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2006年04月11日
第1回講義レビュー(06年)
【対テロ戦争の「地域化」と「相互依存下の勢力均衡」】
「安全保障論」が今年も開講されました(^-^)/。この授業を担当して2年目だというのに、とても緊張して授業に臨んでいます。それは、世界の安全保障情勢がダイナミックに変化するなかで、「安全保障」を論じる枠組み・前提が常に変化し続けているからです。そのなかで、去年自分が考えた分析、そしてたどり着いた結論さえも、ふたたび構成しなおす必要があると感じています。そんな緊張感を覚えながら、授業を進めています。
もっとも、今年の「安全保障論」のシラバスの構成は、昨年のものと基本的に同じテーマで進めていきます。ですから、この「安全保障論ノススメ」は学習をすすめるうえで、大いに活用して欲しいと思います。同じテーマだけど、違う姿がみえるかもしれない・・・。そんな意味で、今学期のエントリーは、昨年のエントリーを補足するかたちで、活用していきたいと思います。
以下、第1回目としては2006年の大きな潮流として「対テロ戦争の『地域化』と『相互依存下の勢力均衡』」を論じていきたいと思います。
さて、昨年のエントリーにも書いてあるとおり、第1回「空間横断の安全保障」では、①安全保障概念の多元化、②9.11事件以降の安全保障のパラダイム変化(Balance of Powerおよび抑止理論への挑戦)、③安全保障の「空間軸」・「時間軸」の変化」を紹介しました。
いくつか1年間の動向を踏まえて、UPDATEしてみたいと思います。まず、「対テロ戦争」は引き続き、米国を中心とする多くの国で安全保障上の重要な課題となっています。米国で2006年3月16日に発表された『国家安全保障戦略』(NSS)では、「対テロ戦争に一定の成果を収めつつある」としながらも「新しい課題が浮上している」として対テロ戦争の継続を唱えています。以下、NSSを引用しながら、現在の米国の安全保障観を読みといてみましょう。
The war against terror is not over. America is safer, but not yet safe. As the enemy adjusts to our successes, so too must we adjust.
Terrorist networks today are more dispersed and less centralized. They are more reliant on smaller cells inspired by a common ideology and less directed by a central command structure
While the United States Government and its allies have thwarted many attacks, we have not been able to stop them all. The terrorists have struck in many places, including Afghanistan, Egypt, Indonesia, Iraq, Israel, Jordan, Morocco, Pakistan, Russia, Saudi Arabia, Spain, and the United Kingdom. And they continue to seek WMD in order to inflict even more catastrophic attacks on us and our friends and allies..
こうした「分散化されたテロリスト」という新しい状況に対して、米国は「対テロ戦争」の原則を再び確認します。それは①「先制行動」の必要性、②「大量破壊兵器の移転阻止」、③テロ組織と支援組織の破壊です。中でも注目されたのは「先制行動論」が下記のように支持されたことでした。
The hard core of the terrorists cannot be deterred or reformed; they must be tracked down, killed, or captured. They must be cut off from the network of individuals and institutions on which they depend for support. That network must in turn be deterred, disrupted, and disabled by using a broad range of tools.
しかし、2006年のNSSではこうした状況(テロリストも分散化し、かつ米国の対応に対してもアジャストしはじめている)に対し、米国は新しいアプローチを模索しなければならない、としています。その最大の眼目が「民主化の促進」ということになります(なぜ「民主化」なのかは、稿をあらためて論じたいと思います)。
ここまでを、ブッシュ政権の対テロ戦争の継続している基本姿勢として、評価することが重要だと思います。しかし、2006年になりテロの衝撃から、すでに5年が経過しました。この5年間にも、国際情勢には大きなダイナミクスが展開されました。単なる「対テロ戦争」というだけでは、米国の安全保障政策をはかることができなくなっているのは、いわば当然だといえます。それを、以下の3つの視点から読み解いて見ましょう。
第一は、「対テロ戦争」を継続しながらも、「イラク戦争」に対する反省を胸の内に秘めた政策が展開されていることだと思います。ライス国務長官がイラク戦争を肯定しながらも「われわれは(イラクで)戦術的には多くの失敗をした」と述べたように、イラク攻撃・占領・暫定政権・正式政権発足へと至ったものの、イラク各地域では、治安悪化に歯止めがかかりません。多くの米兵も亡くなってしまいました。こうした政策の評価を内に秘めながら、米国はさらなる「対テロ戦争」を推進しているわけです。
第二に、そのため米国は「対テロ(および大量破壊兵器)・グローバル・アプローチ」に加え、各地域の特色を踏まえた「地域的アプローチ」を重視していることが挙げられます。かつての「悪の枢軸」とひとくくくりにされたイラク・イラン・北朝鮮も、今はイラン・北朝鮮に異なるアプローチがとられています。イランへの国連安保理を通じた圧力の強化(または限定空爆の可能性)という方針に比べると、北朝鮮に対しては依然として粘り強い六者協議のアプローチが採用されています。「グローバルな方針」で一貫させるというより、「地域別の方針」を重視しているのがここ数年の傾向であるといえます。
第三に、その結果としてグローバルな不拡散・対拡散の枠組みが、非常に曖昧なスタンダードになっています。上述のイラン・北朝鮮に対するアプローチの差に加え、2006年3月にブッシュ大統領がインドを訪問し、インドの核平和利用に協力する姿勢をみせたことは、NPTの枠外で核保有・核の平和利用する権利を事実上認めてしまったことになります(インドはNPTに署名していません)。こうしたなかで、不拡散・対拡散という国際的な規範が、いったいどこに存在しているのか、という疑問に立ち返らざるを得ないわけです。
このような状況のなかで、米国の安全保障政策はふたたび「台頭する挑戦国」へのダイナミックなパワー・ポリティクスへの関心を高めているようにみえます。とりわけ、中国・インドへの安全保障・経済上の関心がたいへん高くなっていることに注目する必要があります。「9.11事件からイラク戦争まで」を、「対テロ戦争の執着(狂騒)」の時期ととらえるならば、時代はふたたび「グレート・パワー・ポリティクス」へと振り子を転進させているようにも思えます。
それが、(後に詳しく扱うように)米国をして中国を「責任あるステークホルダー」(ゼリック国務副長官)とみなしたり、インドに対する核の平和利用への協力に踏み切る大きな誘因となっているとみることもできるでしょう。この中国・インドに共通するのは、ダイナミックな経済発展です。したがって、かつての(冷戦型の)パワー・ポリティクスと異なり、互いの資本が行き交い、相互依存を深めた関係の中での、「相互依存下の勢力均衡」が生じているのです。
米国国防省が4年に1度提出している『4年ごとの国防政策見直し』(Quadrrenial Defense Review)では、その最も新しいバージョンで中国・インドを「戦略的岐路にある国々」(Countries at Strategic Crossroads)と位置づけています。つまり、米国にとって将来の中国・インドがどのような挑戦国となるのか、未だに定義するに至っていないわけです。これらの国々を、米国にとって友好国として形作る(Shaping)ことが、重要な目標と位置づけていますが、中国・インドのダイナミックな発展をどのように方向付けるのか、難しい課題は山のように控えています。
このように、米国の安全保障戦略は「対テロ戦争」における「グローバル・アプローチ」から「リージョナル・アプローチ」へ、そしてインド・中国の台頭に伴う「相互依存下での勢力均衡」へと、その焦点を移しているようにみえます。この動向を、いかなる枠組み(フレームワーク)によって理解するべきか、日本の安全保障政策にとってのインプリケーションとはなにか、こうした深遠な課題を春学期を通して考えていきたいと思います。
〔参考資料〕
US Whitehouse, The National Security Strategy of the United States (March 2006)
US Department of Defense, The Quadrrenial Defense Review (QDR) (February 2006)
投稿者 jimbo : 2006年04月11日 19:09