イギリスにおけるグランドワークと地域再生

兵庫県立大学/マンチェスター大学 一ノ瀬友博

(なお、この文章は、ビオトープ管理士会の会報に掲載されたものです。)

 近年、都市再生や地域再生という言葉が、国や地方自治体の施策の中で良く聞かれるようになってきた。その内容は、旧市街地の再開発であったり、自然性の高い地域の生態系復元であったり、様々である。ここでは、地域再生の先進国の一つであるイギリスの例をグランドワークを中心に紹介しよう。

 さて、グランドワークとは何であろうか。日本グランドワーク協会のホームページでは、「環境、経済・社会福祉への効果と貢献を最大限にするために、一般市民・企業・その他の組織の能力を高めるパートナーシップを発展し、持続可能な再生、改善、地域環境のマネジメントを行うこと」と定義している。これだけを読むと、幅が広すぎて具体的な活動をイメージしにくいが、イギリスで1981年に始まったグランドワークの本質は、「地域再生」といってよいだろう。

 イギリスの多くの都市は、産業革命時代に農村から労働者を集め、爆発的に拡大した。当時はその労働者のために、高度に密集して、緑地がほとんどない住宅地が次々に建設された。その一方で、農村地域では、急激に人口が減少し過疎化が進んだ。現在では、産業革命の負の遺産である大都市の密集住宅地と過疎化した農村の両方において、地域再生が必要になっている。過疎化した農村地域の活性化は我が国でも進められているが、都市の密集住宅地は現代のイギリス社会が抱える最も重要な社会問題の一つである。

 産業革命当時の形態を残す密集住宅地では、住民の所得が総じて低く、十分な教育の機会を与えられなかった若年層の失業率が非常に高い。行き場のない若者のエネルギーが数々の破壊行為を生み出していると言われており、犯罪発生率が大変高い。また地価の低さから、移民が流入して住み着くようになり、地域のコミュニティも変質していく。移民の増加や治安の悪化を嫌って、住宅地を出る人が増えれば、空き家が増えて、住宅の破壊や放火が頻発し、さらに治安が悪化する。地方自治体や警察は積極的に介入することはほとんどない。このようないわば見捨てられた住宅地は特別なものではなく、イギリス各地の都市で容易に見ることができる。

 これらの都市や農村における地域再生が、イギリスのグランドワークの活躍の場である。つまり、政府からも見放されてしまった地域の再生を住民を巻き込みながら行っているのである。荒れた緑地の再整備、工場緑化、炭坑跡地の再開発、農村地域の遊歩道の整備といったように様々なプロジェクトが実施されてきた。それらが目指すものは常に地域再生である。住民の目を地域に引き戻し、住民間のコミュニケーションを促進し相互理解を目指す。事業をきっかけにして、失業している若者の職業訓練の機会を提供し、雇用促進も図る。日本では、環境改善に取り組む様子が紹介されることが多く、グランドワークが自然保護団体のように見られている向きがあるが、イギリスのグランドワークは、地域再生請負人のような団体である。最初は小さな活動から始めて、ひいては政府やEU、民間企業の助成金などを得て、予算の伴った地域再生につなげていくのである。

 イギリスのグランドワークの特徴は、その団体が政府と地方自治体、企業の三者の財政的な援助によって成り立ち、政府や自治体から事業がアウトソーシングされることだろう。そうでありながら、日本の外郭団体とは異なり、政府や自治体から完全に独立した団体である。グランドワークは無給のメンバーで構成される理事会によって意志決定されるが、実働部隊として多くの専門家を擁している。設立当初は、有給スタッフは5名程度でスタートし、この人件費程度が主に国から援助される。資金援助は毎年減らされるので、収益事業を増やすことによって、団体を維持しなければならない。最も大きなグランドワーク団体は約100名もの専門スタッフを抱えている。グランドワーク本部がバーミンガムに存在するが、この本部が各地の団体を管理するわけではなくて、すべての地域団体は独立して運営されている。イギリスのグランドワークは、サッチャー政権の行政改革によって、その役割が飛躍的に拡大したと言われている。今後行政の効率化が進められる我が国にとっては、注目すべきシステムであると言えるだろう。

日本グランドワーク協会ホームページ http://www.groundwork.or.jp/

英国グランドワークホームページ http://www.groundwork.org.uk/