第1部 モデルの説明

 

川崎市における外国人住民施策の進化の過程を分析するにあたって、以下のモデルを利用する。一つはキャンベルの「政策転換の理論」、「政策形成のアリーナの理論」「政策推進機能の理論」の3モデルである。また、ヘクロの「一種―ネットワークの理論」をキャンベルの「政策形成のアリーナの理論」と合わせて利用する。最後に、田尾の「自治体におけるポリティカルマネージャーの理論」を使用する。以下に、これらのモデルについて説明していく。

1:キャンベル「政策転換の理論」

 

キャンベルの「政策転換の理論」とは、政策の転換が政策決定者たちのどのような「アイディア」と「エネルギー」のもとで行われたかを「分類」するものである。ここでアイディアとは問題の認知や解決策の模索などを意味し、エネルギーとは、参加者の活動や選択機会などを意味する。そしてキャンベルは、アイディアの関与、エネルギーの関与、その両方の関与、その両方の無関与による政策決定のパターンを4種類に分けて想定している。このモデルは、政策転換におけるアイディアとエネルギーの関与をマトリクスを用いて「分類」するものである。そのため、個々の政策転換において、政策形成のアクター間がどのようにインターアクトしたか、また、そうしたインターアクションがどのような結果をもたらしたかといった「ダイナミクス」を分析するものではないことを事前に述べておく。以下に、その4類型を説明していく。

 

1−1:認知型

 

まず第一に、エネルギーの関与がなく、アイディアの関与のみがある場合を「認知型」と呼ぶ。これは、問題解決としての政策転換である。そこでは、「最重要課題」が選ばれ、一定の基準に従って、「最善策」が講じられるのである。ここでは、何を「最善」とするかは政策決定者間の議論において決定され、各々の参加者が従来持っている権力については特に重要視されない。

 

1−2:政治型

次に、エネルギー、アイディア両方の関与がある場合を「政治型」と呼ぶ。これは、紛争としての政策転換である。各々の参加者は異なる目標と選好を有しており、他の参加者に従属することのない力を備えている。この過程は勝負や交渉によって決定されるが、結果は参加者の相対的な権力関係に依存している。ここで言う参加者とは、官僚や政治家、政党や派閥、省庁、利益団体といった集合体、階級や地域、世代といった広範な社会集団を意味する。

 

1−3:偶然型

 

第三に、エネルギーの関与のみがあり、アイディアの関与がないものを「偶然型」と呼ぶ。これは、文字通り「偶然」としての政策転換である。選択機会は、ある状況を改変するエネルギーの高まりによってもたらされ、何らかの機会に際して政策転換が起こるのである。このエネルギーは特定のアイディアに確固として結びつくものではなく、あらゆる脈絡のないアイディアが選択機会に投げ込まれ、問題を解決すると否とに関わらず、その中から解決策が採用されるというものである。

 

1−4: 慣性型

 

最後に、エネルギーもアイディアの関与もない政策転換を「慣性型」と呼ぶ。これは、いわゆるルーティーンとしての政策転換である。組織には自己の活動を自ら決定づける標準作業手順(SOP)が必然的に内在している。意思決定者は、過去の前例や規則に則った形で意思決定を行うのである。

2:キャンベル「政策形成のアリーナ」の理論およびヘクロ「イッシューネットワーク」の理論

キャンベルはまた、政策転換が起こる「空間」という概念の重要性について指摘している。この空間を、キャンベルは「アリーナ」と呼んでいる。 政策転換は2種類のアリーナにおいて行われる。一つは政策の専門家、政策受益団体など、その政策に密接な利害関係などを持つ人々によって構成された専門アリーナであり、もう一つは世論やマスメディアなどの比較的不特定多数から成る一般アリーナである。

 

2−1:キャンベルの「専門アリーナ」の理論

 

専門アリーナは、官僚機構や各種の諮問委員会などのように目に見える形で存在する場合もあるが、一方で構成員の出入りやそれによる人数の増減が比較的頻繁に行われたりする場合もある。いずれの場合においても、専門アリーナでは、狭い範囲において一連の問題と解決策が繰り返し議論されている。たいていは専門アリーナでは政策領域ごとの話し合いがなされる。それは例えば教育、農業、福祉といったものであったり、外国人住民の地域社会への参画といった、より限定的な場合もある。こうしたアリーナは、参加者とアイディアの相互作用が生じる場となるのである。

 

次に、このアリーナの参加者を個別具体的に見ていくことにする。キャンベルは、代表的な参加者として、官僚機構、政策受益団体、学識経験者、シンク・タンクなどを挙げている。これらの参加者は当該の政策領域に関する関心を共有していて、会議や討論を通じて対立や強調を重ね、特に政策転換が起こりそうな時には更にその度合いを高める傾向にある。それぞれの参加者はお互いに利害調整を行う関係にあり、良い政策に対する合意や、インサイダーにとって最も有利な政策についての合意がある場合は一致団結して、アウトサイダーが内部情報を全く把握できない、または権利を行使できないようにすることができる。これは、アメリカ政治などに見られる「鉄の三角形」と呼ばれる関係である。

 

キャンベルはアリーナの概念を用いることによって、参加者はお互いに対立する傾向にあることを示しているが、同時に、非常に対立的なアリーナにおいても「いかなる問題が重要であるか」また、「いかなる解決策が検討に値するか」といったパラダイムは参加者間で共有可能であると述べている。そして、対立や協調といった密接な相互関係を繰り返す中で、その政策領域の大部分が決定されていくのである。

 

2−2:ヘクロの「イッシューネットワーク」の理論

 

次に一般アリーナの説明をする前に、ヒュー・ヘクロのイッシュー・ネットワークの理論についても若干ふれておきたい。ヘクロは、政府の意思決定過程がかつての「鉄の三角形」とは変わってきていると述べている。それは、政府の政策決定の規模が拡大し、問題がより複雑化し、政策決定に関わる人間どうしの相互依存が深まったことによるためである。以前であれば、政府の役割は「政策を実行すること」に最重点が置かれていたが、現在では政策を形成する以前に「何が問題なのか」を的確に把握し、「その問題に詳しい人は誰か」を幅広い人材の中から選び出すことが最重要となりつつある。また、複雑な問題になればなるほどより多くの人がイッシュー・ネットワークに関わるため、ネットワークは常に流動的で、どこからどこまでが厳密な「関係者」とは言えないのが特徴であるとも述べている。

 

2−3:キャンベルの「一般アリーナ」の理論

 

では次に、またキャンベルの理論に戻って、一般アリーナの説明を行う。一般アリーナの参加者は、世間やマスコミ、大規模利益団体、財政当局、政党、政治家集団、影響力のある個人といった大規模な社会集団である。ここでは、全般的な意思決定がなされるが、最高決定というわけではない。また、参加者がバラエティーに富んでいることから、ここでは最大公約数的な政策領域に関心が集まる。また同様の理由から意思決定にはより多くのエネルギーが必要とされるのである。そのため、ここで行われる意思決定は「より偶然的であるか、認知的でない可能性が高い」とキャンベルは述べている。

 

3:キャンベル「政策推進機能」の理論

 

キャンベルはまた、政策転換における政策推進役の重要性についても述べている。上記の「政策転換の理論」が、政策転換のパターンを分類するものであったのに対し、「政策推進機能」は、個々の政策転換がどのようなダイナミクスのもとに行われたのかを分析するツールとなる。

 

政策に関する具体的なアイディアやエネルギーは、全て、政策決定に何らかの形で関わりを持つ「人間」が持っているのであり、この人間的要素を除いては、政策転換の理論は非常に抽象的なものとなってしまうからである。政策転換がスムースに図られるためには、推進役の活躍が不可欠となるのである。また、推進役の活動を追っていくことで、政策転換が単なる無機的、事務的プロセスの中で突発的に生じたものではないことが分かる。それはむしろ、様々な社会状況の変化を受けながらも、施策の実現にねばり強く取り組んできた政策推進役の活動の産物であることが分かるのである。

 

4:田尾「自治体におけるポリシーマネージャー」の理論

 

キャンベルの政策推進機能理論は、政策転換における「推進役」の動きに焦点を当てたものであった。田尾雅夫氏の「自治体におけるポリシーマネージャー」の理論はそれを補佐する理論であるとも言える。すなわち、自治体でイノベーティブな政策が実行されるには職員(特に管理職)が自己革新を図らなければならないというものである。この自己革新こそが、「推進役」となりうる自治体職員を生むのである。

 

田尾氏は著書「行政サービスの組織と管理」の中で「組織開発の要点」として以下の点を挙げている。田尾氏は、自治体においては管理職に当たる職員が「動き出さない限り、自治体の組織革新はありえない」と述べている。そして、管理者が問題解決に際して有効に機能するためには、以下のような特性を身につけることが望ましいと述べている。

 

4−1:「曖昧さへの耐性強化」

 

まず第一に、曖昧さへの耐性の強化である。自治体の管理者を取り巻く状況は往々にして確実性が保証されていない。住民の意識や首長、議会の意向、国の政治経済の状況に、自治体の活動は大きく依拠し、同時に拘束されているからである。そうした中で、状況のニーズを確実に読み取り、対策を提示できる機会は稀である。判断を保留したり、成り行きを見守らなくてはならない場合も多い。そうした中で、管理者には「状況の不確実性をそのまま受容し、その曖昧さを、内に抱え込んでなお判断をとどめ行動を控えるいう意思決定の技術に巧みである」ことが望まれる。ゴールドスタインとブラックマン(1982)によれば、「曖昧な状況に耐えられない人ほど、物事を権威主義的に考え、そのように行動する」という指摘がされている。管理者が、曖昧さによく耐えられることは、住民や関係団体からの多重で複雑に絡み合ったニーズによく対応できることを意味し、組織全体としてのニーズへの「感受性」を高めることになる。

 

4−2:「行動ソースとしての専門性の強化」

 

次に、田尾氏は「行動ソースとしての専門性の強化」が必要であると述べている。自治体は人の組織であり、あくまでも個々人の中に蓄えられた知識や技術を用いて組織の目標達成に活かすことから始まるのである。そのことから、管理者には、個々人の知識や技術を最大限活かせるような人的ネットワークを取り結ぶ役割が望まれる。この人的ネットワークの形成には、管理者の交渉能力が不可欠である。住民や関係団体、あるいは中央官庁を相手に、その自治体全体にとって最も良い解決策が生まれるような説得ないしは交渉を行う能力である。一方で、自治体が住民サービスに向けられる資源は慢性的に不足していることから、管理者は上記のような人的ネットワークを用いて、様々な資源を有効に組み合わせ、問題解決にあたることが望まれる。

 

4−3:「ポリティカルマネージャーへの自己革新」

 

最後に、「ポリティカルマネージャーへの自己革新」が、自治体の管理者には望まれていると田尾氏は述べている。これは、自治体においては、地域の問題を多角的に見通すことのできるゼネラリストの育成に力点が置かれていることと関連している。自治体の抱えている問題の多くは利害関係が複雑に絡み合うもので、一方的な立場のみからの解決は困難であり、長期的な視野のもとに解決に当たらなければならないのである。前述のような、プロフェッショナルな説得のノウハウを修得することは、専門家としては重宝されるが、それだけではただ「器用で使い出がある」だけの人材になってしまう。そのノウハウをどのような状況下で、どのように活かすかの判断ができることが、管理者に望まれるゼネラリストとしての視野の持ち方である。

 

しかし、単に「ゼネラリスト」であっても十分ではないと田尾氏は追加している。地方自治体を取り巻く状況は前述の通り不確実性に満ちており、首長や議員の決定をそのまま履行すれば事足りることは少ない。むしろ、それを実施する過程において、決定がなされる以前に想定していた事態が変化していることが多い。こうした状況の変化に合わせながら、判断の選択肢を管理者自らが設定し、行動することが多くあるのである。こうした自由裁量を、状況に応じて効果的に行える管理者は単なるゼネラリストの域を超え、ポリティカルなマネージャーとしての役割を担っていると言える、と田尾氏は述べている。そして、単なるゼネラリストから、ポリティカルマネージャーになるためには、どのような条件が必要とされているのかについて、田尾氏は以下の様に述べている。

 

4−4:ポリティカルマネージャーとしての要件

 

ポリティカルマネージャーに必要とされている能力は、状況の変化を的確にとらえ、その都度柔軟に最も効果的な対処を行っていくことである。その能力を養成するためには、「管理者を取り巻く状況に関する情報のシステム化」が必要であると田尾氏は述べている。これは、様々な文書であり、一方では、自治体の内部外部を問わない、よりソフトな人間関係のことでもある。情報の取得とポリティカルなパワーの強度は相関関係にあることから、管理者が、意味のある情報を多く入手できる立場にいられれば、進んで組織の革新も可能になるのである。また、そうした人的ネットワークの育成のためには、自らスタッフの育成を心掛けなければならないとも述べている。

 

この2つの理論モデルを用いて、第3章において川崎市の外国人住民施策の発展の過程分析を行っていく。

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