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2005年06月18日
第9回講義レビュー(その1)
軍事技術・国防産業・インテリジェンス
軍事力・軍事技術の基礎を学ぶことは、安全保障論を学ぶ上で必須となります。第1回の授業で、近年の安全保障の概念が「軍事力で」国家を守るという国防の概念から、「軍事以外も含む手段によって」守るという多元化・多様化した概念に変化したことを紹介しました。しかし、現代でも軍事力の役割は依然として安全保障のコアな部分に位置しています。
湾岸戦争・ユーゴスラビア紛争・アフガニスタン戦争・イラク戦争など、最近の武力紛争において、どのような軍事力が用いられたのか。各国がいかなる兵器体系を整備することによって周辺諸国との軍事バランスを保とうとしているのか。さらには紛争が交渉によって回避されたときに、その背景にどのような軍事力が控えていたのか。こうした安全保障の諸相を理解するとき、軍事力・軍事技術の基礎知識が重要になってきます。
そして重要なことは、軍事力・軍事技術を単なるミリタリー知識として蓄えるだけではなく、安全保障の「政策学」として学ぶことです。例えばEUが中国に武器禁輸を解除しようとするとき、また米国が台湾にイージス艦を売却しようとするとき、どのような政策的意図を持ってこれらの事象を理解するか。また、韓国に駐留する米軍を大規模に削減するといった場合、それが地域情勢にいかなる影響を持つか・・・等々がミリタリーそのものの知識よりはるかに重要なわけです。というわけで、ミリタリー好きの人はその知識に溺れず、そして軍事はちょっとパス・・・という人も食わず嫌いにならず、その基礎を学んでいきましょう(^-^)/。
【軍事力の基礎】
さて軍事力を簡単に定義すると、それは軍事的な攻撃能力と防御能力の総体ということになります。その構成要素も、兵力(現役・予備役の数)、兵器・装備の数量と質、国防予算などの国防関係のハードウェア(比較的定量化しやすい)に加え、人口・動員体制・訓練・兵の士気・経済力・技術水準・資源と食料の自給率などの、ソフトウェア(定量化しにくい)も重要な要素になります。さらに第2回講義で学んだように、国家防衛を単独ではなく同盟関係によって複数国で行う場合、一国の軍事力は同盟関係を持つ国の軍事力(とそのコミットメントのレベル)との総体として捉える必要があります。
次に「兵器体系」を学びましょう。近代戦以降の兵器体系(特に第二次大戦後)の基礎的な単位は、陸軍・海軍・空軍(と海兵隊)の三軍の構成になっています。国によってはそれぞれの機能が融合していたり、国内の治安機能を持つ警察と海上警備隊(コースト・ガード)と一体になっている国もあります。通常兵器体系としては、陸軍:歩兵・戦車・野砲・ヘリコプター/海軍:駆逐艦(護衛艦)・フリゲート艦・揚陸艦・対潜哨戒機・潜水艦/空軍:戦闘機(防空・制空)・爆撃機・偵察機・早期警戒管制機・空中給油機・輸送機などが、主要な兵器体系となります。これに装備として、弾道ミサイル・クルーズミサイル・爆弾・重火器・小火器という攻撃/防御のための装備があり、それを支える指揮・統制・命令・コンピュータ(Command, Control, Communication and Computer: C4)が重要な要素となります。
【決定的な軍事技術の「世代」差】
軍事力を判断するときには、こうしたハードウェアへの基礎的理解が必要です。その際に重要なのは、兵器体系には技術水準によって「世代」が分かれ、そしてその「世代の分岐は決定的」だということです。授業でも紹介したいくつか事例を挙げましょう。
事例1:1991年の湾岸戦争のときに、米軍とイラク軍は同じ「暗視装置」(ナイト・スコープ)を持っていました。ところが米軍・イラク軍ともに同種の兵器を持ちながら、その世代が異なるために、勝敗に決定的な差が生じてしまいました。イラク軍が装備していた暗視装置は「光増式」といって、月の光や星の光といった微量の光(可視光線)を何千倍に増幅して明るくみる装置でした。これに対して、米軍側の暗視装置はパッシブ方式の「熱線映像装置(サーマル・イメージャー)」で物体が放出する赤外線(非可視光線)を高感度のセンサで映像化する装置でした。これがイラク軍と米軍に決定的な差を生むことになります。米軍側の暗視装置は昼(例えば黒煙の向こうにある物体の把握)夜兼用で、夜の性能も圧倒的にすぐれていたために、イラク軍は全く見えないところから攻撃を受けるということになりました。これが兵器における「世代」の差を象徴しています。(以上の説明は江畑謙介『兵器と戦略』(朝日選書、1994年)3~7頁に詳しい)
事例2:イスラエルのレバノン侵攻に端を発した1981年のレバノン紛争では、イスラエルとシリアとの間で激しい航空戦が展開されました。この航空戦において、イスラエルの主力は第4世代のF-15(Eagle)、F-16(Fighting Falcon)であり、シリア側だは第3世代のMig-23(Flogger)、Mig-21(Fishbed)でした。この航空戦においても勝負は一方的で、シリア側の航空機の損失は85機、イスラエル側は0機でした。まさに85対0という決定的な差を生んでいるのです。
こうした事例から何が読み取れるのか。それは、軍事力をみるときにその「質」に着目することがいかに大事かということです。例えば事例2において、なぜこれほど決定的な差が生まれるのか。仮に皆さんがシリア側のパイロットだとしましょう。皆さんのコクピットには、コンソールパネルに円形のレーダがあり、そこに映る情報をもとに敵機の襲来、ミサイルの飛翔経路などを把握するわけです。ところが、世代の新しい戦闘機に遭遇したとき、このレーダの探知範囲からはるかに離れた場所から、想定を超えたスピードで突然空対空ミサイル(AAM)が飛来してくるわけです。何も把握できないうちに、やられてしまいます。これが「世代」の差なんです。
【軍事バランスを評価してみよう】
こうした知識をもとに、各国の軍事力を比較してみると、興味深い発見ができると思います。例えば、北朝鮮と韓国の軍事バランスを見た場合、兵力数、戦車数、作戦機数など、明らかに北朝鮮のほうが多いわけです。ところが、具体的に戦車の世代、戦闘機の世代を比較してみると、韓国のほうが圧倒的に優れています。その結果、実際に航空戦を行った場合、いくら北朝鮮が機数において上回っていたとしても、韓国の制空能力は圧倒的なことは確実です。
中国の軍事力はどうでしょうか。兵士の数は世界最大、兵器の数も陸・海・空合わせて世界最大級です。すると、軍事力も世界最強かというと、そうはいかないわけですね。例えば、中国の大陸間弾道弾(ICBM)は液体燃料式で、発射までに時間を要して、整備維持も大変で、使い勝手が良くありません。空軍の2400機(昨年現在)ともいう圧倒的な数の作戦機も、その主力が旧ソ連製の第1世代、第2世代の戦闘機です。おそらく、第4世代の戦闘機が対峙すれば、まったく相手にならないでしょう。
ところが、かつてピーク時は4000機あった中国空軍の作戦機数が減ったからといって、中国空軍の能力が低下したわけではありません。むしろ中国は、国産のJ-10およびロシアからライセンス生産をしているSu-27戦闘機、対地・対艦能力を有するSu-30といった第4世代の作戦機の開発を急速に進めており、急ピッチで近代化をはかり能力を高めているのです。
兵員数、戦車数、艦船数、作戦機数の単なる数量による比較ではなく、軍事力の質に関する分析がいかに重要かということですね。例えば、皆さんは以下のようなニュースに触れたときに、どう判断しますか?「米国、台湾にF-16を150機売却」/「中国、新型DF-31型ミサイルの発射成功」/「北朝鮮のMig-29が米軍機に対してスクランブル」・・・こうしたニュースに対して、軍事力の質に関する分析を加えていくことが大事なわけです。そのためにも、軍事力と兵器に関する基礎知識が必要なんですね。
【軍事における革命(RMA)】
こうした軍事技術の「世代」論を通り越して、新しく台頭してきたのが「軍事における革命」(Revolution in Military Affairs: RMA)です。新たに台頭した精密誘導兵器、高度化したセンサ技術、衛星・レーダによる24時間の警戒態勢、コンピュータによる高度な情報処理・・・などが、戦争・戦闘の概念に革命を起こしている、という考え方です。
それを象徴したのは、1991年の湾岸戦争でした。湾岸戦争は「ハイテク兵器」の威力をまざまざと示した戦いであったと同時に、高度にネットワーク化された情報が、戦いを決定付けるNetwork Centric Warfareであったといえます。F-117というステルス爆撃機は、そのステルス性能によってイラク軍の早期警戒レーダ網を潜り抜け、一気に敵司令部への攻撃をかけることができました。衛星・偵察機・艦船等による24時間体制の情報収集と、そこから3軍への伝達、コンピュータによる情報処理は、戦場における指揮官の判断を革命的に変化させました。
Network Centric Warfareは、1999年のNATO軍が実施したユーゴ空爆、2001年のアフガニスタン戦争、2003年のイラク戦争などにおいて、さらに発展していきました。湾岸戦争で使用された精密誘導兵器は全投入量の8%であったのに比べ、コソボ紛争では35%、イラク戦争では66%を占めるに至りました。イラク戦争をテレビで見ていた方は、米軍がバクダッドを爆撃しているさなかに、市内の高速道路を(一見悠然と)一般車両が通行しているのを不思議に思ったかもしれません。イラク側でさえも、米軍の精密誘導兵器が正確に対象施設を攻撃していることを認識していたのです(もちろん多くの誤爆があり、民間人が犠牲になりました)。
また、イラク戦争においては無人偵察機(Unmanned Aerial Vehicle: UAV)が、実際の偵察活動や攻撃に参加し、特殊部隊等の長距離広域センサを用いた情報収集が行われ、それらの情報が司令部、前線基地、そして個々の部隊、兵士に共有されるわけです。まさに、宇宙から地上に至るマクロ・ミクロの空間を軍事情報として把握し、これを旅団から兵士レベルまで戦闘命令と状況認識を提供するシステムとして成り立っているんですね。現在では、イラク戦争を指揮した米中央軍が、その司令部のあるフロリダ州のタンパから、イラクの各戦場における詳細な情報を把握し、遠隔地からでも指揮・統制・命令が可能になりました。これがRMAによる現代戦です。
引き続き、その2では「米軍変革」(Transformation)と「米軍再配置」(Repositioning)についてお送りします。
【つづく】
投稿者 jimbo : 2005年06月18日 02:33