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Mai 10, 2006
宗教革命と売春
昨日読んだ本。ドイツのアウグスブルグにおける宗教革命の前後での売春のお話。
(といっても、勝手に見解付け加えてるんでサマリーじゃないけど)
宗教革命前までは管理売春が一般的で、市が売春宿を経営していたことが多かった。アルコールやゲームも提供する娯楽施設。対象者は未婚の若い男。男はクラフトでのトレーニングが終わって、一家を養えるようになるまで結婚すべきじゃないという規範があったのだけど、一方で男の性欲は抑えられるものじゃないという前提があったから。つまり、売春って言うのは必要悪として、むしろ真の男になるための通過儀礼的な意味もあったよう。
そして、宗教革命後。宗教革命っていうのは大まかに言ってしまえば聖書を書いてあるまま信じようとする運動なわけだから、売春も当然忌避されるようになる。モラルの導入と言い換えてもいい。ここで問題になったのは、「男の性欲は果たして制御可能なものなのか?」という点。もしかしたら、売春を禁止することによって、レイプや近親相姦が多発するのではないかという懸念。そして、男に売春が許されるなら女はどうなのだ、という問いにまで行き着いてしまう。
で、どうしたかというと、早期に結婚しようという規範で解決しようとした。そもそも、結婚制度と売春っていうのは切り離せない関係で結ばれていることがわかる。一夫一妻制度が強固になる前までは、売春の定義なんてあやふや。めかけかもしれない、売春婦かもしれない、セフレかもしれない。というわけで、売春の禁止とともに、一夫一妻制をより堅牢にしようとする当局の指示がいくつも出ている。
しかし、管理売春を廃止したばかりに、違法な個人売春婦や売春宿が増えて、よけい危険な社会になってしまいました、めでたし、めでたし、という日本の50年前と図式的には同じことが起こっている。
面白いのは、男の性欲を本質的なものと規定して、それに疑いをはさんでいない点。
その文脈で考えると、1999年のスウェーデン売春禁止法も新しい目線で見ることできる。性欲は本質的じゃない、だから禁止することによって、性規範を変えることも出来るかも知れないという。だけど規範って寝て冷めても変わるものじゃないからね。難しいよね。
投稿者 POE : Mai 10, 2006 01:57 EM
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