ブリンビン村 (Desa Belimbing)

 私がこの数年調査をしているブリンビン村は、バリ島の中央部に位置しています。ブリンビンとは、インドネシア語でスターフルーツのことだそうですが、村の形が実に似ているからだそうです。(あまりそうは思わないのですが。)ブリンビン村は、バリ島の中の普通の農村地域です。片斜面の上で水田を中心とした耕作が行われており、バリに限らずインドネシア西部の多くの地域で見られるような農村景観です。実は、村の中にヨーロッパ資本の高級ホテルがあるのですが、集落の家並みと違和感がないようなロッジなので、言われないとそこにそんなホテルがあることはわかりません。一泊100ドル以上するとの話で中に入ったことはありません。このホテルに訪れるヨーロッパの観光客と村を南北に走る幹線道路を通過するツーリストバスが棚田の風景を写真に撮るために立ち止まるぐらいで、観光客にあふれかえる島南部とは対照的です。

 ブリンビン村で調査を始めるきっかけになったのは、淡路景観園芸学校がインドネシアのボゴール農科大学と姉妹校になったことでした。姉妹校提携を結んでから、共同研究を始めようと言うことになり、その対象地を探していました。バリ島には、それに先立ち2000年2月に現千葉大学の岩崎先生と初めて訪れました。その際には、ボゴール農科大学側のカンターパートである Nurhayati H.S. Arifin先生の学生であったAsmiwyatiさんにお世話になりました。実はその際には、時間の関係もあってあまりバリ島全体を見ることはできませんでした。その時の縁もあって、その後Asmiwyatiさんは2002年に兵庫県の研修制度で、淡路景観園芸学校に留学して来て、私が指導教官を務めました。彼女には、淡路島の農村地域の土地利用変遷を研究してもらったのですが、同じような棚田が卓越した景観があるバリ島で、淡路との比較研究をしようということになりました。改めて私が訪れたのは2003年8〜9月です。
 バリの棚田は、傾斜地に形成されている水田という意味では、日本の棚田によく似ています。しかし、その周囲にヤシの木やバナナの木があったりするのは、本当に不思議な気分です。さらに、トラクターなどの機会がほとんど使われていないので、水田内に農地にアクセスする道路がありません。日本の棚田では、良くコンクリートの道路が目に付くのですが、それが全くありません。当たり前ですが、コンクリートで固めたのり面もありません。
 農作業は、ほとんど人力によって行われます。それ以外には、牛が使われるぐらいです。以前他の場所で聞いた話では、トラクターを借りたりするにはずいぶん費用がかかるので、まだ人を雇う方が安いそうです。また、畦は日本と違って、歩くところではありません。水を止めるのが主な機能で、非常に柔らかいので上を歩くと畦が崩れてしまいます。畦の草刈りをするときには、農家の方は水田の中を歩き、水田の中に立ったまま草刈りをします。いつも裸足で作業をするようで、水田の端にはビーチサンダルが脱いであります。しかし、水田の中にはヒルもいるようですが。
 ブリンビンの棚田に限りませんが、バリの棚田では田越しに水を上から下に落としているところが結構あります。日本では今ではほとんどないと思いますが、バリでは普通に見られ、特に田植えの時期などは、水が常時流れているので、水田から水田に流れる様は、まるでイタリア式庭園のカスケードのようです。でもさすがに畦が崩れたり、水が落ちる水田の面が掘れてしまうようで、水を落とす場所を順次移動させたり、水が落ちる場所に石を置いたりしています。しかし、いずれにしても、畦やのり面はもろく、よく崩れたりしています。
 ブリンビン村では、通常年に2回ぐらい稲作していいます。日本でいう二期作です。しかし、もっと標高の低く、農業用水も豊富なタバナンでは、4回以上も行うところもあるそうです。逆にさらに標高が上がって、800m以上のところになってくると年に1回だそうです。標高の高いところでは、付加価値の高く伝統的な黒米や赤米を作っているところが多いようです。左も伝統的な品種を作っています。
 バリの農村地域では、バリヒンドゥーに深く結びついた宗教的な儀礼や祭祀が深く浸透しています。水田などの農地にも必ずお供え物がされていますし、農業の節目には必ずお祭りがあるそうです。現在では、ウダヤナ大学の講師であるAsmiwyatiさんの修士論文は、これらの農業に関わる祭祀を観光資源としてとらえ、どのようにグリーンツーリズムを実現するかでした。
 バリの他の農村地域でも同じですが、一見日本の雑木林に見えるような樹林地が水田や集落を取り囲んでいます。これはクブンと呼ばれ、果樹園のようなもので混栽果樹園と呼ばれたりします。そこに植えられているものは、ヤシを始め、パパイヤ、ドリアン、ジャックフルーツ、ランブータンといった果樹を始め、コーヒーやカカオ、クローブといったものまで栽培されています。これらは家庭でも消費されますが、貴重な現金収入のための商品作物です。1998年の経済危機以降、農家が化学肥料を十分に手に入れることが難しくなっているそうですが、堆肥も含めて、最近では貴重な肥料は水田ではなく、クブンに投入されているそうです。ベリンビンでは、一般的な農家で、クブンから年間に2万円ぐらいの収入があるそうです。
 さて、そのブリンビンにいって何をしているのかですが、私は鳥を調べています。これまでも日本の都市近郊や淡路島の農村地域で鳥類を調べてきているのですが、バリの農村地域の土地利用などがどのように鳥類の分布に影響を及ぼしているのか調べたいと思っています。本当は、トンボもやりたかったのですが、インドネシアにまともなトンボの図鑑がないそうで、今のところはできていません。
 2回ほど一緒に行っている松村氏は、畦畔の植生を調べています。彼も、淡路棚田研究会のメンバーとして淡路の棚田の畦畔植生を調べていますが、それとの比較も含めて調査しています。その結果は、彼の報告等を参考にしてください。私のリンクにある彼の個人ページにも調査内容が紹介されていると思います。彼以外には、これまで淡路景観園芸学校の4期生片野氏、5期生横川氏、山崎氏、7期生井上氏、岩田氏、大山氏、戸井氏、若林氏、元ティーチングアシスタントの片岡氏が3回の調査の間に同行しました。いずれの調査の際にも、Asmiwyati氏はもちろんのこと、ボゴール農科大学のNurhayati H.S. Arifin先生も同行しています。
 調査の間は、村の民家にお世話になっています。右は、2003年と2005年にお世話になった家です。これは2003年の時の写真ですが、雨期に訪れたので雨ばかりで、調査に出られず家で待機しなければならないことが多々ありました。そんなときは、お母さんが、紅茶と現地のお菓子を差し入れしてくれました。2005年に行ってみると、ずいぶん家がリニューアルされていました。
 バリには、屋根があって壁がない小屋のようなものがどこの家にも、沿道にもあるのですが、そこでの昼寝は格別です。もちろん、朝早いから休養しているのですが。

 ここで紹介した写真の多くは、2003年の調査のものです。松村氏、横川氏、山崎氏が撮影したものも含まれています。