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2005年06月21日
第9回講義レビュー(その2)
軍事技術・国防産業・インテリジェンス(Contd.)
前回の授業の後半では「米軍の変革」(US Force Transformation)および「在外米軍の再配置」(Global Posture Review: GPR)について話しました。「米軍の変革」は、2001年1月にブッシュ政権が成立した後、ラムズフェルド国防長官に託された国防総省の最大の課題のひとつでした。この「変革」は21世紀の米軍の①国防政策・ドクトリンの変革(Concept)、②兵器体系・運用能力の変革(Capability)、③国防組織・人事の変革(Organization)に渡る、大変広範な改革が視野に置かれていました。
しかし、大きな改革には常に困難が伴います。米軍変革も単純な道のりではなく、ブッシュ政権発足当初から現在までいくつかの紆余曲折を経てきました。とくにラムズフェルドが中心となって進められた「変革パネル」(変革を推進する15の委員会)が、①国内外の基地閉鎖をともなう米軍の規模削減、②(戦略)機動力の向上をめざした米軍の再編、③21世紀型の新たな脅威に備えるための兵器調達計画の抜本的見直しなどを検討し、その内容が新聞にリークされたとき、米国内の反対派は一気にヒートアップしました。
基地の閉鎖や兵器調達計画のあまりの急進的な改革案に対して、上下両院の国防関係議員や軍首脳を中心とする国防関係者の一部が大きく反発し、2001年夏頃までにその調整は難航に難航を重ねることになったのです。このころ「ラムズフェルド型の変革はあまりにハイテク志向で、戦争の基本を踏まえていない」という軍関係者の声や、「地元産業を長年支えてきた基地・兵器生産拠点を閉鎖することはまかりならん」という政治家の声により、ラムズフェルドの統率力自体が大きく問われ「ラムズフェルドも2年で終わりだな」と囁かれたのも、このころの話です。
【9.11テロ事件と「能力ベース・アプローチ」の採用】
その後、9.11テロ事件がこの状況を一変させてしまいます。9.11テロ事件の直後の2001年9月30日に提出された「4年毎の国防計画の見直し」(Quadrennial Defense Review: QDR)は、「テロの衝撃」とすでに述べた「国内の調整不足」を二重の混乱として抱える最中で提示された文章となりました。
しかし、結果として「新しい脅威」の出現はラムズフェルドが進めようとしていた「能力ベース」のアプローチを証明することになりました。米国は従来の国家間紛争のみならず、新しいアクターの脅威に本格的に対応する時代に入ったのです。「やはりラムズフェルドは正しかったのか」――これが、米軍の「変革」を促進する効果を持つこととなりました。
QDR2001ではこれまでの「脅威(シナリオ)ベース・アプローチ」(Threat-based approach、特定の脅威をもたらす予測可能なシナリオに基づく対処)から、将来の新しい脅威に備える「能力ベース・アプローチ」(Capability-based approach、特定のシナリオについての予測は不可能なので脅威主体が保有する能力に着目して対処)の兵力整備を行うことが掲げられました。
「能力ベース・アプローチ」については、授業の中で何度か触れてきましたが、ここでは①米国とその同盟・友好国に対して、損害を与えうるアクターの保有する能力(通常兵器・大量破壊兵器・兵器生産開発能力・兵器及び物質の移転・サイバー攻撃力)に応じて、②自らの能力(兵器体系・兵力構成・運用ドクトリン・在外米軍の配置・調達・技術開発)を常に対応可能にしていくという考え方です。将来現れる敵がどのような「能力」を携えて攻撃してきても対応できるように、自らの「能力」を不断に磨いていこうとする考え方です。
それにより、ブッシュ政権の軍事費は増大を続け、2004年度の会計年度では4013億ドル(約45兆円)という未曾有の巨額予算になっています。世界の軍事支出総額は8000億ドルですから、米国は一国で世界の軍事支出の半分を占めていることになります。新規の研究開発(R&D)への投資額も重視され、世界最高の軍事技術を誇る米国の軍事産業には、常に新しいテクノロジーの発掘が求められています。こうしたブッシュ政権の姿勢は、旧約聖書の「バベルの塔」に近い発想なのかもしれません。ただ、これが9.11後の安全保障環境に対する、米国の覚悟だということでしょう。
【QDRとGPR】
さて、米軍変革の重要な要素として、現在世界中における在外米軍の見直しが進められています。これを「米軍のグローバルな配置の見直し」(Global Posture Review: GPR)といいます。QDR2001では、北東アジアと欧州の主要な米軍基地は維持・変革するが、欧州からの大規模な兵力移転を検討する方向性を打ち出しました。同時に、世界中に拡散する脅威を抑止し、必要な場合の攻撃能力を確保する重要性が強調されました。
ここでQDRが言いたかったことは、①在外米軍の兵力数・施設数は減らしていく、②でも米軍は危機・有事の際には世界中に迅速に展開できるようにする・・・ことを両立させることでした。一見矛盾するこの二つの要素をどうすれば解決できるか。それは、航続距離の長い戦闘機や即応展開能力を持つ特殊部隊の活用、偵察、情報収集の強化などを重視し、柔軟な米軍配備を目指すことだったわけです。
とくに、東アジア、日本海から南西アジア・ベンガル湾にいたるアジア大陸沿岸の「不安定の弧」(Arc of Instebility)を「今後、最も紛争と軍事的競争の起きやすい地域」と規定し、とくに、日本からインド洋にかけては、米軍基地が少ないため、空母戦闘群のプレゼンスを増強するだけでなく、水上艦3~4隻と対地攻撃できる巡航ミサイル搭載潜水艦の「母港」を模索するとともに、域内友好国との間に基地などの施設利用を容易にする協定などを締結する必要性を示唆しました。また、海兵隊や空軍も、太平洋、インド洋、アラビア湾における展開機動力を強化する計画を立てるとし、東南アジア地域に空軍のアクセス・ポイントを増強することが提案されているわけですね。
これらの基本構想を要約すれば、QDRが目指しているのは、①欧州からアジアへの戦略重心のシフト、②西太平洋の南方への関心のシフト(海洋、統合運用、柔軟展開を重視)、③任務役割の一部を同盟国へシフト(有事ガイドライン、広範なアクセス確保、多国間演習の活性化)という三つのシフトと定義づけられるでしょう。
【イラク戦争後の米軍「変革」】
2001年のアフガニスタンにおける「不朽の自由作戦」、及び2003年の「イラクの自由作戦」(OIF: Operation Iraqi Freedom)と、その後の作戦評価(とりわけ攻撃・占領プロセスの評価)も、米軍の「変革」と前方展開兵力の「再編」を促進する効果を持ちました。イラク攻撃の総括としては、ウルフォウィッツ国防副長官が2003年6月13日の米下院軍事委員会の公聴会にて、①圧倒的な戦力、②効率的な軍事力行使、③バトル・フィールドからバトル・スペースの重視、④そのために「変革」された軍隊が必要性の4点を強調し、そのための「前方展開兵力の再編」を推進するべきであることを証言しました。
米軍の前方展開兵力の再編は、①米軍を展開している地域の特異性に応じて軍事能力を調整し、②世界中あらゆる場所でリアルタイムに前方展開兵力を補足し、グローバルな軍事行動を即座にとれる能力を強化するという2つの方法で行うことがますます重要である、と認識が深まっていきました。
【米4軍の「変革」】
それでは、米4軍(陸軍・海軍・空軍・海兵隊)は、それぞれどのような「変革」を遂げようとしているのでしょうか。まず「米陸軍」では、2002年のアフガニスタンおよび2003年のイラク攻撃の実績と教訓を経て高度な機動力や高い即応性がますます重要となるとの認識の下に、兵器システムも冷戦型の重厚長大なものから軽量で運搬可能な小型化されたものがますます重視されるようになってきています。そして、世界各地へ96時間以内に緊急展開可能な中型装甲旅団の創設に取り組んでいるんですが、展開能力と兵站支援を長期的に支えるための「装備の事前集積」の重要性が指摘されることになりました。その意味で、各在外米軍基地における小規模な支援機能(アクセス・ポイント)が重要な要素となってきます。
「米海軍」は、機動性と統合運用を支えるために、①海から陸上への戦力投入、②海洋管制と海上優勢、③戦略的抑止、④海上輸送、⑤前方プレゼンスを重視し、沿岸から200キロ程度の内陸部まで、火力支援を行いながら、敵の妨害を排除して陸軍及び海兵隊を揚陸投入する機能が求められることとなりました。将来は現在12隻体制の空母機動艦隊を10隻体制ほどに減らしても、各機動艦隊の責任範囲を拡大し、調整機能を強化することによって、世界中の紛争に対応できる機動力を整備することが目標にされています。
「米空軍」は『地球規模での関与:21世紀の空軍ビジョン』(Global Engagement: A Vision for the 21st Century)での戦略を基本とした前方プレゼンスを維持する予定ですが、従来のような海外の基地に恒久的に空軍部隊を駐留させておくのではなく、必要とされる場所に期間を限定して、その部隊だけで独立的に任務を遂行できるようにするもの方向へと向かっています。これを遠征軍(Expeditionary Force)といいます。その理由には、空軍戦力の長距離戦力投射能力が向上し、潜在的戦場近郊に空軍戦力を常駐させる必要性が低下する一方、対地攻撃ミサイル等の射程・精度が向上したため戦場近傍の航空基地が益々脆弱になっているという認識もあるんですね。
最後に「海兵隊」は『海上からの機動作戦行動』(1996年)にて、海兵隊は上陸作戦だけではなく、戦争のあらゆる局面において沿海域における機動作戦を行い、従来の上陸作戦により橋頭堡を築くだけでなく、遠征・機動力を高め、広範囲に作戦を展開し、海上から陸地の奥地にまで機動的に一気に展開することを明確にしました。今後「海兵隊」は、従来のような戦争の初期局面において、橋頭堡を築くためのワイルドな部隊という印象から、戦争の全局面において、持ち前の機動力を生かした特殊作戦を行う部隊へと、変質する方向性が打ち出されています。
いろいろ覚えることが多くて大変ですが(^-^;)、①機動力、②軽量化、③遠方展開能力、④非常駐化といったキーワードが、米4軍の「変革」の共通のテーマであるというイメージを持つことが重要ですね。
【アジアにおける前方展開兵力の「再編」】
さてGPRに伴い、アジアにおける米軍の再編はどうなるのでしょうか?ブッシュ大統領は2004年8月16日に「海外駐留米軍再編の基本方針」に関する政策演説を行い、今後10年間にわたる前方展開兵力の再編に関する方向性を示唆しました。その基本的考え方としては、アジアと欧州に駐留する米軍約20万人の3分の1に当たる、6~7万人を今後10年で撤退させることが謳われています。このうちアジアでは、既に削減を公表している在韓米陸軍12500人を含め、2万人規模の再編が検討されるとのこと。
在日米軍に関しては、現在まで新聞報道で挙がっているだけでも、①米陸軍第一軍団が米本土から神奈川県の座間キャンプに司令部を移設、②米第7艦隊の空母艦載機の基地である厚木基地を返還し岩国基地と統合、③沖縄の第3海兵師団(海兵隊)の訓練施設の富士・北海道移転、④海兵隊の基地及び訓練基地を、グアム・フィリピン・オーストラリアと共有・ローテーション化、⑤普天間基地の返還後の代替地を名護市とせず、嘉手納基地に統合、⑥嘉手納基地とともに、下地島に空軍基地を建設し、沖縄・奄美・グアムのプレゼンスを強化する、⑦横田基地については、自衛隊との共用を進める、⑧神奈川県の瀬谷通信基地及び逗子住宅地について返還する等、多くの各論が提示されています。しかし、これらの再編にあたっては、ローカル・ポリティクスとの調整を経た上で、どのような結論が出るかはまだ不明確なんです。日本側の対応はきわめて鈍く、政治家の誰もリスクをとる覚悟をしていない感じがあります。大事な時期なのだから、しっかりして欲しいですよね。
在韓米軍の見直しについては、「米韓同盟政策構想協議」(Future Alliance Initiative)に基づき、①在韓米軍の役割を朝鮮半島に限定せず北東アジア全域の安全保障に役立つように変革する、②非武装地帯に近接配置されている第2歩兵師団及びソウル市内龍山にある在韓米軍司令部を2006年までに南方移転する、③従来米軍が受け持ってきた前線での防衛責務を韓国軍が肩代わりする・・・等が話し合われています。しかし、イラクにおける米軍の駐留が長期化し、陸軍のローテーションの必要性が高まるに従い、第2歩兵師団在韓米軍をイラクに一部移転するとともに、在韓米軍12500人の削減を2008年末までに完了することを目標としています。
オーストラリアについては、2004年7月にオーストラリア北部にある豪州軍の既存の基地に米軍の訓練施設を設置することで合意に達しています。クイーンズランド州ショールウオーター湾訓練施設(SWBTA)をはじめ、北部準州にあるデラミラー訓練空域、ブラッドショー演習場の計3カ所の共同使用を念頭に、3年後をめどに施設整備を図る考えとされています。同施設については、すでにシンガポール軍も利用しており、沖縄駐留の米海兵隊の訓練にも利用されるとともに、多国間の共同訓練にも利用する方向みたいですね。
グアムは、RAND報告書(2001年)の提言の線に沿ってインテリジェンス、偵察、哨戒、そして、航空打撃力(ISR & Strike)の中核基地(hub)として再構築される可能性が強いです。また、空輸航空団の再編についても、朝鮮半島だけを対象とする冷戦型の「シナリオベース・アプローチ」からの脱却を図り、「不安定の弧」全体に対する緊急展開を視野に入れれば、その東端に位置(して、しかも中国大陸に近接)する横田よりも、グアムへ下げてより広角に戦力投射できるようにする方がよいとの考えも高まっているようです。
〔リーディング・マテリアル〕
江畑謙介『米軍再編』(ビジネス社、2005年)第1章「米軍トランスフォーメーション」
〔さらなる学習のために(日本語)〕
[1] ジョン・キーガン『戦略の歴史:抹殺・征服技術の変遷、石器時代からサダム・フセインまで』(心交社、1997年)
[2] 江畑謙介『軍事力とは何か』(光文社、1994年)
[3] 石津朋之編『戦争の本質と軍事力の諸相』(彩流社、2004年)
[4] マクレガー・ノックス他編『軍事革命とRMAの戦略史:軍事革命の史的変遷1300~2050』(芙蓉書房出版、2004年)
[5] 江畑謙介『21世紀の特殊部隊(上)(下)』(並木書房、2004年)
*日本でも軍事技術の研究は、軍事ジャーナリストを中心に活発に進んでいます。まず入門編として軍事力を学ぶためには[2]をお薦めします。私が学部2年のときに読んで、軍事に開眼した本です。さらに詳しく軍事力の諸相と歴史を学びたい方には、[1][3]をお薦めします。最近のRMAや米軍再編については[4][5]およびリーディング・マテリアルで紹介した『米軍再編』ですね。やはり、この分野における江畑先生の存在感は圧倒的ということです(^-^;)。
投稿者 jimbo : 2005年06月21日 00:55