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2005年07月15日
第13回授業レビュー(その1)
【イギリスにおける同時多発テロについて】
最終回の安全保障論も、平穏無事に済ませることはできませんでした。世界の情勢は刻々と動いており、数ヶ月前に学んだことが、すでに新しい事件によってオーバーライドされたり、仮説の再構成を迫られたりします。また、この授業を通して学んできた新しい安全保障の枠組みを、日々の事件を通して再確認・再構成しなければなりません。
7月7日にロンドンで発生した同時多発テロ事件は、国際テロリズムの脅威が依然として大都市圏を破壊する能力があることを実証したものでした。今回のロンドンの地下鉄・バスを標的とした4件の同時多発テロ事件で、3件の地下鉄爆破の発生時刻については、午前8時50分前後1分間という、きわめて綿密・正確な犯行でした。3ヶ所の遠隔地での同時発生およびおよその爆発規模から、時限付高性能爆弾(14日のロンドン警視庁の発表では4件とも自爆テロと断定されました)であると推定されています。
G8サミット開催時期に合わせた犯行、同時多発テロという手法、高性能爆弾の調達等の特徴において、現在のところアルカイダ系組織の犯行であることが最有力視されています。今日(15日)までに4人の英国籍の実行犯が特定されていますが、彼らがアルカイダとどう結びつき、セルを形成していたのかは不明です。犯行後の7日には「欧州の聖戦アルカイダ秘密組織」、また9日には「アブ・ハフス・アル・マスリ隊」が犯行声明を出していますが、ネットワーク化された組織の性質上、複数の組織からの犯行声明がでることは不思議ではありません。
第10回の授業でも紹介したように、アルカイダは「階層型組織」ではなく「自律分散化組織」で、複数の幹部と、それを取り巻くセルが複雑に結びつき、ミュータント的に再組織化される特徴を持っています。なぜA国内のセルとB国内のセルが結びついているのか、どのように武器や爆弾が移転されているのか、その全貌は十分につかめていません。あるセルは幹部と密接に結びつき、他のセルは全く幹部とつながりがないにもかかわらず、共通の行動をとったりもします。また、各セルをとりまくサポーター(スリーパー・セル)や、アルバイト的な実行役の存在・・・これがアルカイダの複雑な特徴です。
今回の事件を通して、現在のアルカイダがどのような状況にあるのかを類推することは、今後の対テロ対策を考えるにあたり、きわめて重要です。私自身の見方は以下の4点です。
- アルカイダは組織的に弱体化し、幹部の指令機能が低下し、有力セル間のネットワークも相当遮断された状況にある
- 通常兵器・高性能爆弾の保有・移転・調達には依然として優れているが、大量破壊兵器の調達には成功していない
- しかしながら、分散化したセルが能力を向上させ、散発的にテロを起こす構造が強まっている
- そして「新世代テロリスト」が組織化され、旧来のセルとの結びつきを深めるという新しい現象が起きている
というものです。とりわけ、今回「アルカイダ組織学」として重要な発見は、先進民主主義国の都市住民が、アルカイダと深く結びつき、自爆テロを行ったということにあります。以下、分析してみましょう。
【都市内包型・新世代・ファンドレイジング型のテロリズム】
今回のロンドンのテロリズムを読み解くキーワードは、「都市内包型」「新世代ソーシャル・ネットワーキング型」「ファンドレイジング型」の3つである、と私は考えています。
「都市内包型」とは、(先進民主主義国の)都市住民が、都市内部に潜伏、組織化、武器の調達、テロ計画を行うタイプを指します。ニューヨーク(9.11事件)やマドリード(列車爆破事件)のように、都市郊外でテロが計画・組織化され、都市中心部を狙うタイプとは異なり、まさに都市内部で生まれ育った住民が、自爆テロリストとなるケースが出現したことが、今回の特徴でした。
「新世代ソーシャル・ネットワーキング型」とは、もともと「自律分散型」であったアルカイダから、若年世代によるミュータント的な再組織化が始まっていることを示します。先般のG8の共同声明にも「新世代テロリスト」の組織化への懸念が表明されていますが、14日のロンドン警察の発表により18歳・22歳の英国中部在住の英国籍男性が特定されたことは、こうした懸念が表面化したことを意味しています。彼らのアルカイダ系幹部や他のセルとの結びつきは現時点ではよくわかりませんが、欧州系アルカイダの過激化の一方で、新しい若手の再組織化が始まっているようです。これまでの説では、アルカイダ系セルのリクルートには、イスラムモスクのコミュニティが一定の役割を果たしていましたが、「新世代」のセルはインターネットによるソーシャル・ネットワーキング(SNS)のような、緩やかな組織化の傾向が現れているようです(インターネット・サイトで知り合った人々の間のコミュニティ形成に近いモデルが、アルカイダにも浮上している)。
最後に重要なのは「ファンドレイジング」です。多くの専門家によれば、2001年以来の世界規模での対テロ戦争の結果、アルカイダ系組織の弱体化も一般傾向となっているようです。幹部・各地域組織(セル)・連絡組織・実行組織がネットワーク化しているのがアルカイダの特徴ですが、近年の掃討作戦の結果、指令機能を果たす幹部が顕著に弱体化しているようです。また、グローバルなリクルート、訓練、武器調達などの役割を果たす「ハブ・セル」同士の結びつきが遮断され、その結果として「セル」は各地に小規模分散化しているという見方が強まっています。そのため、アルカイダの組織的な資金獲得がきわめて難しくなり、各地域セルが散発的なテロを繰り返しながら、ファンドレイズを行っている構造が浮上している模様です。つまり、スポンサー(テロリスト・パパ)が、資金を落とす場所として、昔は有力幹部だったのが、今は「テロを実行できる個人・グループ」に変わったということですね。有力セル同士のネットワークが遮断され、各セルが分散化すれば、当然個別のセルは自己財源に頼る。対テロ戦争の現段階は、「有力なグローバルネットワークは遮断されつつあるが、各地に分散化したセルが散発的にテロを起こす」状況と理解できるかもしれません。
以上の仮説が正しければ、規模は小さくても欧州・中東・北米・アジアにおいて、今後も小・中規模のテロが頻発する可能性は高いといえます。テロを繰り返しながら、テロに親近性を持つ富豪や企業等からの資金を集めるという手法が、今後も繰り返されると考えられるからです。
もうひとつ、今回のロンドンの地下鉄・バスを狙ったテロリストが用いたのは従来型の爆弾であり、核・化学兵器・生物兵器等の大量破壊兵器(WMD)ではありませんでした。9.11事件以降、アルカイダ系組織の大量破壊兵器使用の可能性は常に指摘されてきましたが、、地下鉄という格好の環境に合わせたテロ(東京の地下鉄サリン事件を参照)にも関わらず、依然として同時爆破という手法にとどまっています。今回のような組織性・計画性の下でもWMDが使用されないということを鑑みれば、国際社会の大量破壊兵器の開発・移転阻止は現在のところ一定の成果を挙げている(?)と評価できると思います。
【国際社会・日本の対応について】
G8の「テロ対策に関するG8共同声明」では「動機にかかわらず、いかなるテロ行為も非難する」と表明し、とくに「新たな世代のテロリストの出現」を国際的な枠組みで予防することや、国際テロ対処能力の強化が掲げられました。
今回の対テロ共同文書について新しい視点は、「対テロ対策としてのアフリカ支援」と「新世代テロリストの出現防止」にあります。G8によるアフリカ支援はかねてからの重要議題でしたが、今会合ではとりわけアフリカに破綻国家とテロリストの聖地をつくらないことが強調されました。
日本においてもODA運用の見直しの中でアフリカ支援が強調されていますが、これを「対テロ対策」という視点から再構築することが重要なフェーズに入ってきました。例えば、アフリカ開発におけるAUのキャパシティ構築、さらに政情不安定なスーダン・ソマリア・エチオピア・ジンバブエ等に関する「対テロ・コンディショナリティ」という政策枠組みを設定してもいいかもしれません。
また「新世代テロリストの出現防止」については、今後世界中で頭をひねる必要があります。そもそもアメーバー型の組織であったアルカイダが、インターネット上のコミュニティ形成の中で、さらに潜伏する可能性が高まっているからです。今回の共同声明の中で、「テロリストが過激化の実施や勧誘の促進のために、インターネットをどのように使うのかについて分析している」と記述されているのは、G8が「新世代テロリスト」の組織化の動向に強い懸念を表明していることが伺えます。今後の対テロ対策は、新しいテロ・コミュニティの形成への対応という段階に入っていくことが予想されます。
以上が、現時点でロンドンの同時多発テロから読み解くことのできる現象でした。今後も、多くの情報が出現し、場合によっては上記仮説も大きく覆される可能性があります。今後のテロ対策のためには、現在のアルカイダの姿を可能な限り正確に把握する必要があります。そして日本を含む都市圏では、「テロを成功させない」ための、防護体制をさらに整えていく必要があるでしょう。
(つづく)
投稿者 jimbo : 2005年07月15日 04:46