答えでした。それを明示したのが、1999年4月に採択された「新戦略概念」(New Strategic Concept)です。北大西洋条約の第5条はNATO加盟国同士の集団防衛を規定し、まさにNATO域内における集団的自衛を約束しあう内容となっています。しかし、旧ユーゴ紛争のような周辺地域における紛争も、NATO加盟国にとっての脅威になるとの認識の下、「域外地域を対象とした紛争予防・危機管理」を新たな任務として追加します。これを「非5条任務」といいます。

次に「加盟国の拡大」です。冷戦後のNATOは域外への対処とともに、NATO自体の拡大によって、欧州の安全保障を安定化に導こうとしました。1999年3月の第1次拡大としてポーランド・チェコ・ハンガリーの3カ国が加盟し、さらに2004年6月の第2次拡大ではエストニア、ラトビア、リトアニア、スロバキア、スロベニア、ブルガリア、ルーマニアの7カ国が加盟しました。

こうした国々の名前を見ていると、まさに冷戦期に鋭く対立していた東側諸国が、今やNATOの一員として迎えられたことを意味しています。かつてのように、「脅威を機構の外部におき、それに対処するための軍事同盟」といった同盟関係から、「かつて脅威であったアクターを機構の内部におき、互いに協力し合う」同盟関係への変化をみてとることができます。第2回で学んだ「安全保障機能」のマトリックスに準えて考えれば、NATOは純粋な意味での集団防衛機構から、ある種の集団安全保障機構への変遷のダイナミクスが生じていると捉えることができるでしょう。

【NATO機構改革と「新しい脅威」への対応】

最後は「機構改革」です。ここでは2002年11月のプラハ首脳会合、そして2004年6月のイスタンブール首脳会合に注目してみましょう。プラハ首脳会合では、①対テロ防衛に関するNATO軍事概念の導入、②「プラハ軍事能力コミットメント」(PCC)の採択、③作戦連合軍への統合、④NATO即応部隊(NRF)の創設が決定されます。9.11事件と新しい脅威への対応に向けて、NATOもその自己変革を進めてきた様子を見ることができます。

(その1)でEU域内諸国の軍事能力ギャップを埋めるために「ヘッドライン・ゴール」が設定されたことを紹介しました。NATOも同様に中東欧諸国が新規加盟し、重大な能力ギャップが生じていることは事実です。さらに、旧東側諸国の兵器体系の多くはソ連製のため、これをどのようにNATO基準に標準化していくかという問題が生じました。こうした問題を改革していくために、「防衛能力イニシアティブ」(DCI)そして「プラハ軍事能力コミットメント」(PCC)を策定し、NATO加盟国間における軍事能力の整備を促しました。その中でとりわけ、戦略輸送能力・空中給油能力、そして核・生物・化学(NBC)兵器への対処能力などが強調されています。

授業でも紹介したように、米国とその他のNATO諸国との軍事能力の差は、もはや一朝一夕では埋めようがありません。したがって、仮にNATOが域外展開を行う場合にも、米国軍とShoulder-to-Shoulderで作戦遂行することは、装備・運用・訓練それぞれをとってみても、大変難しい状況にあります。

その際に新たに浮上したのは、「アラカルト同盟」や「ブティック同盟」といった考え方です。これは、各加盟国が同盟協力の際に、その得意分野を生かしていく、という考え方を意味します。例えば、ポーランドは化学戦能力に大変優れています。これは冷戦期に、西側との戦闘において化学兵器の使用を念頭に置いた部隊運用構想の歴史があったためで、これが「新しい脅威」への対処という点から、大変重宝されることになりました。欧州ではありませんが、日本の自衛隊も掃海能力や音声解析能力については、世界に冠たる能力を持っています。これも、例えば日本の戦後処理として日本周辺の膨大な機雷処理を行った経験からきています。こうした、優れた能力を、個別に発揮していくことが、同盟間協力のひとつの形となりつつあります。だからこそ、「アラカルト」であり「ブティック」なわけですね。

こうした観点から、NATOがアフガニスタン戦争の戦後処理として新生アフガニスタン政府の下で国際治安支援部隊(ISAF)の総指揮権を継承したことも、NATOが新たな任務へと踏み出したことを意味しています。NATOは「域外」へのアウトリーチを、中東・中央アジアまで広げていったことを意味しています。また近年では「地中海ダイアローグ」といった北アフリカ諸国との対話を通じて、関係各国との信頼醸成にも努めています。

【EU・NATOの役割分担はどうなるのか?】

さて(その1)(その2)を通読してみると、EUとNATOがそれぞれ冷戦後・9.11後の安全保障環境の中で、自己変革を遂げようとしていることがわかると思います。そして、その方向性も良く似ている。①任務の拡大、②加盟国の拡大、③機構の改革といった、同じような問題を抱えていることもわかります。一見、EUとNATOの安全保障機能には相当の重複(duplication)が生じているようにもみえます。

EU・NATOが今後欧州の安全保障においてどのような役割分担を果たしていくのか。実は、まだこの答えは十分にでていません。おそらくワシントンの国防総省と、フランスの国防省の双方にインタビューすれば、正反対の答えを得て戸惑うかもしれません。ワシントン側からは、EUの安全保障機能が伸長することをあまり歓迎していないようです。なぜNATOでやれることを、米国抜きのEUで実施するのかという反発がしばしば浮上します。また、EU側では欧州の紛争に際して米国の力をできるだけ相対化したい、という思いがある一方で、現在はNATOアセットに頼らざるを得ず、さらに欧州安全保障政策(ESDP)の強化に本腰を入れるだけの余力がない国が多いのも事実です。

こうした動きをみるひとつの興味深い指標は、NATO即応部隊(NATO Responsive Force: NRF)とEU緊急展開部隊(RRF)が、今後どのように発展していくかにあると思います。双方の構想は、欧州域内・域外における非対称的な脅威、そして人道支援等の部隊派遣・部隊支援の構想です。その意味では、そうとうダブっている構想ということになります。一説には、EU-RRF構想に不快感を持ったラムズフェルド国防長官が、NRFを提示することによって、「EU-RRF潰しに他ならない」(フランス国防省幹部)という見方も呈されています。

いずれにせよ、現在のEUの軍事能力はNATOに比べれば、きわめて些少なので、EU-RRFがNRFを相対化し、「NATOが出てこなくても、EUで対応できる」という政策的選択肢を増やすためには、EUの軍事能力の強化が不可欠ということになるでしょう。その意味でも、EU憲法の批准失敗は、ESDP推進論者にとっては、とても大きな衝撃だったということになります。フランスの軍関係の落胆が眼に見えるようです(^-^;)。


【補足:2004年1月に実施したNATO幹部へのインタビュー】

2004年1月にNATO本部において、数名のNATO本部・政治局幹部と意見交換をすることができました。その際に交わした議論をメモにしてありますので、以下に紹介します。

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(NATO域外へのoutreachの優先順位はどのように捉えるべきかとの質問に対し)NATOが欧州中心(euro-centric)なフォーカスを越えるべきだというコンセンサスは存在する。まずは、NATOの東方拡大と地中海ダイアローグの充実であり、「東方拡大」と「南方対話」である。その後triple-non countriesに対するoutreach問題があり、例えばISAFのようなオペレーションが一つのモデルとなるだろう。中東に関しては、PfPを拡大するというアイディアがあり、事実上は地中海ダイアローグのupgrade版として捉えることができる。将来的にはGCCとの協力ということさえ考えられるかもしれない。さらにこのPfP構想を中央アジア・コーカサスに拡大していくという問題意識は存在する(issue is on the table)。

(アジアにおけるテロリズムや大量破壊兵器の拡散問題は、NATOの政策策定にはいかなる影響を与えているかという質問に対し)これまでNATOにおけるアジアにおける安全保障を軽視してきた。しかし、今後はアジアの安全保障への関心自体がNATOを変質させていくきっかけにもなるだろう。北朝鮮の核開発と拡散への懸念はその一つの契機となる。しかし、こうした問題に欧州諸国が対処するにあたり、すべてNATOの枠組で行う必要はない。欧州主要諸国が参加している拡散安全保障イニシアティブ(PSI)は、北朝鮮を意識した有志連合として興味深い試みである。また、ボスニアにおけるIFORも、参加国をnominateしていく方式をとり、一律の対応を促したわけではない。こうした有志連合は、NATOが柔軟にアジェンダを設定するためのpre-conditionとなろうとしている。

(NATO・EU・OSCE関係を今後どのように律していくのかという質問に対し)1999年の「新戦略概念」はバルカン危機を契機としてNATOの域外展開を非5条任務として規定したものであった。9.11後のアフガニスタン戦争とイラク戦争は、「新戦略概念」自体の見直しが迫られ、NATOが十分に対応できなかったことから「NATOの危機」が広く論じられた。ロバートソン事務総長もNATOの危機(ロバートソンが過度に危機を強調しすぎたきらいがあるとコメント)を十分に認識していた。シェファー新事務総長は米国訪問に先駆け1月30日付のヘラルド・トリビューン(IHT)で、”It is time to get back to the business”という表現でNATOの機能復帰と再定義を論じる予定である。そこでは、①アフガニスタンでの民生の安定のためのNATOの役割、②イラクにおけるポーランド軍に対する作戦計画、インテリジェンス、後方支援の提供、③NATOのResponsive Forceの重要性とNATO全体の能力向上を含む「変革」の重要性、④NATOのoutreach問題が論じられる。こうしたオペレーションの際に、NATOがEUやOSCEとの緊密な協力を行うことが謳われる予定である。

(NATOも99年の「新戦略概念」を超えた新しい概念を策定する時期にあるのではないかという質問に対し)概念としてNATOが新しいコンセプトを求められているのは事実だ。しかし実際にNATO関係諸国が一つの抽象論としての「概念」で合意できるとは現時点では思えない。現在は、東方拡大と南方対話などの具体的な措置を積み上げている(building block)過程にあり、理論よりも実践を重んじなければならない。たしかに米国が「国家安全保障戦略」を策定し、EUが「ソラナ・ペーパー」を策定したあとに、NATO版を求める声は高まってはいるのだが、現時点では新しい戦略文書は策定するのは難しいと考えている。
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投稿者 jimbo : 2005年06月06日 17:04