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2005年06月24日
第10回講義レビュー(その1)
すでに安全保障論も第10回を向かえ、あと数回を残すのみとなりました。第11~13回は日本の防衛・安全保障政策に関する講義内容となりますので、安全保障論の総論としては、今回が最終回ということになります。最後までがんばっていきましょう(^-^)。
「テロリズムとカウンターテロリズム」を総論の最終回に位置づけたのは理由があります。それは、現代の安全保障において非国家主体(Non State Actors)がもたらしうる脅威は著しく高まり、その象徴が9.11事件に代表される国際テロリズムであるからです。現代の安全保障論の新しい地平線を理解するためには、テロリズムを中心とした非対称的脅威の本質に迫ることが必要となります。それでは、内容に入りましょう。
【米国と対テロ戦略の形成】
米国は、1970年代頃よりテロリズムを国家安全保障の重大な脅威と位置づけていましたが、その脅威の烈度は比較的限定されたものとして捉えてきました。テロリズムの歴史を振り返ってみても、世界を動揺させた1988年のリビアのテロリストによるパンナム機爆破事件の死者が270人、その10年後の1998年にケニア・タンザニアで同時に米大使館がアル・カイダによって爆破された事件の死者が223人と、比較的その規模は限定されていました。ところが、9.11事件では世界貿易センター(NY)と国防総省(DC)で合わせて3000人以上の犠牲者がでる、大規模なテロ攻撃であったばかりでなく、先進国の戦略中枢を破壊できることが実証されたのです。
この9.11事件は、先進諸国の安全保障政策を支える論理自体に、大きな転換をもたらしました。従来の国家対国家の比較的合理的な対応が可能であるという前提で組み立てられた安全保障政策が、非合理で(テロリストの合理性については<その2>で述べます)かつ大規模な被害をもたらしうる(大量破壊兵器さえも使用しかねない)対象を、脅威の中核の一つとして再構成されることになったからです。
米国は9.11事件後に、国内セキュリティを担当する本土安全保障省(Department of Homeland Security)の設置、北米の防衛を担当する北方軍(North Command)の設置、対テロ対策のための重点的な予算配分、そのための軍事ドクトリン・兵力構成・兵器調達の見直しなどを矢継ぎ早に実行し、対テロ戦略が米国の安全保障政策の中軸となって浮上したのです。
【国際テロリズムの「空間」】
第1回目の授業でも紹介したように、「新しい脅威」は従来の安全保障政策の「空間軸」と「時間軸」に変容をもたらしました。「空間軸」という点でいえば、従来のような国家対国家のプリズムで支えられてきた勢力均衡(Balance of Power)という概念が、「新しい脅威」の下では意味を成さなくなっています。
例えば9.11事件を起こした首謀者であるオサマ・ビン・ラディン(OBL)と、彼が主宰する組織である「アル・カイダ」はどのような組織なのか、以下でおさらいしましょう。授業中の概念図でも説明したとおり、「アル・カイダ」は通常の近代型組織にみられるようなヒエラルキー型の組織ではありません。OBLを中心とする幹部と、各地域に点在する準幹部、そして異なる組織間との連携といった、ネットワーク型指導体制をとるとともに、その指導体制をとりまく「セル」(集団活動単位)がグローバルに張り巡らされています。ひとつの「セル」と別の「セル」との関係も明確ではありません。場合によっては各地域間の「セル」は密接に連携していることもあれば、ほとんど無関係に活動している独立型「セル」も存在します。さらに「セル」同士を仲介させる人物や「ハブ・セル」とも呼ばれる単位も確認されています。さらに、組織とは関係のない特定の人物や集団をアルバイトとして雇い、テロ活動に従事させるなど、特定困難な活動形態をとることも往々にしてあります。こうした「セル」とそこに集う人々が、例えば各地のイスラム教寺院であるモスクなどを通じて、情報の共有や指揮・命令を行っているケースがみられます。
こうした「アル・カイダ」の組織はいわば「アメーバー型」または「プラナリア型」組織と呼んでもいいかもしれません。仮にアル・カイダのテロ活動を防止する場合、OBLや他の幹部を捕獲する、有力な資金源を絶つ、アル・カイダを支援する国家や組織を破壊する・・・等々のどれが決定打になるのか、明確な答えが出しにくいのです。まったく想定されない「セル」が実はアル・カイダへのシンパシーを持ち、新たなテロ活動を行うことも考えられるわけです。また、一見普通の生活を送っている人が、実はディープなテロリストな場合も多々あります。日本でアル・カイダ系テロリストのリオネル・デュモンが潜伏していたというニュースは日本国内を震撼させましたが、日本は短期間に事業(例えば中古車輸出業や部品製造業等)で資金を集められる点においては、格好の資金調達地です。このように、現代のテロリズムはグローバル化した環境の下で、縦横無尽にネットワークを張り巡らせ、責任の所在も明確ではない形でネットワーク型の組織を形成し、情報・資金・兵器を調達していると捉えられます。
【アメリカの対テロ対策】
米国では9.11事件以降、国民のテロリズムに関する関心が著しく高まり、米政府もテロリズムに関する情報を米国市民に浸透させる努力を行っています。例えば、2004年に作成された国土安全保障省におけるホームページ「READY.GOV」はT.V.コマーシャルを通して広く米国市民にテロリズムに関する知識を浸透させ、テロ時の対応方法を詳細に記しています。本土安全保障省のHPでは、現在の米国のテロ脅威について5段階で表示し、米国民にテロの脅威の度合いについてリアルタイムで情報を提供しています。また、米国国務省では、テロリズムに関する年次報告を行っており、世界中のテロ活動を統計化・分析したPatterns of Global Terrorismをはじめ、テロ組織の名称やテロ活動のクロノロジー等を記したFact Sheetを刊行しています。その中でも、米国ホワイトハウスが2003年2月に打ち出した「テロリズムに対抗するための国家戦略」(National Strategy for Combating Terrorism) は、現在の米国の対テロリズム戦略を知る上で必読の資料です。
National Strategy for Combating Terrorismは、まず、「テロリズムの構造」を、①指導者、②組織、③国家、④国際環境、⑤テロ発生条件、の5つのヒエラルキー的な階層から成り立たせています。テロリズム発生の根源的原因として、貧困、汚職、宗教紛争や民族紛争などを挙げ、テロリストはこれらを活用・解決するための手段としてテロ行為を正当化し、支持を取り付けていると分析されます。
このようなシステム化されたテロ組織はその活動枠を3つの空間軸、すなわち①グローバル・レベル、②地域レベル、③国家レベルの3つのレベルにおいて、情報、要員、技術、資源などの面で直接的に相互協力を行い、間接的に共通のイデオロギーを共有し、テロ活動の「正当性」を訴える国際的なイメージの創出に協力し合っている、というのが米国の考えるテロ組織・活動に関する概念です。このテロ組織の「連結性」という特質をから、地理的領域を横断してテロリストを追尾し、組織間の連結を断絶させていくことに主眼を置いているわけですね。
このような分析に基づいて、米国の対テロに対する戦略的目標は以下の4つに集約されていきます。まず、第一に、地球規模のテロ組織の安全区域、指導部、指揮命令系統、通信、物質的及び財政的支援体制に対する攻撃を行い、その打倒を図ることが企図されます。その結果、組織は地域レベルに分散化、縮小化すると想定されているわけです。そこで地域的パートナーと協力して脅威を局地化させ、その後は個々の国家に対する軍事、法執行、政治的及び財政的支援を供給することが掲げられています。
第二に、国際テロ組織に対する対処法を主権領域内で定めるよう各国に促し、テロリストに対する支援や安全区域の提供を阻止することが挙げられています。そして第三に、国際社会の支持を取り付け、テロリストが活用するような根源的状況の改善を図り、最後の第四に、脅威を早期発見し無力化させるために本土防衛、防衛力の展開を積極的に行い、国内外の米国市民と国益を保護するというのが、その全体構想です。
そして、これら4つの戦略目標を達成するために、米国は「4D戦略」(Defeat, Deny, Diminish, Defend:打倒、拒絶、削減、防衛)を打ち出しており、その中で下記のような説明を加えています。
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国家戦略は、国力の全ての要素(外交、経済、情報、金融、法執行、諜報、軍事)の継続的かつ組織的な適用によってのみ成功が得られるとの現実認識を反映している。我々は、執拗な行動によって地球規模のテロ組織を「打倒」し、彼らが生存するために必要な支援や安全区域の供給を「拒絶」し、人々の絶望と破壊的な政治変革への思想を助長するような根源的状況を「削減」し、米国及び米国市民と国益に対するテロ攻撃を「防衛」するためにあらゆる可能な手段をとる。
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すなわち、長期的に継続して国家の持てる権限を行使し、テロ組織の活動に必要と考えられる要素へ包括的に圧力を加えながら、国際テロ組織に対する防衛戦略を打ち出しているといえるでしょう。
【つづく】
投稿者 jimbo : 2005年06月24日 15:06