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マンドリン

| 慶應義塾マンドリンクラブ |

マンドリンというのは、瓜を半分に割ったような形のボディー(胴)にネック(竿)がつき、4対、計8本の金属絃の張られたフレットつき絃楽器です。(マリンバとは異なります:-)

マンドリンにはいくつか種類があります。小さい順から代表的なものを挙げると、 Mandolin, Mandola-Tenor, Mandolon-Cello, Mandolone で、これらと Guitar との組合せで合奏をします。俗にマンドリンクラブ(略してマンクラ)と呼ばれる団体はマンドリン合奏(オーケストラ)です。

私とマンドリンとの出会いは高校1年のときです。 Y先輩との劇的な出会いをきっかけにマンドリンクラブに入部したのが事のはじまりでした。最初の6か月ほどは Mandolin を弾いていましたが、その後高校3年のおわりまでは Mandolon-Cello を弾いていました。低音を受け持つ大きい楽器です。ヘ音記号にすっかり慣れ、ト音記号が読めなくなったのはこのころです。(笑)

大学でもマンドリンクラブに入り、はじめの1年は Mandola-Tenor 、残りの3年間は Mandolon-Cello と Mandolone を弾きました。

ここまで書くと、なんだほとんど全部ひけるのか、と思われるかもしれませんが、最近は全く楽器に触れていないのでどれも弾けるかどうか怪しげです。(笑) 一番弾いていた期間が長い Mandolon-Cello ならなんとか、といったところでしょうか。

ちなみに、1992年と1994年のJMJ青少年音楽祭(in NHK ホール)に出演しました。 従って、TV全国放送に2回出ています。(ちょっと自慢)

でも、個人的には1992年の台湾演奏旅行が思い出深いです。台北の国家音楽廰は3000人収容のホールで、舞台の昇降が完全電動式だったのと、李総統夫人(韓国断交と日が重なってしまったため御本人はあいにくいらっしゃらなかった)との歓談会がとても印象にのこっています。

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尺八

| 慶應義塾大学竹之会 |

私が尺八を習おうと思い立ったのは高校3年のときでした。 きっかけは、現代社会という科目(担当ジャミラ)で「日本社会の病層の診断書と処方せん」を書け、というレポートでした。

そのジャミラという先生(最近AERAに取り上げられた)は大のモーツァルト狂で、一応クラシック音楽をやる私ですら違和感を感じました。というか、彼のことを見ていて自分は日本人なのに日本の音楽のことを知らないでいいのか、と思ったわけです。 そこで、「なぜ日本人は日本古来の音楽を大事にしないのか」をテーマに論文を書きました。

そこでいろいろ調べてゆくうちに尺八という楽器に興味を持ち、大学には尺八(琴古流)を演奏するサークル(竹之会)があることを知り、大学進学と同時に入部しました。(正確には尺八と三絃と箏の三曲合奏を中心として活動)

で、6年ぐらい尺八を吹いているのですが首ふり3年、どころではなく、一向に上達しません。でも、何も知らない人たちの前では一応それなりに吹くことができます。外国人にも結構好評です。

好きな曲は三曲では「亂輪舌(俗に"乱")」、「千鳥之曲」、「新高砂」など、本曲では「一二三鉢返寿調」です。て、わかる方はどのくらいいらっしゃるのでしょうか?

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野球観戦

| 千葉ロッテファンページ |

1990年頃からロッテファンです。 そのころの好きな選手でいまでも活躍しているのは小宮山選手だけという少し淋しい状況です。

いなくなってしまった選手のなかでは、魔法使いディアス選手とか、川崎球場前にお住いだった島田茂選手なんかが好きでした。 今いる選手では、小宮山選手、河本選手、小坂選手がお気に入りです。

今でも年に数回、千葉マリンスタジアムに観戦にいきます。最近は 1997年10月10日 対近鉄ダブルヘッダー、ってなんか懐かしい響き (笑)

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ひとり旅

| 旅 (写真集) |

はじめて一人旅をしたのは意外と遅くて大学2年の春休み、場所は小笠原でした。 小笠原を選んだのはただ単に、暖かいところが好きだからでした。 小笠原海運のフェリーで30時間あまりの船旅でした。 このとき船や小笠原YHで一緒だった人とは今でも交流があります。 いろいろな友人ができるのも、船旅だからこそですね。 父島ではダイビングを、母島ではホエールウォッチングをしました。また遊びにいきたいです。

で、船旅にはまって次に目指したのは沖縄でした。 それも、東京有明埠頭から2泊3日で那覇新港(安謝港)、さらに1泊2日で石垣港、そしてそこから竹富島、波照間島、西表島にはすべて船で渡りました。さすがに与那国島はフェリーは苛酷だと聞かされ、プロペラ機を使いましたが。

しかし残念なことに、大学4年になると研究上の制約から1カ月近くの期間を確保することができず、旅行も飛行機や鉄道を使うことが多くなりました。 京都(1度目, 2度目)や 2度目の沖縄はこのころに行きました。2度目に沖縄にいった時には1眼レフカメラを買ったので、きれいな写真を撮ることができました。

ここまでの旅はすべて国内でした。それは、個人的にもっと自分の国、日本のことを知らなければいけないと思っていたからなのですが、大学院に入ったころから周辺の外国にも足を運ぶようになりました。

最初は北京、上海への旅行でした。(一人旅ではありませんでしたが)
このときは、SFCの情報処理の授業での縁で、 上海出身の李さんに友人を紹介してもらい、普通のツアーでは行けないようなところを案内してもらえました。

正真正銘の海外一人旅は去年(1997年)の2月、大学院の卒業旅行で格安航空券を利用して、台湾、香港、シンガポールをめぐりました。 台湾ではちょうど小正月(元宵節)のお祭り(灯籠祭り)に当たり、香港ではちょうどトウ小平の死去に当たり、シンガポールではインターネットペンパルにいろいろ案内してもらえました。

前回に気を良くして、ほとんど同じルートで8月にもしました。このときにはシンガポールではうまいものをたくさん食べ、香港ではCDを買い漁り、台湾では鉄路一周をしました。前回泊まった、台南の名世大飯店 "Famous Hotel"でお世話になり、お土産までもらってしまいました。

今年(1998年)にも、時間をみつけてまた、一人旅をしたいと思っています。

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写真

| 旅 (写真集) | その他雑多な写真 |

上述のように、いままでいろいろなところに行きました。そのたびにカメラを持っていって写真をとるわけです。腕の方はまったくだめですが、それでも少しずついい写真が撮れていると思います。

また、最近はデジタルカメラQV10Aでぱしぱし撮り貯めてはWWWのページに載せたりしています。旅行以外の写真の大半はQV10Aで撮ったものです。

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アジアンポップス

| 中国文化研究会B 別館 |

聴いてみましょう !

執迷不悔 (No regrets) by 王菲 (Faye Wong) cited from here.

ここでいうアジアンポップスというのは、日本のポップスを除く東アジア圏ではやっているポピュラー音楽のことです。

世の中のアジアンポップス好きの9割8分ぐらいはおそらく、香港や台湾の映画(電影)から入ったんだと思います。しかし私は少し違います。

一番はじめは、ネーネーズ、りんけんバンド、パーシャクラブなど、沖縄のポップスにはまりました。これは、前出の沖縄への旅の影響です。

で、沖縄は日本に属しながら、文化的にはむしろ中国的なのですね。だからかどうか知りませんが、那覇の中古CD屋に行ったりすると中華圏の歌手のCDが混じっていたりします。でこれを買って聞いてみると結構いける。

もっとも、高校の第2外国語で中国語を習ったり、研究室の大先輩(面識はほとんどない)H氏のその名もずばりASIAN POPSという力作ページを冷やかし半分で眺めていたりしていたので、もともと素地はあったのですが。

で、ともあれ、興味が高まり、ついにはCDを買い漁る結果になりました。はじめは周慧敏(Vivian Chou, Vivian Hsu ではない、念のため) のアルバムを新宿のTowerRecordsで買って満足していたのが、ある日同じ店で推薦されていた王菲(Faye Wong)のアルバムを試聴した際、あまりにも素晴らしい歌声にショックを受け、以降、王菲のアルバムを欠かさず買うようになりました。

また、最近はシンガポール人の友人からの影響で、范暁萓(Mavis Fan) や 許茹藝(Valen Hsu) を聴くようになりました。許茹藝はまだ、あまり日本では知られていないみたいですが、結構おすすめです。

アジアンポップスについて、とりあえずどんなものか聞いてみたい人は拙作ページ、もっとDEEPに知りたい人はここを見るといいでしょう。

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Updated at 1 Jan 1998